カルバート

角田智史

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 正造 5

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 彼が記憶を無くしてから、僕と支社長の仕事はもう一つ増えた。
 それは、彼が営業をかけていたところに対するフォローだった。
 見込み先として挙がっていた物件を継続折衝していく狙いと、もう一つ、彼がお客さんの前で下手な事をしていないかのチェックでもあった。
 どんな言い回しがいいかと支社長と少し話したが「病気になってしまって、しばらく勤務できない」という言い回しを選んだ。我々からすると、それはケツ拭き以外の何物でもない作業だった。
 予想に反する事はなく、有望な見込み候補はどこにもなかった。その中で、お客さんからボロボロと、支社長への報告と相違ある事実が出てきたのだった。
 見積を提出した、という報告を受けていたお客さんから「提出されていない」だとか「そんな奴は来ていない」とか、そういったものだった。
 また、彼の机の中からは「提出した」と報告した見積がそのまま提出されずに残っていたり、社内的に見つかったらまずいものが次々と出てきていた。その一つ、一つも、もう経緯は確認する事はできないのだった。
 また、机の中の乱雑さと言ったら無かった。一度だけ彼のバッグの中を見た事があるが、それもまたひどかった。僕も自慢できる程のきれい好きではないが、彼のそれは、人となりを疑うレベルのものだった。

 彼の異動が決まってすぐに、タイミング悪く、会社の50周年の式典を控えていた。
 一旦、こちらでの出欠は取っており、基本参加すべきなイベントであったが、彼は所属が変わったので、再度出欠を取る事となった。その彼の返事は「出席」だった。
 そういったイベントの際には、席はランダムに決められてしまう。一緒の席になる可能性も考えられた事と、まさかのこの状況での出席を選んだ彼に、僕はまた心中穏やかでなかった。

 そのイベントで幸い、席は遠く離れていたものの、まずは、見たくもないビンゴゲームでひな壇に上る彼の姿を見た。
 更には、喫煙所で、僕は見てしまった。
 元上司と以前と変わらない絡みを見せる彼を。
 「なんかお前!ほんとに記憶を無くしたっか!?」
 と頭を叩こうとしてくる上司と、
 「やめてくださいよ~!」
 と笑いながら煙草を吹かす彼。
 僕はそれをそれ以上とても見てられず、すぐに喫煙所を離れたのだった。管理の子と
 「ありえんくね?」
 「普通に笑ってましたよね…。」
 という会話をしながら僕は席に戻った。

 1年半、それは彼が延岡に来てからだった。それ以前は他の地域で営業をしていた。つまり、以前の地域での営業としての活動、そして上司、同僚との事は覚えている、という事になる。
 こちらへ異動したその時、円形脱毛症が出来ていた事は聞いていた。正造はハッキリとした事は言わなかったが、おそらくその上司に要因がある事は誰しもが感じていた。こちらにきて、その上司は苦手だ、といよいよ吐露してきていたが、記憶を無くした後の支社長の聞き取りでは「あの人はほんとにすごいっす!」という言葉を発していたらしい。
 彼は営業になって半年程で、こちらに来ていた。その営業になったばかりの頃に、やはり他に類を見ない契約を取ってきていた。それは一切、値引きしない契約だった。社内でそれは相当珍しいもので、当時周りからチヤホヤされた。その、ほぼそこまでの記憶、営業として立ち上がり、いきなりそんな契約を取って、うなぎ上り、そんなところで彼の記憶は止まっているようだった。
 
 円形脱毛症となって、異動。
 今度は、記憶を失くして異動。

 大局を見れば、そんな彼の経歴となった。
 
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