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第15話 天母マリア生誕祭ライブ2/3

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『――二人とも喧嘩はダメだよッ』

コメント
:えっ、みこみこ⁉
:今の声みこみこだよね⁉

『どうなってんですの? なぜみことの声が……』
『みことよー、おるのかー⁉』

 ふふ、とマリアはいたずらっ気のある笑みを浮かべ、

『みんなっ! バックスクリーンを見て!』

 マリアの声で全員がステージ後方の巨大なスクリーンに視線を走らせる。
 そこにはアップで映されたマリアたち演者の姿。
 ただし、それはのみの情報だ。
 画面は中央で区切られており、左半分にはここにいない少女の全身が映し出されていた。黒髪のお団子ヘアにかんざしを一本添えた髪型。身に着けているのは、白を基調に赤のアクセントを加えた巫女服。少女はおっとりと柔らかな笑みをたたえている。

 四期生、巫みことだ。

『『みことォ⁉』』

『会場のみんな~、みこみここと四期生の巫みことでーす! 今日はこんな形での出演で本当にごめんなさいっ! ライブ楽しんでますか~?』

 バックスクリーンで手を振るみことに、シルビアとダークは目をぱちくりさせていた。

『お姉さま、これは、一体……』
『ライブの時間限定でみこちゃんがリモート参戦できるように病院にお願いしたのよ。歌とダンスはさすがに無理だけど、これで四期の三人でステージに立てるねっ』
『うむ、さすがはメタライブの運営じゃな! ……ん、なんじゃ? スタッフはねじ切れんばかりに首を横に振っておるが……』
『あっ、急なことだから運営さんに話だけは通しておいて、病院への許可取りと機材の手配からセッティングまで全部マリアがやっちゃいました』
『なぬぅっ⁉』
『それはつまり、えっ……、全てお姉さまのポケットマネーですの⁉』
『メタの後輩はみーんな、マリアの娘ですからね! 子どもに投資は惜しみませんよぉ!』

:こういうマリアママの人のために頑張るとこ大好き
:みこみこが出られないと知って本当に、本当に悲しくて泣きそうだったんですけど、今は別の意味で泣きそう……ありがとうマリアママ
:今ほどファンジェルでよかったと思ったことはない。マリアママ誕生日おめでとう!

 朝早くに出た本当の理由はこれだったか……。
 改めて、天母マリアが200万人を超すファンに支えられている訳を思い知った。ただトークが面白くて声がきれいだからじゃない。こんなふうに誰かのために一生懸命になれる人だから、見る側は応援したくなるんだ。

 本当にすごい人だな、母さん……。

『ホント、マリア先輩にはお礼を言っても言い切れないです。シルビア! ダーク! 私は一緒に歌えないけど……でもっ、二人が歌うトライアド・インビンシブル、ここで見守ってるからね!』

 みことの言葉に、シルビアとダークはふと目を合わせる。

『みこと、申し訳ありませんが今日はあの曲は歌いませんの』
『えっ……』
『当然じゃな。トライアド・インビンシブルは余たち三人の曲じゃ。一人でも欠けたら歌う意味がなかろう?』
『え、でも……じゃあ何を歌うの……?』

 その問いに二人は答えなかった。
 シルビアとダークは互いに背中を向けると、それぞれ反対方向に歩みを進める。

『……ミスしやがったら指の一本や二本じゃ許しませんわよ、ダーク』
『……誰に向かって言っておる。おぬしこそしくじるでないぞ、シルビア』

 軽口を叩き合う二人を見てマリアは微笑むと、ステージの後方に下がった。まるで今だけはライブの主役を譲るかのように。
 ステージ全体の明かりが音もなく萎んでいく。
 薄暗いライブ会場、そこにピアノの旋律が静かに流れだす。

「――あっ! この曲、卒業式で歌った!」

 びっくりしたように美波が声を上げた。
 俺も小学校の卒業式で歌ったことがある。イントロを聞いた瞬間、「あっ!」となったくらい有名な曲だった。
 ピアノが鳴る中、ライブ会場の片側に光が戻り、シルビアの姿が浮かび上がる。おだやかな表情の彼女はバックスクリーンに映るみことを見つめて、ゆっくりと口を開けた。

