カルバート

角田智史

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 嘘 4

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 あれだけママレードに対する愚痴を言った後でも、キープした焼酎に
 「ママレードって書いて下さい!」
 と真理恵は僕に言ってきて、実際にそれを書けば、ニンマリとご満悦な表情を浮かべ、ママレードという店自体、彼女にとっては特別な存在なんだろうというのは、感じられた。
 「そういえば私、苗字変わったんですよ~。」
 突如として真理恵が放った言葉に、僕は一瞬、驚きとショックを隠しきれ無かったが、その様子を見て、
 「違います!違います!親の都合で!」
 と、真理恵がフォローしたつもりの事が、またも簡単に深掘りできないような事で、すぐ側にいるのに、僕は結局、尚の事彼女の存在を遠くに感じていた。

 ずっとゲームをして盛り上がっていた。
 何かトランプを使ったものだった。
 真理恵はずっと負け続けていたが、「私、負けず嫌いなんで。」と何度も何度も繰り返し、飲んでいい気分になっていった。
 気が付くともう朝5時にもなろうとしていた。
 真理恵はいい感じに酒が回って、いい加減しんどそうにしているオーナーと僕に気がつかずにゲームを続けようとしていたが、もういい加減に、と僕もオーナーもたしなめると、ようやく帰る気になったようだった。
 ビルを出て
 「帰りどうするんですか?」
 と聞かれたので
 「いや、さすがにもう、車で寝て帰るよ。」
 と答えた。
 「タクシー乗りや。」
 と僕が言っても、
 「私、タクシーダメなんですよー。」
 と一向に聞く耳を持たなかった。駅までの約1キロ、またも2人は歩いていった。酔ってはいたが、それでも、ずっと、僕は真理恵を愛しく感じていた。

 既に少し明るくなり始めていた延岡駅。
 その前で僕は言った。
 「ちょっといい?」
 僕はきつく真理恵を抱きしめた。

 実は先程、歩きながら言われたのだったが、僕は真理恵に〔大好きです〕というLINEを送っていたのだった。
 それはもう、二度と会う事がないだろう、というものと、どうせ既読はつかないだろうという推測の元に送られたものだった。歩きながらそれを言われては「いやいや、もう会えんと思ってたからね」と言い訳をするのが精一杯だった。

 ハグしたからといって真理恵は特段の反応は見せなかった。
 僕はもう一度真理恵を抱きしめて、別れを告げた。

 誰にも言わないで、と言われたのはオーナーであるゆずきの事だった。それは給料の未払いだとか、そういった類のものだった。ただ、真理恵と2人で飲んだ事自体、誰にも言う気にはならなかった。山之内と話すまでは。
 特に理由があったわけではなかった。
 あるとすれば、真理恵が誰にも言わないで欲しい、と言ったこの事を木の葉の中に隠し通す事ぐらいだろうか。
 飲んで山之内の家に泊まって、朝方、駐車場へ送ってもらっている途中、二日酔いの重たい空気感の中で、カスカスの低い声で、僕は切り出した。
 「実はこないだ、真理恵と飲んだんすよ。」
 これは、ある程度、山之内をこちらに寄せる為の手段でもあった。誰にも言えない、言わないその事を山之内に打ち明ける事で、もろもろの事が一層優位に働く事は分かりきっていた。そして、本当に隠したいものを隠すには、これ以上ない一手だった。
 「そうなん?」
 山之内は驚きを隠してそういった。そういうところがあった。俺は全て分かっている、それを知らしめる、その事が彼の中で重要であって、驚きは簡単に人には見せられない。

 そしてそれから、思いも拠らない言葉が返ってきたのだった。

 「さとし君が打ち明けてくれたから言うけど、実は今度、しずちゃんと福岡に行くんだよね。」 

 
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