本当の主人公 リメイク版

正君

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七章

60話「デジャヴ、そしてジャメヴ」

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何日経ったか、今自分が何をしているのか、分からない。
ずっとベッドに寝転んで、ずっと食器棚見つめて。
旅行の帰りに同じコップ6個買って、また来てくれないかな、なんて思って。
晶さんがまた来た時のために、座布団も買って。
なのに僕はずっと家に籠りきり。

少し身体を起こす。
軋む床に、大きな音を立てて擦れる布団。

さっき明人君とパラさんが来た。
差し入れだと言って僕が好きなお菓子を持ってきてくれた。

…明人君。
……なんで。

頭がキリキリ痛む。
身体が重くて、頭が特に重くて。
僕はいつも何を考えて生きていたのか、分からなくて。
昔の思い出は曖昧で、智明が言ってくれなきゃ思い出せなくて。
臭い物に蓋をしていた感じ。

普通ってなんだろ。
普通ってなんだよ。
馬鹿者。
大馬鹿者。
ふざけるな。

壁を睨み付ける。
ぼんわりと熱くなる眼。
ガラスに反射して見えた。
不良を追い払った時を思い出す。

…彩さん。
…会いたいな。

、普通に、生きたかったよ、僕だって。

その時震える携帯電話。

……朱里さんだ。
前髪を、切りすぎた朱里さん。

「…もしもし?」
『もしもし龍馬君、突然電話してごめんね…。』
「大丈夫だよ……どうしたの?」
『いや、ただ声が聞きたくて…あの、龍馬君。』
「…うん?」

朱里さんの声が、少しだけ低くなる。
何かを不安に思っているような、それとも、何かを怖がっているかのような声。

『…漫画本、知ってる?』
「……漫画?」
『そう…あのね……BL漫画なんだけど…明人君が、モデルになってるやつ。』

頭に浮かんだ。
ショッピングモールの本屋さんのBLコーナーで見つけた…あの本が。

「…似てるかもとは思ったけど…あれ本当に明人君がモデルになってるの?」
と尋ねると、朱里さんは少しだけ黙ってから話を続けた。

『…あの本が…販売中止になった。』
「そう…なんだ……でも、だからと言ってモデルになったのが確定とは思えないけど…。」

すると、朱里さんが大きく息を吐いてから…こう答えた。

『明人君のお父さんが作家さんで、知り合いに色々話を聞いたら…確定して良いらしい。』

……そう…なのか。

「じゃあ、あの本は…本当に…。」
『うん、それに…明人君のニュースを見て、そこから発想を貰って…明人君に似せて書いたって作者が認めたの。』

……明人君…。

『真面目に向き合って書くんだとしたら、百歩譲って、色んな事を無視したら許せるのかもしれないよ、でもあの内容は…明人君を馬鹿にしてるとしか思えなくて。』
「……そうなんだ。」

…明人君。

「…朱里さん、あのね。」
『?』

…言おうか、迷った。
でも、言って、救われたいという思いがあったのだ。

僕は。

「…僕が、見つけたんだ。」
『うん、それは晶から聞いたよ。』
「わざとなんだ。」
『……え?』
「晶さんが心を読めるって、分かったから…わざと、大袈裟に本に反応したんだ。」
『……そうやって、わざと馬鹿なフリして人に察させるの、いつからやってた?』
「…覚えてない。」

沈黙。

『小さい頃からそうやって、自分の意思を伝えてたの?』
じくりと痛む胸。

「分からない、でも、多分そうなんだと思う…。」
『…ご家族さんと話せる?』
「……話したくない。」
『智明とは?』
「……。」
『そっか…なら…カウンセリングとか、行った方がいいと思うな…?』

不安げな朱里さんの声。

「…行ってみる、ありがとうね…。」

と言うと、朱里さんは小さな声で返事をしてから黙り、最後に一言だけ残し、電話を切った。

……カウン、セリング。





思い立ったが吉日という言葉がある。
次の日速攻で電話予約をし、カウンセリングへ向かった。

久しぶりに乗るバス。
停車ボタンの赤い光が、まるで誰かの目に見えた。
大勢の目にじっとりと睨まれる。
最初は畏怖した僕だったが「いつも通り」だと気付いてからは恐怖心が消え去った。


診察室の前で一人、大好きな一片の報いを読みながら名前が呼ばれるのを待つ。

…この待合室。
何か懐かしいような、でも、なんか、初めて来たような妙な感覚。
既視感を感じ、それと同時に未視感も感じる。
昔何かで読んだような、もともと知っていたのかはもう分からない。
初めての事なのに経験があるように感じることを既視感、デジャヴと言い、何度も経験している事なのに、まるで初めてのように感じることを未視感、ジャメヴと表すんだという事を思い出した。


