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万華鏡ナイトデート
6.万華鏡ナイトデート②
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「ねえ、小山田くん、歌ってないよ。何か歌って?」
前髪を揃えて、ポニーテールにしたコが、少し身を乗り出して言った。
原と剛田は立ち上がって、うまく会話を盛り上げ、どこで覚えたのだろう、ヒット曲を替え歌にしたのを歌って、女子たちにウケている。
俺にはとても出来ないことを軽々としていて、楽しんでいるのは素直に尊敬する。
小山田は俺を合コンに引っ張ってきたものの、しばらくの間、言葉少なで、どこか心ここにあらずな風情さえする。
「ねえ、小山田くん」
囁くような高くて転がるような声。柔らかそうな手脚。どれも俺の持たないもの。
彼女たちの聖マリア女学院は、瑠奈が行くんじゃないかと、俺がてっきり思っていた女子高だ。
清潔な白いブラウスに大きめのリボン、淡いブルーの爽やかなスカートが可愛らしい。
この子たちじゃなくて、瑠奈が着たらどんなだっただろう?
思わず頭は飛んで想像してしまう。
きっと凛とした佇まいの中でも、清楚で人形のように可愛かったに違いない――
そんなことをぼんやり考えていたけど、小山田は組んだ指をぎゅっとその唇に押し当てて、自分の考えに沈みこむようで、女の子の問いかけに答えていない。
どうしたのだろう?
いつもの小山田のイメージなら合コンも楽しんで、中心にいて、気遣いもソツなくしそうなのに。
「小山田――」
隣にいる小山田の腕をそっとつついた。軽く触れるだけでも勇気がいるし、たぶん俺はぎこちなくて。
「え?」
「歌わないの、って」
「ああ――今日はいいや」
いつもとはどこか違う投げやりな言い方に、俺は高鳴る鼓動をどうにか抑えて、小山田に寄って小さく囁いた。
「彼女、でもいた?気乗りしなさそうだけど……」
「前はね。今は――好きな子のこと考えてた」
「あ……そうなんだ……」
心のやわらかい部分がどこか衝撃を受けるのは、どうして。
「やっぱり今日は来ないほうが良かったかなって思って」
「そっか……」
「なんか、どうして良いか、わかんない」
「小山田?」
「……」
真昼の太陽が雲に隠れたようで、クラスの中では見せないような憂いの表情に、俺は目を奪われた。
「あの――嫌なら抜けても良いんじゃない?原と剛田には言っておくし……居たくないのに居ても……」
「仁木は?俺が誘っちゃったし」
「俺なら大丈夫。あ、ほら、原と剛田がほとんどやってくれてるし」
俺はぎこちなく微笑して、盛り上げている二人を見やった。
「小山田くん、どの曲入れる?」
ポニーテールの子が席を回ってきて、小山田の隣に座って覗きこむ。
ちらり、と俺は横を見た。
小山田はふっと視線を下げて、沈黙が落ちる。
どうにもこの三人の間に気まずい空気が漂った気がして、俺は思わず口走ってしまっていた。
「あ――俺が、歌う」
やべ――
言ってしまってから、しまったと後悔で頭がぐるぐる回る。
だいたい、俺は求められていない。
それに、最近の曲なんか知らない。
だのに、どこか小山田を守りたいというか、言葉にできない複雑な想いが心を占めて言ってしまっていた。
小山田がぱちりと目を開いて、どこか驚いたようにこちらを見ていて、俺は半ばやけになって、カラオケのタッチパネルで曲を見ていった。
洋楽のところで、母が好きでよく歌っていた曲にぶつかった。それを選択して転送する。
母が家から去ってから繰り返し一人で歌って――もう帰って来はしないのだと諦めた日から、歌うのを止めた。
「まじか、仁木」
剛田がにやっとしながら、こちらを見ていて、マイクを投げて寄こしたから、空中でキャッチした。
「ちゃんと渡せって」
視線で咎めても剛田は笑っているだけだ。
心底やけになって、俺は口を開いた。
「Fly me to the moon, and let me play among the stars.
