カルバート

角田智史

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 さとし

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 日々の連続。
 私には耐え難く、昼夜逆転の生活を繰り返す中で、いかにすれば現状から逃れられるか、日々、思いを巡らせていた。
 働く場所が変わったとしても、大して意識に変化はなく、日々漠然と過ごしていた。
 毎日毎日、会社へ出勤しては無意味に思われる所作を繰り返し、眠さと戦いながら単調な仕事をこなしていく。
 時に上司や先輩に叱られながら、時に後輩と馬鹿を言いながら、それでも決して満足感など得られるはずもなく、家に帰れば、誰もおらず、夜出勤する頃には何かに追われている妻を後目にアパートを後にする。
 拘束時間が長く、得るものは少ない。
 そんな3年間を過ごした。
 何も仕事がない事の方がいい事であって、毎朝のように所長に、
 「何かあった?」
 と聞かれ、
 「いいえ、何もありませんでした。」
 と答えると
 「いい事やん。」
 と返される。

 そんな事を繰り返した後に僕はは異動を命ぜられる。
 移動先は移動元と比べると忙しかった。寝るような暇はあまりなかった。

 「営業になれって。」
 僕は机のパソコンに向かいながら、
 「ああ…そうですね。」
 と気のない返事をした。
 脇田さんは続ける。
 「絶対、営業がいいって。まず何?拘束時間やね、18時になったら帰れるっちゃかい。今階級何?給料もあんま変わらんとって。あんねー3カ月はインセンティブが固定で入るかいよ。で、土日が休みやろ?子供の行事とか余裕で出れるっちゃかい。」
 このまくしたてるような話術で彼はトップ営業にのし上がっていった。
 彼は一度、関東の方に出向し、その頃の経験も非常に大きかったらしく、常に自身に満ち溢れた言動をする。
 僕は「営業」という職種に対して、ある一定の距離感を保っていた。そう、大概のイメージ通り、ノルマに追われるとか、うさん臭い、押し売りのイメージだとか、そういったものだった。
 ただ、どこかでやってみたいという意識が働いていたと思う。前職はセールスドライバーという位置づけの配達員であった事もある。当時積極的な営業なんてした事はなかったが、ある程度のイメージはついていた。結局は、自分にできるのだろうか、という不安が大きかったのだと思う。

 営業職になる前、僕はリーガルの上等な靴を買った。意識的に毎日磨いて出勤すると、周りの人間からも「靴がピカピカやん」と言われるようになっていった。もちろん今も欠かせない毎日のルーティーンとして靴を磨いているが、これには様々な理由がある。

 ・足元を見られないように
 ・道行く人々を不快にさせないように
 ・靴ではなく、心を磨いている

 等々の理由により、これからも靴を磨く事は欠かす事はないだろう。

 そういったタイミングで会社の方針として営業員を増やす事が決まった。更には営業員が一人退職する事も重なり、僕に白羽の矢がたった。
 営業職になる前の支社長との会話を一つだけ覚えている。
 「角田はどこ出身なの?」
 長野県出身の支社長はそう聞いてきた。
 「角田出身角田です。つかみはOKです。」
 
 後に考えると、この一言が営業を意識させる大きな一言だった。
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