カルバート

角田智史

文字の大きさ
上 下
18 / 81

 ナチュール 2

しおりを挟む
 僕は緊張していた。

 いつもMKで会っているとは言え、これは仕事であった。話を聞いてくれるというだけであって、決して契約に至るわけではない。更には2人に気づかれないように10時にサロンに行かなければならない。
 しょっちゅうではないが、僕ももちろん支社長の支配下にあり、「どこ行くと?」といつ声を掛けられるか分からない状況にあった。
 朝、それぞれの課の人間が混じり合いながら会話をしていたその時、
 「行ってきます。」
 と上手く切り抜けて会社を出る事ができた。
 近くのコンビニに車を停めてサロンへ歩いた。

 「おはよー。」
 と言って僕はドアを開けた。ドアを開けると階段のみが見える。そこを上っていくと左手にもう一枚ドアがあり、そこを開けると店舗となるので、一階からの呼びかけには気が付かないだろう。
 2階のドアを開けて、僕はもう一度言った。
 「おはよー。」
 夜の姿とはまた違う、まきがいる。紺の制服を身にまとっている。それはそれで悪くない。
 「おはよ。」
 まきは言った。もちろん僕がどういう話をしに来たかは分かっていて、だからこそ少し気まずくもあった。

 人がいい。

 頼み込めば、受諾してくれる。
 そんなの人の良さが、まきにはある。

 これとは別に、僕はガン保険の契約も貰っていた。まきは体に良いと言われる乳酸菌のネットワークビジネスにも携わっていた。
 「ガンにならんもん。」
 という一言目で分かる通り、健康になる為の、予防の為の、という商売をしている。更には他社の医療保険に入っている事もあり、僕が扱うガン保険に加入するメリットは更々なかった。
 だからこそ、僕は欲しかった。
 営業冥利に尽きるのだ。

 「付き合いで入って。」
 という言葉を皮切りに、時間を作って欲しいと頼みこんだ。最終的には同伴という形でご飯を食べに行ったのだった。そして、そこでも僕は自分からその話題に触れなかった。
 「めっちゃ言ってくるやん、どうしたと?」
 とまきが言った時から、初めて言葉を発する。
 それでも僕は、やはり積極的には話していかない。
 人はものを買う時、理由を求める。
 自分自身にだ。
 相手の立場に立って理由付けができれば、自然とものは売れていく。
 ただ、今回に関しては理由付けがあまりにも薄く、厳しいながらも「僕に免じてお願い」という形しか取れなかった。
 「ノルマみたいなものがあるのは確かだし、もしまきがお客さんになってくれたら、俺だけじゃなくて支社長とかも連れてこれるし…。それに、今はこそこそLINEするくらいしか連絡取れないけど、お客さんになれば「お客さんに呼ばれた」って言って堂々と飲みにでれるやん。」
 といったなんだか言い訳めいた事をつらつらと並べた。
 それから会社の事情だとか、個人実績の仕組みなんかを少し説明してそんなに時間をかける事なく、まきは

 「いいよっ。」

 と言ってくれたのだった。
 誰にでもこんなにはいかないというのは言葉にせずとも分かっていたし、実はこちらも誰にでも声を掛けられるわけでもない。信用はもちろん、月々2千円程度の商品だとしても、家族構成や周辺の情報、大体の相手のお財布事情まで加味して考えなければならない。
 そう、お客さんはこちらが選ぶのだ。

 受け入れてくれると男は喜ぶ。
 まきにはそういった魅力もあった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

読まれるウェブ小説を書くためのヒント

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
エッセイ・ノンフィクション
自身の経験を踏まえつつ、読まれるための工夫について綴るエッセイです。 アルファポリスで活動する際のヒントになれば幸いです。 過去にカクヨムで投稿したエッセイを加筆修正してお送りします。 作者はHOTランキング1位、ファンタジーカップで暫定1位を経験しています。 作品URL→https://www.alphapolis.co.jp/novel/503630148/484745251

依存性薬物乱用人生転落砂風奇譚~二次元を胸に抱きながら幽体離脱に励む男が薬物に手を出し依存に陥り断薬を決意するに至るまで~

砂風
エッセイ・ノンフィクション
 未だに咳止め薬を手放せない、薬物依存症人間である私ーー砂風(すなかぜ)は、いったいどのような理由で薬物乱用を始めるに至ったのか、どういう経緯でイリーガルドラッグに足を踏み入れたのか、そして、なにがあって断薬を決意し、病院に通うと決めたのか。  その流れを小説のように綴った体験談である。  とはいえ、エッセイの側面も強く、少々癖の強いものとなっているため読みにくいかもしれない。どうか許してほしい。  少しでも多くの方に薬物の真の怖さが伝わるよう祈っている。 ※事前知識として、あるていど単語の説明をする章を挟みます。また、書いた期間が空いているため、小説内表記や自称がぶれています。ご容赦いただけると助かります(例/ルナ→瑠奈、僕→私など)。

とある少年の入院記録

Cazh
エッセイ・ノンフィクション
高校二年の秋——うつ病の僕は入院することとなった。 この日記は、僕の高校生活の中にある空白の三週間を埋めるピースである。 アイコン画像提供 http://www.flickr.com/photos/armyengineersnorfolk/4703000338/ by norfolkdistrict (modified by あやえも研究所) is licensed under a Creative Commons license: http://creativecommons.org/licenses/by/2.0/deed.en

処理中です...