Let me set what spring is on Jupiter and Mars……」
今となってはすごく遠い曲だ、と思う。母は英語も流暢で、ピアノを伴奏に弾き語りをしてこんな曲をよく歌っていた。
(私を月まで連れて行って。星々の中で遊ばせて。
木星や火星にはどんな春が訪れるか知りたいの。
これはね、私の手を握って、って意味よ)
そうして、本当に、閉じ込められた場所から、羽ばたく鳥のように宙へと飛び去って、帰って来なかった女性。
それは、遠い遠い追憶の中の、瑠奈のように長い髪をたなびかせ、ワンピースを着てまどろむように歌っていた姿。
歌い終えると辺りは、しん、としてしまった。
やってしまった――
もうこの場から逃げ去ってしまいたい。
突然に明るい声が響いた。
「俺、この曲好き。これピアノで弾くよ」
小山田が、いつもしているようにくるりと瞳を回して、俺を見た。
さっきまでの沈んだ雰囲気から、たぶん俺を気遣って、明るい声を投げかけてくれた。結局、俺は小山田に気を遣わせただけで。
「わあ、小山田くん、ピアノ弾けるの?」
「ん。今度俺のピアノで歌って、仁木」
俺はさらに恥ずかしさで今すぐこの場で溶けて消えてしまいたかった。
「きゃーっ、素敵すぎ!絶対見たい」
横から剛田が俺の腕をどしんと叩いた。
「仁木、俺ら出る幕ないやん」
にやっと笑って、俺と小山田を眺めて見ている。
「俺………ト、トイレ行ってくる」
一時凌ぎでもその場から逃げだすことに決めた。廊下へと出ると変な汗がうかんでくる。トイレまで迷路のような、ドアが並ぶ廊下を歩く。
一人になると、もうこのまま帰ってしまいたい思いに心が駆られてしまう。
そうだ、帰ってしまおうかな――
小山田もちょっとの間は沈んでいたみたいだけど、もう大丈夫そうには見えた。
だいたい俺がいたところで、反対に気を遣わせてしまっただけで。
小山田とこんな場所に一緒にいること自体、彼のきまぐれで、とても分不相応なことに思えてきた。
「そうだ、そうしよう」
俺は独りごちて、トイレから出て、意を決した。
「あッ」
大きく足を踏み出して、すぐそこに立っていた人影にぶつかりそうになって、慌てて避けた。
「すみません」
「仁木くん」
「え……」
良く見ると、後ろ手に手を組んで、壁際に立っていたのは、聖マリア女学院の制服の、ショートボブの女の子だった。
さっきまでカラオケルームにいたはずなのに。
「あ……今から部屋に帰るの?」
そっと訊いたけど答えはなくて、じっと睫毛の長い瞳で、上目遣いで俺を見上げている。背が低いコなのだ。
「あのね」
黒目がちの瞳を瞬かせる。
「あのね――あの、すごく歌うまいんだね。格好良かった――仁木くんて大人で」
そう一生懸命に言う姿に、突っ立ったまま、うまく返事も思いつかない俺は、まるででくのぼうに違いない。
「ライン交換しない?」
小さく言う声に、はにかむような微笑はどこか頼りなくて、身体も小さくて、普通の男なら守ってあげたいと思うんだろう。
「えっと……」
彼女は俺に見せるように、スマホを取り出して差し出す。
「あの、これ」
すごく可愛い声だ。ふっと頭の片隅で、瑠奈のほうがずっともっと可愛いんだけど、など思い浮かんでしまい、急いで掻き消した。
「私じゃダメかな」
「あの――そうじゃ、なくて……」
