47 / 60
二部
最初で最後のデート(Nem’oubliez pas)
しおりを挟む花屋が隠れ家に閉じ籠り、1週間が経過した。
白い男に襲われた花屋はトラウマに苦しんだ。
「目を閉じると白い男が見えるんだ。目を閉じると、彼が自分へ刃を突き立てるのが見えてしまうんだ。」
と、毎晩喉が枯れるまで泣いていた。
隠れ家一同は顔を見合わせた。
食事も喉を通らず、腕の治療さえ受けず、隠れ家の倉庫の中に閉じ籠る花屋。
大きい背を曲げ、綺麗な空色の髪をホコリまみれにしても気にせず籠っている花屋。
隠れ家一同は、そんな姿を見ていられなかった。
向日葵は「花屋のこんな姿見たくない」と同じように泣いていた。
心を読める傷は、花屋と同じようにショックを受け、隠れ家へしばらく来なくなってしまっていた。
そんな時、花屋を救うために立ち上がった存在がいた。
「花屋、デートしない?二人きりで!」
アリスだった。
花屋が自らに想いを寄せていると最近知ったアリスが、花屋の想いを利用し、外へ連れ出すことにしたのだ。
「ふぇ?」
目を見開く花屋。
花屋は一時間ほど固まってから「待っててください!!」と倉庫を飛び出し、ほんの30分程度で身だしなみを完璧に整え「行きましょう!」とアリスの腕を引いた。
アリスと花屋が二人で向かった先は手芸用品店だった。
「自分みたいな背のでかい奴がいると目立つのでは」と不安に思う花屋。
アリスは言う。
「私みたいな派手な見た目の奴がいる方が目立つ」と。
その言葉を聞いた花屋は1週間ぶりに笑い、目立つ二人で仲良く手芸用品店に入った。
針を怖がるアリスの手を握ってあげる花屋。
震える手と滲む汗に気付いたアリスは、花屋をかわいいと思った。
「こうしてたらなんかカップルみたいだね」
真意が分からないアリスの言葉に、困惑しながらも照れて俯く花屋。
それを肯定と受け取ったアリスは花屋の腕に自らの腕を絡めた。
困惑しながらも離れたくないと思った花屋は、勇気を出し、腕を離させてから…大きい背を曲げ、アリスの腕に自らの腕を絡めた。
アリスは腕を伸ばし、花屋のふわふわの髪を撫でた。
「花屋がいるから針が怖くないよ」
「よかった」
二人は少しの間見つめ合い、一斉に目を反らしてからけらけらと笑った。
「どうして手芸屋さんに来たんですか?」
針や糸をかごに積めるアリスへそう尋ねる花屋。
アリスは数回頷いてから「ボタンが外れたから直したくて」と、自分の着ている服を指差した。
アリスの言う通り、アリスが今着ている派手なシャツの胸元のボタンが取れていた。
「この際ボタン全部変えてド派手にリメイクしようかなと思って」
「へえ」
「ちょうど荷物持ちが欲しかったんだ」
「私腕怪我してるんですけど」
「いいじゃん」
「よくありませんよ」
「腕平気?」
「痛いです、シャンプーが沁みました」
「だろうね」
「……?」
花屋は困惑しながらアリスから目を反らす。
「こんだけ胸元開いてるとセクシーだよね」
察し、花屋をからかうアリス。
それを聞いた花屋は、耳までをアリスの口紅と同じ色に染め、アリスの背を軽く数回叩いた。
「私の上着着てください、前留めて」
店から出てから、着ていた薄手のコートをアリスに押し付ける花屋。
アリスは花屋の厚意に甘えることにした。
上着を着て、前をしっかり留め、ぶかぶかの袖を見て少しだけ照れるアリス。
「私ちいちゃいね」
「身長いくつですか?」
「172」
「私が大きいだけですよ、190ですし」
「花屋は大きくてかわいいね」
「……」
「照れたの」
「……はい」
買い物を終えた二人は近くのカフェへ訪れた。
花屋はこのカフェで久しぶりにごはんを食べることにした。
それを知ったアリスは微笑み「私が奢るよ」と言いながら頬杖をつき、花屋を見つめた。
「じゃあ、カルボナーラとマルゲリータと」
「……カルボナーラ」
「飲み物はカフェラテ…あと…サラダセットってカルボナーラにつけられますか?じゃあ…サラダと」
「サラダ」
「このセットについてるヨーグルトってどれくらいの大きさですか?…小さいな」
「じゃあヨーグルト二つにしよう」
「ヨーグルト二つ!?あ、ありがとうございます…」
「花屋、フレンチトーストあるよ」
「あ…じゃあそれもお願いします」
「スープは要らない?」
「じゃあスープもお願いします」
「了解、コーンスープもお願いします、クルトン抜きで」
「!」
これ以外にも3品ほど頼んだ花屋。
しばらく二人で話していると、次々と料理が届き、アリスは花屋が食べている姿をじっと見つめた。
「…がめついですか?」
「んーん、もっと食べても良いくらい」
それはアリスの本心だった。
花屋はそれをしっかり受け取り、食べ終わったらパフェも食べるつもりだと答えた。
それを聞き、微笑みながら頷くアリス。
「私も食べたいな…よし!頼も!すいません」
「なに食べるんですか?」
「はい、えっと…さっき頼んだのと全く同じのお願いします」
「…入る?」
「入る入る」
「……細いのに、羨ましい」
「めちゃくちゃ食べれるけど、いつも我慢してるから細いんだよ」
「わ、見習わなきゃ…!」