『もう大丈夫心配ないと 泣きそうな私の側で――♪
 いつも変わらない笑顔で ささやいてくれた――♪』

 そこで姿を見せたダークが口を開き、

『まだ まだ まだやれるよ――♪
 だって いつでも輝いている――♪』

 間奏の一瞬、二人は同時に息を吸った――

『『時には急ぎすぎて 見失うこともあるよ 仕方ない――♪
  ずっと見守っているからって笑顔で――♪
  いつものように 抱きしめた――♪』』

 シルビアはみことに微笑み、

『あなたの笑顔に 何度助けられただろう――♪』
『ありがとう――♪』
『ありがとう――♪』

『『Best Friend――♪』』

 それから、二人は大切な親友に想いを届けるように、どこか儚げな歌詞をきれいな声で歌い上げた。
 バックスクリーンではみことが瞳を閉じている。鼻をすするような音の後、彼女は震える声で言った。

『二人とも……っ、あり……ありがとぉ……っ』
『とっとと治して帰って来なさいなっ。復帰一発目は、わたくしとコラボですわよ!』
『うん……!』
『なぁんでじゃ⁉ 余だってみこととコラボしたいのに!』
『残念でした早い者勝ちですわ~。指でもしゃぶって見てろ』
『ヤじゃヤじゃヤじゃあああッ! 百歩譲って他のメンバーならまだしも、クソヤクザに先を越されるのは嫌なのじゃ!』
『くらァ! てめぇ、誰がクソヤクザですかッ!』

 と、またもや言い合いになるも、

『……三人が、いい……っ』

 みことのひと言で、睨み合う二人は笑みをこぼした。

『そうじゃな。三人が一番なのじゃ!』
『ええ。復帰一発目は三人でコラボですわ!』

 みことは最後に笑顔を見せ、バックスクリーンから姿を消した。ダークとシルビアの二人も観客席に手を振って舞台袖に帰っていく。

『四期生のみんな、感動的な歌をありがと~~! マリアも聞いてて泣いちゃいそうに……ていうか泣いてて喋れませんでしたっ! ということで、ゲストはこれで終了なんですけど、この後に〝重大発表〟が控えてますからチャンネルはそのままね!』

 画面が切り替わり、軽快なBGMが流れつつ小休止に入る。
 完全にライブに見入っていた俺は、大きく息を吐いて体の力を抜いた。

「っ、うぇ……うぇぇ……」

 隣では美波が嗚咽を漏らしながら、しきりに袖で顔を拭いていた。

「美波、泣いてるのか?」
「だってぇ……いつもチンパンジーみたいに喧嘩してる二人が親友のために歌うんだもん……こんなのっ、顔面が汁まみれになるしかないじゃないっ!」
「わかったわかった。あんまり袖で拭くなよ、汁で汚れちゃうからな」

 俺がティッシュの箱を渡すと、美波はズビィィンと鼻をかんだ。鼻の頭がトナカイのように真っ赤だった。
 ぐちゃぐちゃな顔の美波を見て、五十嵐は唖然としている。

「……美波さん、もっと清楚な人だと思ってたのに……」

 バカめ、VTuberやってる女が清楚なわけないだろ?(※個人の感想です)

 五十嵐は「けど、まあ」と言葉を継ぎ、

「VTuberって、いいな。オレ、最初はただエロいやつだと思ってたけどよ、違ったわ。こういう友情ってか、チームの関係を見せられちゃうと応援したくなるのわかるぜ」

 晴れやかな顔で画面を見つめる五十嵐に、俺は「だろ?」と笑いかける。

「てかよ、お嬢やっぱ美人だわ!」

 ……ようこそメタライブ沼へ。
 ところで、マリアが言っていた重大発表ってなんのことだろう?

 ほどなくしてBGMが止むと同時に画面が切り替わり、再びライブ会場が映し出された。
 俺たちを待っていたのは、予想外のサプライズだった――
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