カルバート

角田智史

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かおり

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「さとし君のこれからが楽しみ」


 一通の手紙に記されたこの言葉にどれだけ救われただろう。あれから何年経っただろう。18年の月日が流れても尚、その言葉が僕に沁みついている。

 楽しみだった。

 いつもは気だるさしか感じない電車の待ち時間さえも。
 あの真理恵と1年ぶりに再会した時、その時に近い感覚だった。ただその時よりも幾何か落ち着いていて、躊躇いや緊張よりも楽しみの方が大きく上回っていた。
 電車に揺られながらあの頃の回想にふけっていた。昨日は何年ぶりに「人間失格Ⅱ」を読んできていた。インターネット上で法外な値段で売られている情報も仕入れていた。そして、どう声をかけようか、どんな話をしようかと想像を膨らませていた。
 19時30分に日向市駅に降り立つと、丁度かおりからのLINEがきた。
 〔店の前で待ってまーす!〕
 〔ダッシュで行くわ〕
 僕はそう返した。
 これは本当にそうしたかった。ただもう38にもなって血眼になってダッシュで向かう姿を見られる事は大変恥ずかしく、また少しの汗も、少しの息切れも、かおりの前では見せたくなかった。
 結局、僕は心とは裏腹に周囲から見てもおかしくない程度の早歩きで店へ向かった。
 もくもくと煙る店の前でかおりはスマホをいじっていた。
 黒い洋服で肩が出ていた。変わっていない、そう思った。
 「こんばんわ。」
 そう声をかけると
 「煙がね、めっちゃこっちに向かってきちょったっちゃわー。」
 そう言って店へ歩き出した。
 店へ入ると聞いていた通りのカウンターのみの狭い店だった。元々は僕が先日しずかと飲みに来たじどっこ料理の居酒屋を提案していたが、それならすぐ前の焼き鳥屋も美味しいとの意見があり、日向に住んでいるかおりの意見に乗っかったのであった。
 かおりがビールを頼むというので、僕も一杯目はビールにした。
 「疲れちょっこっせん?」
 かおりは僕に言った。なかなかどうして自分は自覚はあまりないが、これを言われる事が多いと最近思う。
 「うん、疲れちょんね。」
 「そっか、もともと元気いっぱいな人じゃないもんね。」
 「ねえ、これ食べれる?」
 かおりはA5サイズの小さなメニュー表の中のレバーを指差して言った。
 「ん?レバ刺しじゃないよね?女の子はレバ刺し好きよね?」
 「んー、レバ刺しじゃないっちゃけどー、半生みたいな。」
 「えー、これを楽しみに1週間頑張ったっちゃけど!」
 かおりはこちらの返答を待たずネガティブな意見を言い出した。僕はレバ刺しは嫌いではないし、そもそも焼き鳥屋のその類はあまり食べた事がなかった。
 「いや、全然食べれるよ、頼もうや。」
 焼き鳥をあと何種類かと、最近体が欲してやまないサラダを注文した。
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