大量のごはんを食べ終わった二人は、デザートにパフェを食べながらゆったりとした時間を過ごした。
「あんなに食べてお腹膨らまないんですか?」
「膨らむよ、へこましてる」
「わ、すごい」
「いっぱい食べてもお腹膨らまない人いるでしょ」
「いますね」
「みんなへこましてる」
「あらま」
「みんな必死にお腹に力入れてるんだよ」
「深淵へ足を踏み入れてしまった……」
……。
アリスの胸元が目に入った花屋。
「…私、そのボタン直しましょうか」
そう言うと、アリスは頷いてからお礼を言った。
「ありがと、実は誰に頼もうか悩んでて」
「自分でやる気は?」
「一ミリはある」
「一ミリ」
花屋はアリスと話すのが楽しくて仕方なかった。
アリスもそう思ったのか、花屋へ、今まで誰にも打ち明けたことがなかった悩み事を打ち明けた。
「胸で思い出したんだけど……私さ、男になりたいって思った日があって」
花屋はパフェを食べる手を止めた。
「実は私、昔…音楽をやってて、その時「女だから」って理由で差別されたことがあったんだ」
「それは…酷いな」
「無駄に胸元とか露出させられたり、無駄にファンと密着した写真撮らされたりして、それを…嬉々としてやれと…事務所の人に言われたりして」
「……はい」
「男性アーティストもそういう扱いを受けるんだろうけど…でも、私が男性だったら…解散ライブくらいはあったのかなとか、妙な事思っちゃって…現に、同じくらいの人気度のアーティストは解散ライブどころか一回復活ライブもやってて…」
「うん」
「…昔は今よりも細くて、色気がないって言われ続けてて…色気がないと、音楽すら、聴いて貰えなくて」
「…最低だな」
「でも、男だったら?私が男だったら、みんな…私のルックスじゃなくて、音楽を見てくれるのかなって…思っちゃって…」
……沈黙。
花屋はしばらく黙ってから、口を開いた。
「…そんな貴方に隠れ家があってよかったです」
「本当に…帝王には頭が上がらないよ」
そう言ってから二人は微笑みあった。
「もう音楽はやらないんですか?」
「…やりたいんだけど…やりたいんだけどさ」
「怖いんですか」
「…音楽メインでやった時に…女だって、バレたらって思うと、怖い…」
花屋は、アリスの髪を撫でた。
「……私は、今日、貴方が女であろうが男であろうが…貴方の行動に救われましたよ」
アリスは顔を上げ、花屋の手へ頬を擦り付けた。
花屋はしばらくアリスを撫でてから、ふと、パフェへ視線をやった。
視界に入るさくらんぼ。
「…アリスさん…さくらんぼの花言葉、知ってますか?」
首を横に振るアリス。
「善良な教育、小さな恋人、上品、幼い心……そして」
「?」
「貴方に、真実の心を捧げる」
「……」
「アリスさんは音楽に対して、こういう想いを抱いてるんじゃないですか?」
「……そうかも」
「だから…次のデートではカラオケ行きましょう」
「……うん、行けたら、いいな…」
数ヵ月後にアリスが殺されると知っておきながら、花屋は。
私は。
少しの間で構わない。
ただ、今だけはこうさせて欲しいと願った。
自分勝手に。
アリスさんの想いなんて知ろうともせずに。
ただ、ただ、自分勝手に。
アリスさんの想いなんて、知ろうともせずに。
「十八番はなんですか?」
「10年前くらいに流行ったバラード、私にバラード歌わせたら右に出るものはいないよ!」
「あは、じゃあ楽しみにしてますね!!」
今日のこれが、私たち二人の最後のデートになった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
致死量の愛と泡沫に+
藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。
世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。
記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。
泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。
※致死量シリーズ
【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。
表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
冥府への案内人
伊駒辰葉
BL
!注意!
タグはBLになってますが、百合もフツーも入り交じってます。
地雷だという方は危険回避してください。
ガッツリなシーンがあります。
主人公と取り巻く人々の物語です。
群像劇というほどではないですが、登場人物は多めです。
20世紀末くらいの時代設定です。
ファンタジー要素があります。
ギャグは作中にちょっと笑えるやり取りがあるくらいです。
全体的にシリアスです。
色々とガッツリなのでR-15指定にしました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる