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一部

隠れ家

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狭い路地裏に、男一人と人間一人の荒い息遣いが響いた。

今にも泣いてしまいそうな表情で人間の手を引く男。
やっとの思いでついていく人間。

決死の思いで走り続け、二人が到着したのは所謂隠れ家と呼ばれる場所だった。
必死で隠れ家の扉を閉じ、家具や持ち物全てで入り口の扉を塞ぐ男。
その頃人間は、疲れ果て、座り込みながら嗚咽していた。

「大丈夫か」と訪ねる男に「うん」とだけ答え、大きく息を吐いてからごろりとその場に寝転がる人間。

男もその隣に横になり、人間の腕にぐっと自らの頭を押し付けた。

「疲れた?」と問いかける人間に「うん」と可愛らしく答える男。

しばらくそうしてから、二人はゆっくりと身体を起こし、何故逃げていたのかを小さな声で話し始めた。

「あんなことをして自分が無事でいられるとは思えない」
「分かってる」
「逃がしたお前が殺されるかもしれない」
「分かってる」
「じゃあなんで」
「分かってるくせに」

男の考える事は分からない。
いや、分かっている。
ただ分からないと思いたいだけだ。

人間はぐっと目を閉じ、男の肩に寄りかかった。

「きっとろくな死に方は出来ない」
「……」
「でも、お前が側にいてくれるならそれでいい」

人間はそう呟き、そのまま深い眠りについた。

男には、今眠っている人間の体温が下がらないように、人間がこのまま居なくならないように、朝まで必死に祈ることしかできなかった。



ふと身体を起こすと、そこには男の姿が無かった。
男の姿どころか扉を塞いでいたはずの家具も、持ち物も何もなかった。

まさか殺されたんじゃ……それともあれは全て夢だったのか…
そんなことが頭を過ったその時、能天気な声が聞こえてきた。

「もう大丈夫、知り合いがパトロールしてくれてる」
「馬鹿!」

人間は気付いたらこう叫んでいた。

男は、一度大きく目を見開いてから、人間を強く強く抱き締め「俺は消えたりしないよ」と呟いた。
呟いてくれた。

その言葉が人間の身体に染み込み、人間は久方ぶりに心の底から微笑むことができた。

それから二人は隠れ家に籠り、お互いの事を語り合った。
彼について知らなかったこと、人間についての疑問を全て解消し合い、久しぶりに…人間は生きたいと思えた。
思えたんだ。



一日。
丁度一日が経った。

男が外に出て帰ってきた時、人間は心の底から安堵し、同時に自分の中に愛が芽生えるのを感じた。

「おかえり」
そう言おうとした時、男の顔色が変わった。
男の顔色はぐっと暗くなり、焦りの籠った声で「うしろ」と呟いた。

人間は後ろを向いた。
しかしそこにはベージュの壁しかなく、人間は困惑し男に「何があった」と問いかけようと口を開いた次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。
電気のような、熱のような。
それが刃物によるものだと気付いた時にはもう遅く、その男のような、女のような人間は、地面に倒れ自らの人生を悔いていた。

あぁ。
もっとこうやって生きていれば。と。

もっと、普通に生きていれば、と。

暗くなる視界が最期に捉えたのは、包丁を握り、自分を見下ろしている男の姿だった。
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