「昔から、嘘をついて生きてきました。」
先生は頷きながら話を聞き、たまに質問をしてくれた。
何を話したかはもう覚えてない。

「昔から自分が死ぬ妄想をしてしまっていた」
「たまに自分自身が揺らぐ感覚がする」
「いつも誰かに見られているような感じ」

多分、その辺りの事を言った。

「よく話せたね。」

優しそうな男性だった。
僕は、沢山。
今までの人生で話したことの無い話題について沢山話した。

唯一、鮮明に記憶が残っているのは。

「夢占いって、正確なんですか?」
と聞いたことだけ。
そのあとの先生の答えも、記憶に残ってる。

「夢については分からないことだらけなんだ…記憶を整理するためだという説があるんだけど、これも確かかは分からない。」

この先生は、夢について深く知っているんだと理解した。

「…悪夢が、身体や精神に与える影響は、ありますか。」
「人それぞれとしか、言えないね。」

自分が今、何を言っているのか理解しているような、理解していないようなそんな感覚だったのを覚えてる。

「…あの」
「うん?」
「………僕、夢を見た時、トラウマを、思い出したんです。」
「…うん。」
「女の、子が…黄色いワンピースを着た女の子が、ライオンみたいな…黄色い目の怪物に襲われる夢で。」
「うん」
「…その……こ、怖いんです。」
「……怪物が?その女の子が?」
「……自分が。」



帰り道。
カウンセリングの内容を思い出しながら町を歩く。
都会で、車の通りが多くて、様々な年代の人達が歩いてる。

僕が住んでる町は、昔、土地開発に失敗したと聞いた。
失敗した上に高齢化が進んで、町の人間は若い人をいれようと躍起になっているとも聞いた。

…高校を卒業したら、あの町を出ようと思う。
お父さんとお母さんに会いたい。
本当の、産みの親に。

なんてことを考えながら歩いていると、ふとカフェが目に入った。
レトロな雰囲気の、木造のカフェ。
賑わってるけどそんなに人が多いわけじゃなくて…静かそうな…。

……。

「いらっしゃいませー!」
誘われるように入っていった。
カランカランと鳴るドアのベル。
「お好きな席にどうぞ」という優しい声に従い、窓際の、日光が良い感じに差し込んでいる場所へ座る。

アイスコーヒーと、なんとなくチョコケーキも頼んでみる。

待っている間、お冷を飲み、おしぼりで指先を拭く。
……良い場所だな。
もし住むならこのカフェの近くに住みたいかも。
もしこの辺に住んだら僕常連になっちゃいそうだな…。

「お待たせしました、アイスコーヒーとチョコケーキです。」
「あ、ありがとうございます…。」
優しい雰囲気の男性店員さんに頭を下げてからアイスコーヒーを一口飲む。

…おお…美味しい…。
冬に来たらホットコーヒーも飲みたいかも。
なんて思いながらチョコケーキを一口食べ、外の景色を見ていると……ふと、見覚えのある人を見つけた。

…お。
お!!
お!!!???

ガタリと立ち上がる僕。
僕が尊敬している人だとネットで噂になってる顔の人がお店の前に居る。
目鼻立ちがはっきりしてて…髪がさらっさらで…なんか…ラジオで…前…顔の話題が出たとき「あんまり話題になってないよね」ってなんか雑に誤魔化してたっけわ!!入ってきた!!!!
た、確かにこの地域に住んでるみたいな噂は聞いたことあったけど…!

ガッと座り、頭を抱え、落ち着くためにチョコケーキを一口食べる。
おいしい……でも落ち着かない…。

カタカタと震える手を握りしめ、下唇をぐっと噛み締めると…その、尊敬する人が僕に話しかけてきた。

「隣良いかな?」
「ピェ」
「ピェ?」
「……どう…ぞ」
「ありがとう、アイスストレートティーをお願いします。」

低い声……ラジオと一緒……じゃああのネットでみたあの顔の写真も噂も本当なんだ…。
それに…紅茶…飲んでる…!!一片オタクが絶対飲む飲み物ランキング一位!二位はワイン!!
本人なんだ…なら自分がファンだとバレたらダメだ、あれだ、プライベートを侵害するファンになっちゃいけない。
ダメだ。
と言い聞かせながら知らんぷりをしていると、彼の方から僕に話しかけてきた。