「私タイプじゃないかな?子どもっぽいってよく言われるし――仁木くんはもっと大人っぽい子のほうが良いのかな」
「いや、そうじゃなくて――」
伏せられた瞳は不安気に揺れているようで、俺はフォローできるような言葉を探した。
どうにも彼女に快く引いてもらうようなうまい台詞なんて何も浮かんで来ない。
俺は変な汗が流れ落ちていくのを感じながら、俺はひらすら頭を巡らせた。
「というか、俺は、あの……」
好きなのは女の子じゃないんだ、などとこの場で言ってどうするんだ。どうしようもない。
眼鏡をかけなおして、何かさらに続けないと、と舌で唇を湿した。
その時だった。
「仁木」
降りかかって来た声に、はっと顔を上げた。
廊下の先に小山田が腕を組んで壁にもたれかかって立っていた。
「何してんの?」
ショートボブの彼女はさっとスマホをなおすと、頬を赤らめて、小山田のそばを通り抜けて、部屋のほうへと足早に去って行ってしまった。
「あ……」
何か傷つけてしまったかもしれない、と気になって追いかけようとしたところを、小山田の掌が、ぐいと俺の腕を引っ張って止めた。
「邪魔した?」
くっきりとした二重の瞳が、俺を見ていた。
小山田のすらりとした長身がすぐそばにあって、俺の腕をつかんでいて、その腕から頬までが熱くなってくる。
「彼女タイプだった?」
俺は力なく首を横に振った。タイプなら、今まさに目の前にいる。
俺はどっと疲れが押し寄せてきて、とりあえず彼女とのやりとりは、小山田によって助けられたんだと分かった。
「ありがとう……」
「汗かいてるよ」
あわてて手のひらで頬をぬぐった。
「仁木っておもしろい」
「そ……う?」
「普段一人でいてクールそうな顔してるけど、こうやって付き合ってみると、そうでもないんだね。それに、さっきの、俺の代わりに歌ってくれたんだろ?」
「……」
答えは言えない。まるで俺の想いが零れ落ちてしまいそうで。
小山田はじっと茶色い瞳で、俺の顔を覗き込み、つかんでいた俺の腕をさらにぐいっと引き寄せた。
「ね、このまま、フケちゃおうか?」
「えッ?」
「俺と仁木と、このままフケちゃおうよ」
俺は腕をつかまれて固まったまま、唇をひらいたまま小山田の端正な顔を見上げた。
前髪を揃えて、ポニーテールにしたコが、少し身を乗り出して言った。
原と剛田は立ち上がって、うまく会話を盛り上げ、どこで覚えたのだろう、ヒット曲を替え歌にしたのを歌って、女子たちにウケている。
俺にはとても出来ないことを軽々としていて、楽しんでいるのは素直に尊敬する。
小山田は俺を合コンに引っ張ってきたものの、しばらくの間、言葉少なで、どこか心ここにあらずな風情さえする。
「ねえ、小山田くん」
囁くような高くて転がるような声。柔らかそうな手脚。どれも俺の持たないもの。
彼女たちの聖マリア女学院は、瑠奈が行くんじゃないかと、俺がてっきり思っていた女子高だ。
清潔な白いブラウスに大きめのリボン、淡いブルーの爽やかなスカートが可愛らしい。
この子たちじゃなくて、瑠奈が着たらどんなだっただろう?
思わず頭は飛んで想像してしまう。
きっと凛とした佇まいの中でも、清楚で人形のように可愛かったに違いない――
そんなことをぼんやり考えていたけど、小山田は組んだ指をぎゅっとその唇に押し当てて、自分の考えに沈みこむようで、女の子の問いかけに答えていない。
どうしたのだろう?
