カルバート

角田智史

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 MK 7

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 まきのその問い詰め方に関しては、正造が予想していた範囲だったろうと思う。ただ、そんなにきつく言われる事は、予想していないようだった。それもまた、考えが浅すぎた。
 それに対して、僕はまた、違う切り口だった。
 記憶があるない、それは一向に関係なかったのだ。
 何故なら、彼の記憶の蓋を開ける事は、彼自身がタブーとしている事を感じていたからだった。万が一、それを追求されたとしても、彼の中では、決して、認められる事でない事を僕は、承知していた。

 「これからどうするのか?」
 あの「さくら」で問い正した時と同じで、むしろそれさえ彼の中でハッキリさせられるのであれば、知らない仲ではない。まだ、応援する、そんなスタンスでの話だった。
 僕は彼が延岡で勤務する前、一度延岡で飲んでいた。古賀さんは向こうの会社で何度か会った事がある。課長は、他の営業所で一緒に働いていた。その辺りの社内の人間関係については、こちらが聞いたわけでもないのに、延岡で勤務する前の事を拾い上げては、正造はわざとらしくアピールしていった。
 残念ながら、僕にとってはそれはどうでもいいものだった。
 「さとしにも迷惑かけてるとよ。」
 そう言ったまきに対して、正造は持ち前の早口で言いだした。
 「いやっ、僕もどうしていいか分からないんすよ!記憶が戻ってきたり、曖昧な部分もあるんですよ。だから、角田さん、角田さんですよね?迷惑かけたかも知れないなー、ていうのは自分の中であるんですよ!」

 一蹴。

 「じゃあなんで聞いてこんねん。」

 彼は黙りこくった。
 
 僕の中では、その2点しかなかった。腹立たしいのは、これからどうするのかが見えてこない事、そして何が起こったのか、聞いてこない事。
 彼にとってそれは予想外の質問だったようだった。彼のない頭の中で、必死に作り上げていたのは、「記憶がない」それに対する矛盾を問い詰められた際の、それぞれについての言い訳だった。ただそれは僕の前では一向に役に立たなかった。
 前述の「記憶が戻ったり、曖昧な部分がある」と言われば、もう、それは全て、何もかもが、まかり通ってしまう。そして、彼の欲してやまない、「かわいそうな自分」「悲劇のヒーロー」がここにいる、そんな言い回しだった。

 最終的に、彼は、どこに向いてでもなく、誰に対してでもなく、
 「すみませんでした。」
 そう言って、頭を下げた。
 店も閉店時間だった。お会計の際に、2人、クレジットカードをまきに差し出した。それは以前から、変わらない光景だった。腹立たしさや、呆れの中に、懐かしさがこみ上げてきた。
 僕が差し出した右手に持ったカード、その横に並んで正造のカードが見えた時、僕は痛烈に感じたのだった。

 あ、こいつ記憶あるわ。

 座っていた真理恵に
 「真理恵、行くぞ!」
 と言って、僕らはMKを後にして、もう一度、例のスナックに戻った。そして正造からLINEが届いたのだった。
 〔角田さん、すみませんでした。〕と。
 もう、何もいらなかった。
 「え?これどうするよ」
 とママの息子に聞くと、
 「削除すればいいんじゃないですか?」
 と言われたので、妙案だと思い、そのLINEを削除したのだった。


 
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