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三章
24話 「見てっからな」
しおりを挟む「あ…ごめん龍馬君…!ちょっと待って!」
朱里さんと、スーパーに向かって歩いていると、朱里さんが突然立ち止まり、ポケットに入れていた携帯を取り出して、画面を操作し始めた。
「どうしたの?」
と、携帯を操作する朱里さんに尋ねると、僕の方へ少し近寄ってから、携帯を耳に当てこう答えた。
「…彩ちゃんから電話、もしもし?」
彩さん…か。
「…どうしたの?…うん………買ってきてあげるよ、後で返してね?」
…買ってきてあげる?おつかいの頼みかな?
「なんて言ってたの?」
と、彩さんとの電話を切った朱里さんに尋ねると、本屋さんのある方角を指差し、こう言った。
「『今日一片の最終巻が発売するから買ってきて!』だって。」
そうなんだ…彩さん忙しいのかな?
「…なんで明人君に頼まないんだろう…。」
「明人君に頼んだら「黙れ」って一蹴されたらしいよ。」
…明人君らしいや。
「先本屋さん行っていい?」
「うん!…智明の用事が終わったら彩さんのとこも行かなきゃね。」
「だね…。」
と、話しながら歩いていると、目の前の人と肩がぶつかってしまった。
「あ…ごめんなさい…。」
と、さっきぶつかった人の背中に謝ると、
ぶつかった人が、携帯をポケットにしまいながらそっと振り返り、首を傾げながら僕をじっと見つめた。
さっき僕がぶつかった人は、長い前髪をざっくりと分け、オーバーサイズのパーカーの袖を捲り、ダメージの入ったジーンズを履いた女の人だった。
…すごい美人さんだ…。
でも、どこかで見たことあるような…。
あ…それよりも、わざわざ振り返ってこっちを見るってことは怒らせちゃったのかな…?
「あ…す…すみませんでした…!」
もう一度謝り、今度はしっかり頭を下げようと、身体を女の人の方に向けると、朱里さんが震えた声でその女の人の名前を呼んだ。
「……晶…ちゃん。」
「よう、朱里ちゃん。」
……晶さん?
そっか、晶さんだから見覚えがあったんだ…。
女の子って髪型で結構変わるんだなぁ…。
…晶さん、怪我ちょっとだけ治ったみたいで良かった。
と、勝手に納得していると、朱里さんが僕を晶さんから隠すように移動し、いつも通り明るい口調で、晶さんに話しかけた。
「晶ちゃん、どうしたの?用事?」
「いや?暇やから本買いに来たんよ。」
「そうなんだ、でもここじゃなくても駅前の本屋にも売ってるんじゃないの?」
「あそこ品揃え悪いねんって…。」
…普通の会話に聞こえるけど、なんとなくギスギスしてるような気がする。
さっき朱里さんが話してたことと何か関係あるのかな。
「私もまだ死にたくないんだ。」
…だっけ?
……どういう意味なんだろう。
二人の会話を聞きながら考え込んでいると、突然晶さんが焦った口調で
「そういえばさ!朱里は用事大丈夫なん?」
と、言ってきた。
「え?」
「やってさ、さっき携帯…。」
「彩ちゃんからの電話だよ。」
「そうなんや…なんて言ってた?」
「一片の最終巻買ってきてって。」
「ほぉ…。」
「だから本屋さん行こうと思ってたんだけど。」
「うちも一緒に行っていい?ほらうちも用事あるし。」
「私は構わないけど?」
さっきからずっと、呼吸をする暇も考える暇も与えさせないくらいの猛スピードで会話を交わす朱里さんと晶さん。
…なんか…ちょっと怖いな。
すると、晶さんが朱里さんを押しのけ、僕にこう質問してきた。
「龍馬くん、本屋さんさ、うちも一緒に行って良いかな?」
…まじか、どうしよう。
朱里さんの話を聞いた後だったら、なんかちょっと怖くなっちゃうな。
でも大丈夫だよね、外だから派手な事はしないだろうし、第一僕がいるんだ!