「一片の報いの…ラフのアクリルキーホルダーだね?」
「え?」
「僕作者だよ、僕の作品を好きになってくれて嬉しいな、ありがとう」
「え?」

……?え?
停止する思考。
耳まで響く心臓の音。
震える手。

「い……池崎、直樹さん……ですか…?」
と尋ねると、彼は頷きふんわりと微笑んだ。
「そうだよ、君は?サインいる?」
「神に名前を教えるわけには…!」
「神じゃなくて人間だよ…サインは?」
「……欲しいです、おでこに書いてください」
「おでこは流石に…手帳で手を打ってくれるかな……?ありがとう、可愛い手帳だね!」

ダメだ…チョコケーキなんて食べずにアリスの得意料理のアップルパイ意識してアップルパイ頼めば良かった!
コーヒーじゃなくて紅茶にすれば良かった!!

なんて思いながら池崎直樹さんが僕の手帳にサインを書いてくれている姿を見ていると、彼が僕の方を見てこう尋ねてきた。
違う、尋ねてきたじゃない。
こう質問してくださった。
質問してくださった?質問して、頂けた。
ありがたい言葉を、頂戴、し、いや違う。
僕に優しい声色でこう質問してくれた。
していただけた。優しい声色は良い。ここはい
「もう話しかけても良い?それともまだ…何か考える?」
「終わりました、なんですか…?」
眉を下げて僕の顔を見ている池崎直樹さんにこう答えると、池崎直樹さんは頷いてからサインの上の方を指差した。

「ここに君の名前を書きたいんだけど…名前を聞いてもいいかな?」
……叫ぶな、僕。
「あ……ま、松田龍馬です……。」
池崎直樹さんに名前を伝えると、池崎直樹さんは頷いてから僕の名前を繰り返した。
「マツダリュウマ……」
「ピェ」
「ピェ?また鳴いたね…ふふ、かわいい」

クソ、最悪だ……でも池崎直樹さんが笑ってくれた、良かった。
頭の中で自分自身を励ましていると、池崎直樹さんが僕にこう話しかけてくれた。

「名前…漢字はどう書くの?マツダリュウマ…」
あーそうか。
まつだにもりゅうまにも色々種類あるもんね。

「松の木の松に…田んぼの田…」
「松の木の松…田んぼの田…オッケー、名前は?」
「ドラゴンの龍…立つ方の起立の立に月…横はなんかぐにゃってしたやつ…」
「立つ方の起立の立…こっちの龍ね?良い説明」
「で、ホースの馬です…」
「なんで名前をいちいち英語で表すの?分かりやすいけど…ふふ」

やった、また笑ってくれた!この記憶だけで五週間は生きていける!

「書けたよ龍馬君」
「ピェア」
「今度は違うタイプの鳴き声だね、はいどうぞ」

また鳴いちゃったけど笑ってくれた…。
池崎直樹さんから手帳を受け取り、サインを目に焼き付ける。

「鳴き声が特徴的な松田龍馬君へ」

…………
僕死のうかな?

「龍馬君、龍馬君って今何歳?」
どうやったら自分の存在を消せるか考えていた時、池崎直樹さんがこう話しかけてきてくれた。
ね、年齢?なんで知りたいんだろ…。

「え?あ…こ、高二です」
と言うと、頷いてから首を傾げ、僕の顔を覗き込む池崎直樹さん。
「どこの高校?」
「あー…あの」
高校の名前を言おうとしてやめた。
彼には、こう言った方が伝わるかもしれない、と思って。

「……昔、開発に失敗した町です。」
すると、彼は顔を上げ、目を輝かせた。
「まさか君があの龍馬君…!?」

……え?
「明人がいつもお世話になってて…」
「!え、あ!じ、じゃあ…お、お父さんなんですか!?」
「そうそう!明人の父親なんだよ!僕!」
「え!!??ま、ほ、本当に!!??」




「見てくれないか!明人が小学生の時に描いてくれた僕!」
「わー!凄い!上手いですね!」
「ああ!明人は天才なんだよ!!」

池崎直樹さん…明人君大好きでかわいいな…。

「…あのね、龍馬君。」
明人君が描いた絵を見せてもらっていたその時、池崎直樹さんが突然神妙な面持ちでこんな話を始めた。

「…漫画本を、知ってる?」
「…漫画本。」

勿論知ってる。
でも、お父さんに話していい話題なのか、分からない。
池崎直樹さんが動いて確認を取ったおかげで販売を中止できたんだ。
でも、だからと言って…話していいのか、分からない。
すると、僕が悩んでいることに気付いたのか、池崎直樹さんが優しい声色でこう言ってくれた。

