カルバート

角田智史

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 さき

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 一瞬の輝きを放つ流れ星よりは、ずっと足元を照らす月明りでいたかった。
 恋するよりは愛したかった。

 すぐに終わる、そう分かっていても僕は彼女を愛したかった。
 いや、「愛する」と宣言した以上、僕は愛さないといけなかった。

 薄暗い明りと酒の匂い。
 その中で出会った彼女はひと際輝いていた。
 透き通るような病的な白い肌と、所々見える丁度いい位置にあるほくろと、猫のような目と、奪いたくなるような分厚い唇と。
 話せば、大げさなリアクションと、顔を動かすと揺れるショートカットの髪と、全てを吹き飛ばしてくれるような笑顔と、低くて少しかすれた声と、ぶっきらぼうな物言いと。
 何より、僕にしか見せない素の自分を。 

 「かわいいやん。」 
 いつものように僕は言い放った。それはお世辞ではなかった。
 さきがMKに入ったのは1月下旬か2月初旬だった。
 まだ19歳。スナックに勤めるのは初めてだった。

 「かわいい!!」
 「はい?」
 僕は笑って聞き返した。
 何度か言葉を交わす内に、僕の方がそう言われた事があった。まさかの38のおっさんが19の子に言われるとは思ってもみなかった。
 そこで揺れたわけではないけれども、19でそう思えるそのさきの感覚にも興味を持ったのだった。
 僕はさきからも好意を寄せられている事は感じていた。分かりやすい性格で、どうやっても見えてきてしまうのだった。

 さきと出会って3日目、古賀さんが先にMKに来ていて、僕が隣に座るとカウンター越しに立っているさきに向かって言った。
 「さとしに何か言いたい事があるっちゃろ?呼びたいっちゃないと?」
 そう古賀さんが言うと、さきはもどかしそうに、いつも癖のようにやっている、両手の人差し指の指先をツンツンさせながら、
 「恥ずかしい…。」
 そう言った。
 「告白するみたいやん!」
 そう古賀さんが噴き出しながら言ってきたので、
 「ん?…なに?」
 「え?何?」
 と何度か聞くと、
 「さとしくん…」
 と言った。僕は
 「いや、全然呼んでいいけど。」
 そう僕は言った。
 完全にもう、さきが僕に寄っている事は明らかだった。

 嫁子供の存在ももちろん伝えていた。初めてスナックで働くさきは「それってみんなには言ってないんでしょ?」と疑って言ってきたのだが、むしろ僕は隠す事は考えた事はなく、誰にでも優先的に伝えていた。そもそも手籠めに取ろうとしてるわけではなく、その方が話題の幅が広がるのだ。
 そして、その辺りの事情が分かっている女性でないと、こちらも怖くてとても手が出せない。下手にハマる、ハマられる事だけは、避けたい事だった。

 さきに対する古賀さんの様子も見て、明らかにこれは狙ってるな、という事を僕は感じていた。
 古賀さんもまた、大先輩ではあるものの、僕からすればその、変態的な僕の楽しみの一部だった。 
 どう転ばせば面白いか、どう種をまけばどう動くのか、少しはみ出したような人間を見ると、ついついニヤついてしまうのだ。

 「LINE交換しよーや!」
 古賀さんを横目に、僕はさきに強めに、雑に、そう言った。
 「えー…、なんか怖い…」
 そう言いながらも、さきは僕とLINE交換した。
 「古賀さんもよ!古賀さんも!」
 僕はまた強めに雑に言った。古賀さんは少しうつむきながら、
 「えー俺も?いや俺はいいて。」
 そう言いながらも交換していた。言葉とは裏腹に嬉しそうな古賀さんを見て、内心僕はほくそ笑んでいた。
 「毎朝LINEするわ!」
 僕はさきに雑にそう言って店を後にした。

 古賀さんにまいた種が、今後どう成長していくのか、僕は1人ニヤニヤしていた。
 そして、さきにはもちろん、毎朝LINEはしなかった。
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