…頼りになるかはわかんないけどね。
「良いよ、3人でいこっか!」
二人を交互に見ながらそう言うと、朱里さんが少し切なそうな顔をしてから数回頷いた。
すると、何かに気付いたのか、晶さんが僕をじっと見つめてから、朱里さんに視線を移動させ、ふんわりと微笑みかけ、こう呟いた。
「…二人が話してる所あんまり見た事無かったけど結構仲いいんやな?」
「そうかな?」
首を傾げてそう尋ねると、晶さんがさっきよりも嬉しそうに、最後の一文を強調してこう言った。
「うん、やってさ?なんか大切な秘密を共有してるんやろ?」
…!
…まさか…。
「分かりやす…こんなんじゃアレ仕掛ける必要無かったな…結構高かったんやぞ?」
わざとらしく僕ら二人から視線を逸らし、少しずつ声のトーンを低くして、淡々と言葉を続ける晶さん。
「おい朱里、お前はうちにゴミ箱漁れって言うんか?かなりのドSやな、興奮するやん。」
…これは…朱里さんに言ってるんだよね…?
話の内容から予測すると「アレ」っていうのは多分盗聴器で…朱里さんは仕掛けられてる事に気付いてゴミ箱に捨てたんだ…。
それを晶さんは怒ってるのかな。
…盗聴器なんて、どこから仕入れてるんだろ。
「…なんてな、お前に比べたらアレなんかただのスクラップや、うちはお前が健康ならそれでいい。」
すると、晶さんがさっきまで話していた人とはまるで別人のように明るい口調でこう言い、朱里さんの頭を優しく撫でた。
……何、言ってるんだろ。
僕にはちょっとレベルが高すぎて理解出来ないな。
「…はいはい、ほら早く行くよ」
朱里さんは、自分の頭を撫でる晶さんの手を払いのけ、まるで何もなかったかのように歩き始めた。
…この二人にとってはこれが普通なの?
……ちょっと怖いな、晶さんも一緒に行って大丈夫かな。
朱里さんが不安だけど…。
……ま、いっか。
本屋さんに到着し、朱里さんについていく形で一片が置いてあるコーナーへ向かう。
「一片もう最終巻なんだ…」
独り言のようにそう呟くと、朱里さんが少し寂しそうに「そうだね…」と答えてくれた。
…やっぱり、さっきの二人の会話が気になってしまう。
さっきまでの事が何も無かったみたいに平然としてるのを見たら、二人にとっては盗聴器を仕掛けたり、お互いを脅すのが日常茶飯事みたいで…。
…失礼だっていうのは分かってるけど、僕…この二人の友達になってよかったのかな。
「じゃあ私買ってくるね、ちょっと待ってて」
「あ…うん!」
レジに向かう朱里さんの背中を見ていると、6人で出かけたあの日の事を思い出した。
確か智明ここで
『…お前…彩ちゃんのこと好きだろ。』
って聞いてきたな。
僕あの時なんて言ったんだっけ…。
確か「好きだよ」って言った気がするな。
……あぁ、そっか。
僕、彩さんの事好きなんだ。
今更実感が湧いてきちゃったよ。
……会いたいな。
彩さん今何してるんだろう。
……って、僕ちょっと気持ち悪くない…!?
彩さんの事考えるのやめよう…。
…あ…そういえば、あの日晶さんが怖いお兄さんから逃げるように何処かへ行ったのも、何か関係があるのかな。
あの…晶さんが誰かを脅す時のあの話し方…少しだけあのお兄さんと似てたような…。
「龍馬」
「わっ!!」
「!…びっくりした…いきなり大声出すなや…。」
…しまった、考え込んでた…。
少し眉をひそめ、首を傾げて僕の顔をじーっと見つめる晶さんに「ごめんね」と謝ると、晶さんも
「気にせんでええよ、うちも驚かせてごめんな」
と、眉をそっと下げ謝ってくれた。
「うん…えっと、どうしたの?」
何か僕に用事があるのかと思って、晶さんにこう質問をすると、
「あのさ、二つ候補があるんやけどさ?龍馬君がどっちか選んでくれへん?」
と言いながら、少し遠くにある本棚を指差した。
「え?選ぶの僕でいいの?」
「うん、むしろ龍馬君がいい」
…役に立てるかな…。
「…あの…晶…さん?」
「ん、何?」
「選んでほしい本って…」
「うん、BL」
晶さんは平然とそう呟き、本棚から適当に2冊を取り出し、僕に見せてきた。
「どっちが良いと思う?」
「あー……」
「こっちは脳筋受けやねんけどな?うちは脳筋には攻めでいて欲しいんよ、でも好きな漫画家さんの本やから迷ってんねん…でこれは面白そうやし脳筋攻めやねんけど絵柄がちょっと苦手なんよな…」
「…あー…」
…どうしよう、何を言ってるのか全く分からない…。
僕に選んで欲しいって言ってたから…僕がいいなって思った方でいいのかな…?