「龍馬君、ありがとう」

じくりと、胸が痛む。
池崎直樹さんはこう続けた。

「こんな事言ったら明人に「お節介」って言われちゃいそうだけど…」
「…はい。」
「…明人に、君みたいな友達がいてよかったよ」

…あぁ、そうか。
僕、明人君とは友達なのか。

「…龍馬君?」
「……友達、って言っていいのか、分からないんです…。」

気付いたら、こんな事を言っていた。
右眉をピクリと上げ、首を傾げる直樹さん。

「…何が言いたいのかな?」
…手が震える。
緊張と、同じくらいの恐怖心で。

「…明人君の事はもちろん好きなんですけど、それが…恋愛感情なのかも、しれないって思ってて。」

と言うと、池崎直樹さんは二度頷いてからこう言った。

「それが、嫌?」

背に、汗が伝うのを感じた。

「…分かりません。」
「分からない?」
「…はい。」

僕の言葉を聞き、しばらく黙り込む池崎直樹さん。
そして、アイスストレートティーを一口飲んでから、こう言った。。

「…分からないままにするのも一つの選択だと思うよ?」
「…。」
「でも、君は…自分を理解したいという思いがあるんじゃないかな?」

…池崎直樹さんの言葉を聞いて理解した。
あぁ、そうか。
僕、自分自身を理解したかったのか、と。

「話せる範囲でいいから…全部話してごらん、龍馬君。」



「最近どんどんまわりの状況が変わって」
「家に帰ったら家が無くて」
「小さい頃から見る夢があって」
「その夢に出てくる子と友達になって」
「昔から嘘をついて生きてきた」


勝手に言葉が口から零れ落ちる。
池崎直樹さんは僕の言葉を頷きながら静かに聞いてくれていた。


「…大変だったね」
「…」

池崎直樹さんは頷き。僕の背を撫でてくれた。

「…僕、幸せに、なれますかね。」
面倒な質問だな、と言いながら思った。
だけど池崎直樹さんは嫌な顔一つせず、こう答えてくれた。

「夢を見つけるといいよ」
「夢、ですか…?」
と尋ねると、池崎直樹さんは頷き、こう続けた。

「小さな目標みたいなものを達成していくと、それが成功した経験として君の記憶に残る」
「…はい。」
「それを積み重ねていけば、未来の君は今の君に感謝してくれるはずだよ」

…成功した、経験。
その言葉を聞いて思った。
僕は、今まで何かに成功したことはあったのかな、と。
部活にも入ってないし、バイトも何となくで始めた。
成功体験なんて、味わった事無いかもしれない。
やりたい事とか、興味がある分野も何もなくて。

…もし、それが見つかったら…僕は。



「…僕、最近毎日…日記を書いてるんです。」
目を丸くする池崎直樹さん。
「日記?」
「はい、奇妙な夢を見たときとか…もちろん危険だってことは分かってるんです!でも…。」
「…書くのが、楽しいのかい?」

小さく、頷いた。
「描写をリアルにするのが楽しくて…細かく、書くのが楽しくて仕方がないんです!余白を自分なりに補足したり…質感だったり空気感を文章で表すのが楽しくて…。」
「うん」
「…僕、作家になりたいのかもしれません。」

池崎直樹さんは嬉しそうに微笑み、一度大きく頷いてから、耳に髪をかけ、ストレートティーを飲んでからこう言ってくれた。

「じゃあ、先輩としてアドバイスをしてあげようかな?」
い、池崎直樹が僕にアドバイス!??

「お、お願いします!!」
体を池崎直樹さんの方に向け、ぐっと頭を下げると、くすくすと笑いながらこう言ってくれた。

「あはは、そんなに畏まらないでくれ…簡単なアドバイスのつもりだったのにな…」
「あ、ご…ごめんなさい…。」

流石にはしゃぎすぎたか…

「…昔の話を、させてくれるかな。」
反省してる僕が面白かったのか、少しケラケラと笑ってから…池崎直樹さんがゆっくりと話し始めた。
「昔、悲しい事があったんだ…物凄く悲しくて、辛い事が」
「……はい。」
「その時の僕はね、色んな場所に色んな作品を投稿しては、受け取って貰えないし、賞も貰えないしで…貯金も尽きて、もう、作家なんてやめようかと思っていたんだ」
「……」
「…そんな時に、その悲しい出来事が起きて」
「……」
「涙よりも先に、アイデアが出た」
「……!」
「その結果、一片の報いが生まれたんだ…だけど、僕は後悔してるんだ」
「……」
「君は後悔しちゃいけないよ」
「……分かりました」
「…君にだけ辛い事を話させるのは不公平だから、僕も話すね」
「……」
「僕は、筆を折ろうと思ってる」

…直樹さんが、筆を、折る?