いつもの小山田のイメージなら合コンも楽しんで、中心にいて、気遣いもソツなくしそうなのに。
「小山田――」
隣にいる小山田の腕をそっとつついた。軽く触れるだけでも勇気がいるし、たぶん俺はぎこちなくて。
「え?」
「歌わないの、って」
「ああ――今日はいいや」
いつもとはどこか違う投げやりな言い方に、俺は高鳴る鼓動をどうにか抑えて、小山田に寄って小さく囁いた。
「彼女、でもいた?気乗りしなさそうだけど……」
「前はね。今は――好きな子のこと考えてた」
「あ……そうなんだ……」
心のやわらかい部分がどこか衝撃を受けるのは、どうして。
「やっぱり今日は来ないほうが良かったかなって思って」
「そっか……」
「なんか、どうして良いか、わかんない」
「小山田?」
「……」
真昼の太陽が雲に隠れたようで、クラスの中では見せないような憂いの表情に、俺は目を奪われた。
「あの――嫌なら抜けても良いんじゃない?原と剛田には言っておくし……居たくないのに居ても……」
「仁木は?俺が誘っちゃったし」
「俺なら大丈夫。あ、ほら、原と剛田がほとんどやってくれてるし」
俺はぎこちなく微笑して、盛り上げている二人を見やった。
「小山田くん、どの曲入れる?」
ポニーテールの子が席を回ってきて、小山田の隣に座って覗きこむ。
ちらり、と俺は横を見た。
小山田はふっと視線を下げて、沈黙が落ちる。
どうにもこの三人の間に気まずい空気が漂った気がして、俺は思わず口走ってしまっていた。
「あ――俺が、歌う」
やべ――
言ってしまってから、しまったと後悔で頭がぐるぐる回る。
だいたい、俺は求められていない。
それに、最近の曲なんか知らない。
だのに、どこか小山田を守りたいというか、言葉にできない複雑な想いが心を占めて言ってしまっていた。
小山田がぱちりと目を開いて、どこか驚いたようにこちらを見ていて、俺は半ばやけになって、カラオケのタッチパネルで曲を見ていった。
洋楽のところで、母が好きでよく歌っていた曲にぶつかった。それを選択して転送する。
母が家から去ってから繰り返し一人で歌って――もう帰って来はしないのだと諦めた日から、歌うのを止めた。
「まじか、仁木」
剛田がにやっとしながら、こちらを見ていて、マイクを投げて寄こしたから、空中でキャッチした。
「ちゃんと渡せって」
視線で咎めても剛田は笑っているだけだ。
心底やけになって、俺は口を開いた。
「Fly me to the moon, and let me play among the stars.
Let me set what spring is on Jupiter and Mars……」
今となってはすごく遠い曲だ、と思う。母は英語も流暢で、ピアノを伴奏に弾き語りをしてこんな曲をよく歌っていた。
(私を月まで連れて行って。星々の中で遊ばせて。
木星や火星にはどんな春が訪れるか知りたいの。
これはね、私の手を握って、って意味よ)
そうして、本当に、閉じ込められた場所から、羽ばたく鳥のように宙へと飛び去って、帰って来なかった女性。
それは、遠い遠い追憶の中の、瑠奈のように長い髪をたなびかせ、ワンピースを着てまどろむように歌っていた姿。
歌い終えると辺りは、しん、としてしまった。
やってしまった――
もうこの場から逃げ去ってしまいたい。
突然に明るい声が響いた。
「俺、この曲好き。これピアノで弾くよ」
小山田が、いつもしているようにくるりと瞳を回して、俺を見た。
さっきまでの沈んだ雰囲気から、たぶん俺を気遣って、明るい声を投げかけてくれた。結局、俺は小山田に気を遣わせただけで。
「わあ、小山田くん、ピアノ弾けるの?」
「ん。今度俺のピアノで歌って、仁木」
俺はさらに恥ずかしさで今すぐこの場で溶けて消えてしまいたかった。
「きゃーっ、素敵すぎ!絶対見たい」
横から剛田が俺の腕をどしんと叩いた。
「仁木、俺ら出る幕ないやん」
にやっと笑って、俺と小山田を眺めて見ている。
「俺………ト、トイレ行ってくる」
一時凌ぎでもその場から逃げだすことに決めた。廊下へと出ると変な汗がうかんでくる。トイレまで迷路のような、ドアが並ぶ廊下を歩く。
