本当の主人公 リメイク版

正君

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三章

21話 林檎

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5月9日、朝



龍馬さんの部屋の様子を外から覗き、ほんの少しだけ見える彼の影を頼りに、今している行動を予測する。

…多分、今は制服に着替えてるな…。
覗きたいけど我慢しよう。
今見たら別の意味で元気に……コホン。


見たい欲を必死で抑えてから、マンションに背を向け、高校へ走る。

龍馬さんのマンションと高校はそんなに遠くないから、龍馬さんが着替えてる間に走れば龍馬さんに見られる事なく間に合う。

クソガキに
「え、まだ朝早いのになんで走ってんのあいつ」
と言いたげな目で見られてるけど気にしない。
僕の走り方が間抜けだからかもしれないけど、気にしない。
人の事を見て色々考える暇があんなら自分の顔面をなんとかしろよ、ブサイクが。



校門に到着し、息を整えながらスマホの内カメラで前髪と自分の顔を確認する。
…あー…相変わらずクマがひどい。
こんなんじゃ「ブサイクが」とか言えねえな。
…なんだっけな、クマを隠すにはコンシーラー?とか使った方がいいのか?
…今日買って帰るか。

近くの薬局の場所を思い出しながら、龍馬さんを待つ間だけ、スマホにイヤホンを刺し、気に入った曲を大音量で流す。

…相変わらず一ミリも歌詞が理解できない。
ていうか日本語じゃないからなんて言ってるか分からない。
でも、取り敢えずただただメロディーとリズムの取り方が好き。


壁に身体を預け、スマホをいじりながら時間が経過するのを待つ。


…なんとなく、検索アプリを開いて、今聴いている曲の日本語訳を検索して、一番上に出てくるサイトを開くと、画面に表示された文章に、思わず目を見開いた。




『貴方が月なら私はそれを隠す雲
貴方がアダムなら私は蛇
追放されてもいい?
嘘はいいの、いいよ、大丈夫
私には貴方しかいないけど、貴方はそうじゃない。
貴方には太陽があって、貴方にはイヴがいる。』




……なるほど、この曲が好きな理由がわかったよ。

だけど、ふと違和感を感じずにはいられない。
…これ、僕に合いすぎてないか…?



まるで…僕のために誰かが書いたみたいな…。

……いや、やめよう、自意識過剰すぎる。


3回くらいリピートしてから、イヤホンを外し、少しずつ人が来始めた校門へ視線を移動させる。
龍馬さんが来るまで…あと10分くらいかな…。

数回咳払いをし、制服の形を整えたり、シャツを第1ボタンだけ開けたりして、ほんの少しだけ身だしなみを整える。

…まだかな、龍馬さん。
「おはようございます」って噛まずに言えるかな。
なんて考えながら校門を見ていると、ふと、視界の隅に何かが見えた。


…?
さっき見えたその「何か」を確かめるため、キョロキョロと見渡してみると、校門に入ってすぐの場所にある木々に囲まれた薄暗い場所で、女が座り込んで、壁に背を預けているのが見えた。


……って……あ?
あれ…もしかして晶か…?
いや、あれは晶だな。
あのもみあげは晶だ。
あいつ何してんだ…?新種の嫌がらせか?
いや、もしかしてあの晶が体調崩してんのか?

……まぁ、僕には関係ないし、ほっとこ。
と思い、晶から目を逸らし龍馬さんを待つことにした。


…あ、
…おい。
ちょっと待て。
ちょっと待て池崎明人。


確か龍馬さんの好みのタイプは友達思いな人だよな?

龍馬さんから見たら僕と晶は友達同士だ。


いや龍馬さんが言うなら僕と晶は親友だ
龍馬さんが全て正しい

その親友を助けたとなれば龍馬さんは
「明人君友達思いだね!」と褒めてくれる
だから今僕がここで晶を助ければ晶が色々察して龍馬さんに
「明人が助けてくれたんやでー?」
と言ってくれるそうすれば龍馬さんが
「明人君…本当はみんなに優しい子なんだ…」
と思って僕の好感度急上昇よし行くぞ池崎明人僕は晶を助ける晶を助けて龍馬さんと付き合待ってそれは気が早いかでもああもうなんでもいい龍馬さんに褒められるぞうおおおおお!


頭の中で自分にそう言い聞かせながら、晶の元へ歩み寄る。

「おい、お前何してんの。」
壁に背を預け、うなだれる晶に声をかけると、少し顔を上げて、こう話し始めた。

「いやぁ…なんかな、朱里の友達に襲われてん。」
……は?
「そのせいで身体めっちゃぼろぼろやねん、助けて。」
…?
不審に思いながら、晶の前に腰を下ろすと


晶の体には無数の痣があり、口の端には晶が拭いたのか、血の擦れたような跡が付いていた。
「おい…なんだよそれ…化粧……じゃねえだろ?」
「メイクでこんなことするかアホ…。」
…そりゃあ、そうか。
晶はこんな嫌がらせ嫌いだもんな…。


晶と僕は、一年の時に知り合って、それからかなり長い時間一緒にいたんだ。
龍馬さんがクソ明と過ごした時間に比べればまだまだだけどな。
そのせいか、何となくだけどお互いの考えてる事が分かるようになってきたんだ。

だから、今は本当に暴力をふるわれて、身体中が痛いっていうのが分かる。
…まぁ…今日くらい優しくするか。
晶の肩を優しくぽんぽんと叩き、顔をそっと覗き込んで
「…保健室行くか。」
と尋ねると、コクコクと頷いてから、僕の手をキュッと掴んでこう言ってきた。

「その前にトイレ行きたいな……あっきー、おんぶ。」
は?
「無理。」
…あぁ、ダメだ…優しくするんだった。
でも…おんぶは…。
筋力的な問題で無理だな。
最悪晶の怪我が増える可能性がある。

保健室は一階にあるから階段の心配はねえけど…。
あー、ここに筋肉バカの智明が居ればな。

なんて考えていると、女として見栄を張りたかったのか、晶がこうつぶやいた。
「あ、言っとくけどうち重くないで!43キロやし!身長165の43!BMIはなんと驚異の15.7!ガリッガリや!」
…やべえ、そんな事言われても晶の身長からの平均的な体重が分からん。

…43キロのBMI15.7?よく分かんないけど多分痩せてる方だな、自分でもガリガリって言ってるし。
「お前の体重が5キロなら考えてた。」
「は?」
「…40キロ代は…肩を貸すレベルだな。」
「それでいい、立たせて。」

晶の手を両手で握り、ぐっと僕の方に持ち上げて立たせ、晶がふらつかないように肩を支えると、晶が少し驚いた顔をしてから、ニヤニヤと笑い出し、僕に顔を向けこう言ってきた。
「…ほぉ?イケメンやん?」
「イケメンなのは知ってる。」
「うわぁ。」
「行動の事を言ってるんだたしたら…これは龍馬さんのためにしてる事だから一般的に見ればイケメンとは言えないんじゃないか?」

と、晶のニヤつき顔を真似しながら言うと、数回頷いてから、照れたように笑い、こう言った。

「なるほどね、全部察した!龍馬に惚れて貰うためやろ?」
「…………………違う。」
「壊滅的に嘘下手やな…でも優しいとこあるやん明くん?」
「だろ、惚れたか?」
晶を笑わせるために冗談を言うと、僕から目を逸らし、黙り込んでしまった。
「……」

……あー、そうだ。
こいつは誰にも惚れないんだった。



『子供の頃から、人を心の底まで信じる事が出来ない』
って言ってたもんな。


「…なあ明人」
「ん?」
「嫉妬したらごめんな?…この前龍馬にさ、「好きな人いる?」って聞かれてん?」
「…うん。」
「…うちさ、すっごい焦って…適当に誤魔化す事が出来ひんかった。」

……そりゃあ、唐突に言われたら誰だって無理だろ。
さっきまで誰かが『私の好きな人は○○君!』
みたいな話をしてたら自分に振られるって分かるからなんとか対応できるけど…。

「…仕方のねえ事だろ?」
「うん…でもさ?うちみたいなゴミが普通の高校に溶け込むには、冗談でも好きな人の一人くらい作らなあかんのかな…って思ってさ…。」
…晶から相談されるなんて…初めてだ。