「…脳筋受けは…?晶さんが好きな漫画家さんなら…ストーリーも晶さんの好きな感じになってるんじゃないかな…?」
僕が思った通りにそう伝えると、晶さんが目をキラキラと輝かせ
「あ!…せやんな…やっぱ好きな漫画家さんを選ぶよ!ありがとう龍馬君!君こそうちのソウルメイトや!!」
と嬉しそうに言ってから、僕が選ばなかった方の本を本棚に片付けた。
「あー…ありがとう…」
…よく分かんないけど…役に立ててよかった…。
嬉しそうに表紙を見つめる晶さんから目を逸らし、本棚にある肌色の多い表紙を横目で見ていると、ふと黒を基調とした綺麗な絵柄の表紙が目に入った。
表紙には、服を脱いでいる途中のような格好の、綺麗な顔の男性が描かれていた。
多分…胸が隠れていたら、みんな女性だって思いそうなくらい綺麗な顔立ちの人。
でも、思わず二度見するくらい綺麗だけど、男の人の身体には痣のような、キスマークのようなものが所々についていて、美しさと同時に性の生々しさを…
…あれ。
…なんか……。
この人…明人君に似てるような…。
似てるというか…ほぼ明人君みたい……。
明人君がモデル…とか…そういうわけじゃないよね…?
「龍馬君、どうした?」
その時、考え込んでいる僕に気付いたのか、晶さんが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
…晶さんなら察しちゃいそうだな。
明人君本人に言わないとしても、今は僕らのうちの誰かにこれを見せちゃダメな気がする。
何か…この本に気付かせない方法は…。
…そうだ。
「晶さんってどうして腐女子になったの?」
「…へ?」
『智明君、最近どう?』
「…まあまあだよ」
聞き慣れた優しいトーンに似合わないくらい無機質なボイスチェンジャー。
『智明君…最近学校サボってるみたいだね。』
「…あぁ」
俺の事は知っているくせに自分の事は何も言わない女と、「最近どう?」から始まる当たり障りのないただの会話をここ数年、毎週繰り返している。
普通の人なら異常だと思うだろうけど、
普通なら変なんだろうけど
俺にとってはこれが全てだった。
俺が俺で居る為には
俺が「智明」で居る為には
『妹さんは?元気?』
「…本当になんでも知ってんだな、お前。」
20XX年5月20日
今日は少し前と同じ夢を見た。
僕がアイドルオタクの女の子になっていっぱいイラストを描く夢。
今回はその子の好きなメンバーさんの事を少し知れた。
名前とか顔は覚えてないんだけど、髪型とか衣装ははっきりと覚えてる。
その子がその人の写真を見ながら真剣に描いてたからかな。
確か黒髪で赤いジャケットを着てて、少しふて腐れたような顔をしてたな。
不機嫌?というか、クールな人だった。
で、その子が友達?か家族?かな?と話しながらスケッチブックに絵を描いてたんだけど、突然スランプが来て描けなくなるんだ。
友達?は「大丈夫だよ、そういう時もある」って言ってくれるんだけど、その子は「こんなんじゃダメだ」って言いながら震える手でシャーペンを握りしめて線を描き続けるんだ。
でも全然上手く描けなくて、次第にイライラし始める。
友達も心配して優しく声をかけるんだけどその子の耳には届かなくて…。
最終的にはその子が
「もう少しで○○さんの誕生日なのに」
「私の唯一の取り柄を使って真剣にお祝いしたかったのに」って頭を抱えちゃうんだ。
…少し悲しい夢だったな。
もし、これが夢じゃなくて本当に起きた事だとしたら、すごく悲しい。
…あの子、誕生日に絵描けたかな?
描けてたらいいな。
全く知らない子だけど僕は君の絵が好きだよ!頑張れ…!
今回はすごく長くなっちゃった気がする、でもなぜか最近すごく細かく覚えてるんだ!
そのおかげで日記を書くのが楽しいよ。
次はどんな夢を見るのかな…。
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