カルバート

角田智史

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 真理恵にくびったけ 12

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 「さとしくーん。」
  
 そう言われた方を見ると、真理恵だった。休みの日にたまたまコンビニで、子供と母親といる真理恵と会ったのだった。真理恵と昼間会ったのは初めてで、僕は驚いた。
 「おおー。」
 と言って僕は手を振った。真理恵も手を振って、子供を連れてコンビニへ入っていった。
 元々、僕はそのコンビニの近くの有名なたい焼きを買おうと思っていた。たまたまの土曜出社で、そして会社では社内教育が行われていて、みんなの分、ある程度の個数を買おうと思っていた。
 大量に買った僕は、また元のコンビニに戻ったのだが、真理恵の車がまだあったので、そのたい焼きの一つをあげたのだった。車の中には母親と、小さな子供が2人、そして生まれたばかりの赤ちゃんが乗っていた。
 そこで別れた後、真理恵からLINEがきた。
 〔これをインスタにあげようと思います。笑〕
 「さとしくんありがとう、こどものおやつになりました。」
 子供とたい焼きの写真にその文字が入ったものだった。
 それをインスタにあげる事で、女の子を妬かせる、におわせだった。

  MKの他の女の子に、僕は変な誘われ方をしていたのだった。
 もちろん彼女も同伴処女を奪った相手だった。彼女は可愛くないわけではない。ただ、僕には、そんな対象に見れない、そんな女の子だった。何度目かの同伴で、こう言われたのだった。

 「私の友達にもセフレがいる人はいっぱいいるし…、全然さとし君とかいいと思うし…、でも私はお店の人間やからさ…、私からは誘えないじゃん。私からは誘えないじゃん。」

 彼女に彼氏がいるのは本人から聞いていた。
 何より、馬の骨ナンバーワン、セフレ候補ナンバーワン、そんなような言い方をされて、僕は酔っていた事もあったが、嬉しく感じるわけでも、鼻息が荒くなるわけでもなく、何も言えなかった。
 「好き」とか言われるならまだ、分かるし、対応を考えなけれならないが、ではなく、これ以上ない程の微妙な誘われ方をして、僕はその話題から逃げる以外になかった。

 それから、これは誘わないと失礼なんじゃなかろうかと疑心暗鬼にも陥ったが、まだ、彼氏がいる、そんな状況だけでは、面白いか面白くないか、そんな事を考えている僕のハートは動くはずもなく、逆に、これをどう捌けば面白くなるだろうか、そんな事を考えていた。

 その女の子の事を、真理恵へ話したのだった。
 真理恵とは元々そういった部分では、馬が合う。僕と同じ感覚で、一緒に楽しもうとしてきた。どうすれば面白いか、彼女をたまに妬かせる、たまに水やりで優しくする、表面上では何も起こらないのに、それを共有して、そんな所で僕らは楽しみを見出していた。

 ただ、それを今回の同伴まで真理恵がインスタにあげる事はなかった。
 焼き鳥屋で2人向かい合っての小さな座敷。
 「あのインスタあげんやん?」
 その事を僕が聞くと、
 「いや~、あげようとは思ったんですけど~。…ね、ほら、さきちゃんも多分、さとしくんの事が…。」
 いつもの仕草の右手を外して、僕の方を手で示した。
 「…まあね。」
 苦笑いして僕は言った。少し気を付けてさきを見れば、すぐに分かるのである。下手に隠す方が怪しくなるのは目に見えていた。これもまた、木の葉の中に隠す為、僕はそこだけを肯定した。関係を持っている事だけは、隠し通すつもりだったが、そういった疑いの目は向けられていないようだった。
 「だから~、あげようとは思ったんですけど~、さきちゃんもいるから…。ね~。」
 真理恵はいつもの仕草で、楽しそうに言った。
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