「…だから、君に、託しても良いかな?」
そう言いながら彼が取り出したものは、ボロボロのメモ帳だった。

「……これは?」
「僕が使えなかったり、使いたくなかったアイデア達だよ」
「…!」
「君が居れば書き上げられる気がする…一片の報いに次ぐ、僕の代表作が」

そう、切なそうに呟く直樹さん。

……

…受け取れない。
僕にこれは重すぎる。

そう思いながらも、心の隅では受け取りたいと思ってしまう。

「……龍馬君、ダメかな?」
震える手。

「直樹さん…その前に、相応しいかどうか…僕の…日記を、読んで、決めてくれませんか。」

気付いたらそんな事を言っていた。
いや、気付いたらじゃない。
言いたくて言ったんだ、もう嘘をつくな、僕。

直樹さんのメモ帳よりもぐちゃぐちゃで、所々が剥げたノート。
カウンセリングで使うかと思って持ってきたノートを、直樹さんに手渡した。
直樹さんはそれを読み、
「……これは…凄いな…」
と、言ってくれた。

「……!ほ、本当ですか!?」
「…いいよ、面白い…続きを読みたくなるね」
「やった……!」
「正直期待してなかった、少しずつ一緒に勉強していこうかと思っていたけど…今すぐにでも書きたいくらいだ」

そう言いながら僕の背中を撫でてくれる直樹さん。

……よかった。
やっと…僕オリジナルの、何かが…。

「龍馬君、君に贈りたい言葉があるんだ。」
「……言葉?」
「学生時代、変わり者と持て囃されて…誰にも分かって貰えなかった僕を救ってくれた言葉だ」
「……なんですか?」
「『混沌を内に秘めた人こそ躍動する星を生み出すことが出来る』…ニーチェの言葉だよ」
「…!」
「心当たりがあるんだろう、龍馬君」
「……あります、ありがとうございます…直樹さん。」
「ああ…君は学生時代の僕そっくりだ」
「光栄です…!!」
「いちいち大袈裟だな君は…それが君の素なのかもね?」
「…そうかもしれません。」
「…あ、そうだ、彩も、君と同じ学校なんだよね?」
「そうです、彩さんとは…いい友達です。」
「…友達でいいの?」
「…」
「…なるほど、ふふ…青いね、龍馬君」



長いのは分かってる。
でも、これで最後かもしれないと思うと我慢できなくて…お願い。
何かに祈る僕。

気付いたら本当の家族が居る家にいた。

白いワンピースを着た女性が居る。
車椅子に座っていて、僕を見た瞬間真っ黒な瞳を輝かせた。

彼女は言う。

「久しぶり、初めましてと言った方が…正しいのかもね」

お母さんだ。
僕の、本当のお母さん。

「…久しぶり、お母さん」
僕がそう言うと、お母さんは嬉しそうに微笑んでから隣においで、と言った。

「……お母さん」
懐かしいにおいがする。

「聞きたいことがあるなら、全部教えるよ」

「僕の名前の由来は?」
「決めたのはお父さんだから、お父さんに聞いて?」
「お母さんはなんて名前にしたかったの?」
「中性的な名前にしたくてね、ナオ、ミツキ、ヒカルとか、色々考えてたよ」
「そうなんだ」
「一番良い名前は知り合いに取られちゃった…最大候補だったんだけどね」
「…なんて名前?」
「アキラ」
「…車椅子」
「昔から動かなくて、龍馬が…私の側に来てくれた時に動いて」
「うん」
「龍馬を産んだ後、動かなくなっちゃったんだ」
「……僕が誘拐されたから?」
「……うん」
「…捜索願は、出してたの?」
「出してたけど、警察は取り合ってくれなくて」
「……そうなんだ」
「…突然で困ったでしょ…ごめんね」
「……ううん、会えて嬉しいよ、お母さん」
「…こちらこそ、ありがとう」
「……ねえ、お母さん」
「……うん?」
「…もし、僕に恋人が出来たら嬉しい?」
「優しい人だったら嬉しいよ、厳しく見るからね」
「……女の子じゃなきゃ、嫌?」
「龍馬が選んだ人なら、どんな人でも」
「……」

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