真夜中の片隅で、ずっと君の声を探していた

風久 晶

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花ひらく星月夜

27.花ひらく星月夜①

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「あー、クリスマスまでに彼女できなさそうー」
 附属中学、高校の共通の食堂で、箸を置きながら、そう嘆息したのは原だった。
 襟足まで伸ばした髪を無造作に、頭をぶるぶると振った。
 特に彼女ができない理由も見当たらないと思うけど、瑠奈を特に気にしていたようだったから、ひょっとしたら原の、女の子への理想が高いのかもしれない。
 十二月ももう半ばとなっていて、期末考査も終わったところだった。
 二十四日には終業式になって、この二学期も終わっていく。
「何でクリスマスなんだよ?」
 頬杖をついてずいと乗り出して、男らしい顔をにやりとさせて訊いたのは剛田だった。
「えっ?彼女なし、デート予定なしって寂しいじゃん」
「クリスマスはいつからデートする日になったのか、俺は常々疑問だけどな。そもそもクリスマスってのはな」
「あっ、もう!うんちくはいいんだよ!う、ん、ち、く、禁止!俺はロマンを追いたいだけだっつの」
「そんな柄かよ」
 雑多に生徒たちが行き交い、トレーを持ち歩いている中で、目の前での会話を聴きながら、俺は弁当をさっさと食べてしまって、素早く片付けた。
 昨晩の残り物を詰めただけの簡素な弁当を、この採光の明るい、整然と設えられた、人の多い食堂で長々と開いている気にもなれない。
 それと、隣に優がいるから。
 三人に引っ張るようにして連れて来られたけど、学校で近くに優がいると、落ち着かなくなってしまった。
 その瞳と視線が合わないように、横目でちらりと見た。
 銀色のフォークを器用に操って、流れるように口へと運んでいる長い指。
 指が動くたびに、手の甲から腕の筋も動いて、目を奪われる。
 それから、食事を咀嚼する白い歯列、唇がひらいては閉じて噛んでいる口元。
 無防備に笑って、真昼の光の中を受ける、なめらかな頬。
 思わず溜め息が漏れそうで、俺はぐっと息を飲んで我慢した。
 どうも、この一か月と少し、俺はたぶんおかしい――
 それは、たぶん、優と初めて肌を重ね合わせた日から。
 期末テストが始まる少し前まで、優とは、最初にしたのと同じように、何度も肌を重ねてしまった。
 そうすればそうするほど、学校で優にどんどん近付けなくなって、その姿を見るだけで落ち着かなくなった。
 それなのに、優を見ると、目を奪われて、視線を外せなくなってしまう。
 剛田と原は、俺と優が付き合っていると知っているから、なるべく平静な態度を取りたいのに、そうできる自信がなくて、学校では優と距離を取る方法しか思いつかなかった。
「優は、毎年恒例のアレだろ?」
 原が優に話を振って、優はつと顔を上げた。
「ん?あ、そうそう。クリスマスは毎年恒例の母さんのアレな」
「?」
 ふと見上げると、優と目が合って、俺は慌てて視線を反らした。
「必ず家族全員で、おばさんの豪華フルコースだろ?おばさんのケーキとか懐かしいな。昔はよく食わしてもらったし」
「まぁ正月三が日は親族全員で集まって、新年挨拶から、親族会議かお披露目会みたいになるからなぁ。そこに家族的なものかけちゃうんじゃない?」
「げぇ。親族の集まりとか、俺もう行かないぜ」
 原は不味いものでも食べたかのように、顔をしかめて見せた。
 俺には関係のない話が続いていって、少し安堵して、ただ静かにしている。
 剛田と原とは、修学旅行が終わって以来、どういう風に接していいのか戸惑ったけれど、二人は修学旅行前と大差ない接し方をしてくれて、随分とそれに救われた。
 優とはどういう話をしているのかは知らないけれど、特に話題もされることもなく、二人の精神的な大人さは、予想よりも高かったんだと思う。
 それは、俺の知らない世界で、マナーとか行儀の良さとかを求められる子どもだったからかもしれないけれど。
 急に膝に温かさを感じたと思うと、すり、とすべっていく感触がした。
 それが優の掌が撫でていったんだと分かって、俺はなおそうとしていた箸を、思わず取り落としてしまった。
 硬直した体に、もう肌が覚えてしまった甘さが走っていって、俺は立ち上がると、慌てて屈んで箸を拾いに行った。
 何だかもう、俺はどこかおかしくなっていまったんじゃないかと思う。
 全然そういう雰囲気でもない学校で、少しのことで動揺しやすくなっている。
「ゆーう」
 剛田の咎めるような声色に、何かわかってしまったんじゃないかと冷や汗が出てくる。
「ん?なぁに?」
 あっけらかんとした優の声に、剛田は溜め息をついた。
「ちッ、もう何でもねぇよ。もうちっと大人になれよ、大人に。困らしてんじゃねぇ」
「だって俺はまだ十七歳なんだもん」
「え?え?何の話?」
「だから何でもねぇって。優が我儘だって話だよ」
「あ、まあ、それは暗黙の了解だなー」
 三人の話題はどんどん展開していって、俺の知らない優の昔の話なんかに、俺は耳を傾けていた。


 放課後の教室は、帰り支度や部活へ向かうクラスメイトの喋り声で賑やかだ。
 鞄を整理していると、優がすぐ後ろに立っていた。
「葉司、今日、前に言ってた問題集取りに来ない?」
「え、でも」
「あ、まあ、母さんいるけど。問題集もけっこう数あるから、葉司が選んだほうが良いよ。あと、ちょっと話したいことあるし、二人のこと」
 学校にも、街中にも、二人のことを話し合う場所は、確かになかった。
「じゃあ、少しだけ」
「あと、謝りたいこともちょっとあって」
「え?」
 優は、珍しく気まずそうな表情をしていて、俺は何となく不安に包まれた。
 何だろう――
 優に謝られることなど、想像もつかなくて、予感は悪い方にしか傾いていかない。
「期末テストの間は話す時間なかったし」
「ごめん。それは俺がどうしても成績上げないといけなくて――余裕なくて」
 周りはスタートダッシュをかけ出していて、それについて行くだけでも、俺は相当に余裕がなかった。
「それに、俺ってさ、避けられてる……?」
「え……?」
 予想外の言葉に、思わず優の顔を見直して、視線が合ってしまったことに、慌ててうつむいた。
「とりあえず、後で。帰ろ」
 帰ろう――
 優と一緒に帰路につく喜びよりも、今は不安のほうが勝って、俺は先に歩く優の背中を、戸惑いながら追い駆けるのが精一杯だった。
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