カルバート

角田智史

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 福岡事変

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 朝、明るくなった軽自動車の助手席で、僕は耳を疑った。
 「マジですか?」
 二日酔いで頭は回っていなかった中で、その言葉は衝撃的だった。数々の疑問符が頭の中に怒涛のような流れ込んできた。なんでもかんでもしずかの事に対してはすぐにでも周りに打ち明ける山之内だからこそ、今回のそれは少し、いつもと違うように感じた。
 「絶対に誰にも言ったらいかんかいね。」
 山之内はそう言った。
 「まあ、言いませんけど…。」
 特に言うべき人も見当たらなかったし、誰かに言ったところでこちらには何のメリットも無かった。
 今日の僕のその打ち明け話は、想像以上に彼を喜ばせたようだった。終始上機嫌で朝方の駐車場で別れた。

 確かに、真理恵に言わないで欲しいと言った事はきっと、触れられる事はないだろう。 

 ただ、僕が音信不通の真理恵と飲んだ事。

 それを打ち明ける代償として、とんでもない爆弾を落とされてしまったのだった。

 山之内としずかが2人で福岡に行く、そんな事がありえるだろうか。ただ、この山之内のいつもを違う打ち明け方は信憑性があった。僕は半信半疑ではあったが、おそらく本当の話だろうと思った。
 
 すぐにしずかに確認を取ってもよかったが、僕はそれをしなかった。まだ探り探り、そんな状態で、下手をしたら今までのお礼で、という感覚で山之内を誘ったのかもしれない、そんな推測もあった。そしてもしそうであったならしずかは誰にも知られたくはないだろうというのは容易に想像がついた。

 それから、いつもにまして山之内は喫煙所へこもる事が多くなっていた。

 喫煙所で山之内と一緒になったある時、山之内は深いため息をついた。
 「はあ~~~…。」
 それはヤンキー座りをしながら、いつものただ聞いて欲しいだけのため息とは違うものだった。
 「どしたんすか?」
 僕が聞くと、
 「飛行機の席、別々らしい。」
 「ホテルの部屋も別々らしい。」
 やっぱりそうか、と僕は思った。しずかが考えつきそうな事だ。

 「しかもご飯も別々らしい…。」

 「え?一緒に飲みに行くんじゃないんですか?」
 これは少し僕の中でも想定外だった。
 「福岡の友達と飲みに行くらしい。」
 「そーなんすか…。」
 山之内はもう一度深いため息をついて、しょんぼりと肩を落としながら喫煙所を出ていった。外から見て明らかに分かる程にショックを受けていた。いつものクズらしさはかけら程も感じなかった。

 ただの財布、いやそれ以上の何か。
 単に福岡への飛行機代、そして宿泊費、そしてご飯代、それらを山之内は負担するだけで、彼にとって福岡へ行くメリットは何もない。一緒に話したりだとか、どこかへ行ったりだとか、デートのような感覚はその福岡旅行期間中、何もない。しずかと一緒に福岡へ行ったという事実だけは残るのかもしれないが、山之内が期待しているような事は何も起こらない。
 さすがにそれはあんまりだなあ、と僕はしずかに対して静かに憤りを覚えた。
 クズ、とは言え僕の先輩であり、上司であった。一応は一人の人間である。人の気持ちを無下にされる事はもちろん、これによりいつもに増して山之内は仕事が手につかなくなり、僕にも、会社の業務にも支障をきたす可能性がある事もまた、しずかに憤慨する理由だった。
 
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