一人になると、もうこのまま帰ってしまいたい思いに心が駆られてしまう。
そうだ、帰ってしまおうかな――
小山田もちょっとの間は沈んでいたみたいだけど、もう大丈夫そうには見えた。
だいたい俺がいたところで、反対に気を遣わせてしまっただけで。
小山田とこんな場所に一緒にいること自体、彼のきまぐれで、とても分不相応なことに思えてきた。
「そうだ、そうしよう」
俺は独りごちて、トイレから出て、意を決した。
「あッ」
大きく足を踏み出して、すぐそこに立っていた人影にぶつかりそうになって、慌てて避けた。
「すみません」
「仁木くん」
「え……」
良く見ると、後ろ手に手を組んで、壁際に立っていたのは、聖マリア女学院の制服の、ショートボブの女の子だった。
さっきまでカラオケルームにいたはずなのに。
「あ……今から部屋に帰るの?」
そっと訊いたけど答えはなくて、じっと睫毛の長い瞳で、上目遣いで俺を見上げている。背が低いコなのだ。
「あのね」
黒目がちの瞳を瞬かせる。
「あのね――あの、すごく歌うまいんだね。格好良かった――仁木くんて大人で」
そう一生懸命に言う姿に、突っ立ったまま、うまく返事も思いつかない俺は、まるででくのぼうに違いない。
「ライン交換しない?」
小さく言う声に、はにかむような微笑はどこか頼りなくて、身体も小さくて、普通の男なら守ってあげたいと思うんだろう。
「えっと……」
彼女は俺に見せるように、スマホを取り出して差し出す。
「あの、これ」
すごく可愛い声だ。ふっと頭の片隅で、瑠奈のほうがずっともっと可愛いんだけど、など思い浮かんでしまい、急いで掻き消した。
「私じゃダメかな」
「あの――そうじゃ、なくて……」
「私タイプじゃないかな?子どもっぽいってよく言われるし――仁木くんはもっと大人っぽい子のほうが良いのかな」
「いや、そうじゃなくて――」
伏せられた瞳は不安気に揺れているようで、俺はフォローできるような言葉を探した。
どうにも彼女に快く引いてもらうようなうまい台詞なんて何も浮かんで来ない。
俺は変な汗が流れ落ちていくのを感じながら、俺はひらすら頭を巡らせた。
「というか、俺は、あの……」
好きなのは女の子じゃないんだ、などとこの場で言ってどうするんだ。どうしようもない。
眼鏡をかけなおして、何かさらに続けないと、と舌で唇を湿した。
その時だった。
「仁木」
降りかかって来た声に、はっと顔を上げた。
廊下の先に小山田が腕を組んで壁にもたれかかって立っていた。
「何してんの?」
ショートボブの彼女はさっとスマホをなおすと、頬を赤らめて、小山田のそばを通り抜けて、部屋のほうへと足早に去って行ってしまった。
「あ……」
何か傷つけてしまったかもしれない、と気になって追いかけようとしたところを、小山田の掌が、ぐいと俺の腕を引っ張って止めた。
「邪魔した?」
くっきりとした二重の瞳が、俺を見ていた。
小山田のすらりとした長身がすぐそばにあって、俺の腕をつかんでいて、その腕から頬までが熱くなってくる。
「彼女タイプだった?」
俺は力なく首を横に振った。タイプなら、今まさに目の前にいる。
俺はどっと疲れが押し寄せてきて、とりあえず彼女とのやりとりは、小山田によって助けられたんだと分かった。
「ありがとう……」
「汗かいてるよ」
あわてて手のひらで頬をぬぐった。
「仁木っておもしろい」
「そ……う?」
「普段一人でいてクールそうな顔してるけど、こうやって付き合ってみると、そうでもないんだね。それに、さっきの、俺の代わりに歌ってくれたんだろ?」
「……」
答えは言えない。まるで俺の想いが零れ落ちてしまいそうで。
小山田はじっと茶色い瞳で、俺の顔を覗き込み、つかんでいた俺の腕をさらにぐいっと引き寄せた。
「ね、このまま、フケちゃおうか?」
「えッ?」
「俺と仁木と、このままフケちゃおうよ」
俺は腕をつかまれて固まったまま、唇をひらいたまま小山田の端正な顔を見上げた。
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