……なんて答えればいいんだ?こういう時…。
…だめだ…浮かばねえ…。
取り敢えず考えるフリでもしとくか。

「んー………?」

すると、晶が僕が悩んでいることに気付いたのか、いきなり笑い出し、こう言った。
「あはは!すまんすまん!明人って人から相談されるの嫌いやったな!」
「何て言えばいいのか分からなくなっただけだ…僕こそすまん。」
「いいねんいいねん、女子はおしゃべりが好きやから話を聞いてもらえるだけで嬉しいんやで!あっきーもおしゃべり好きやろ?」
「確かに好きだけど…」

…そういうものなのか。
「そういうもんやで」
……ナチュラルに心読まれた、怖い。








龍馬さんと晶と僕の3人で、能力について話した後、晶が
『もう遅いし二人で帰り!』
と言ってくれたおかげで、今龍馬さんと肩を並べて歩いてる。

…普通は晶が言われる側だよな?
まぁ良い、晶には今度お礼に飯でも奢ってやろう。

そっと隣を見てみると、僕の隣で自転車を押して歩く龍馬さんが。
あー…どうしよう、明日死ぬのかもしれない。
幸せだ、本当に、あぁどうしよう。

「龍馬さん今日もかっこいいですね。」
「え?あ…ありがとう…でも明人君の方が僕よりももっとかっこいいよ!」


……
………………生きてて良かった。

「あ…ありがとうございます…でも智明の方が…。」
「明人君は智明よりもかっこいいよ、クラスの子達は見る目がないね!」
…まさかこんな時に智明に勝ってしまうとは…龍馬さんは無自覚で僕の心臓を壊してくる…。

落ち着け池崎明人、今の僕は完璧だ。
話の話題も今なら沢山あるだろ、さっき以上に盛り上がるんだ、ほら、毎晩寝る前に想像してたじゃないか。
それに今日は晶の話題も…


「ねえ明人君。」
「…!?」
…びっくりした…。
あー…やっちゃった…龍馬さんから話させてしまった…。

「ど…どうしました…?」
僕の事を見て、少し気まずそうな顔をする龍馬さんにそう問いかけると、「えっと…」と悩んでからこう話し始めた。

「…晶さんの事…どれくらい知ってる?」
…晶の事……か。
「…誕生日と血液型と…好きな食べ物くらいしか知りませんね…。」
と答えると、一回頷いてから消えそうな声でこう呟いた。
「そっか…そうなんだ。」

…どうしたんだろう…龍馬さん…。
なんか泣きそうな顔してるし…知ったかぶりでも晶の事話せばよかったかな。
あー、どうしよう、どうしよう…。
えーっと、そうだ、晶のトラウマだ。
保健室で話してたのと同じような事を話したら少しは…えっと…。
なんか晶があの性格になった理由の存在がいたような……。
あ、そうだ…確か…


「「澁澤環って…」」


……あー、これは夢だ、そうだろ池崎明人。
まさか龍馬さんと言葉がハモるなんてそんなこと有り得るはずがない。
生きてて良かった、今日は晶に感謝だな。

…というか…龍馬さん、澁澤の事知ってるんだ。
龍馬さんの頭の中にしばらく澁澤って名前が入ってたんだ、いいな。
まぁ僕龍馬さんの中だったら一番のイケメンだし、澁澤より勝ち組だな。
………いや本当何言ってんだ、僕。


「明人君知ってるの?澁澤君の事…。」
純粋な龍馬さんは僕の気持ち悪い考えに気付くはずもなく、さっきより少し明るめの声で、僕の言葉に食らいついてくれた。

「まぁ…その、晶の口から何度か聞いたことがあるので…。」
と答えると、小さな声で「やっぱり…」と呟き、また僕に質問してくれた。
「えっと…もし口止めされてたら言わなくて良いんだけど…その、知り合いなのかな?」


正直に言おう、晶からは口止めされてる。
『澁澤環を完全に否定するような奴には言うな』って。

ちょっとよく分かんないけど…龍馬さんは信用していいと思うから…大丈夫だろ。
ていうか、晶にはあいつの事を庇う理由なんて無いはずなのに…。

考えをまとめてから、足を止めて僕をじっと見つめる龍馬さんに晶から聞いた言葉を伝えることにした。




「知り合い…というか…澁澤は、晶が人間不信になった原因の男です。」





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