上 下
6 / 33

第5話 好きなら、推せばいい

しおりを挟む
 6月16日(金)17時00分

「……ガチで誰にも言わないでくれよ? 実はさっき――」

 俺は一部始終を美波に説明した。本来なら母さんの秘密を勝手に言いふらさないほうがいいんだろう。でも美波は信用できるし、VTuber関係の悩みなら親身になって相談に乗ってくれるはずだ。
 何より、マリア=母さんという衝撃の事実を独りで抱え込んでいたら頭がおかしくなりそうだった。

「すごいっ! そんなこと本当にあるんだ⁉」

 話し始めは半信半疑の表情だった美波だが、その瞳が徐々に見開かれていき、今ではすっかり大興奮だった。

「すごいすごいっ! 天母マリアってチャンネル登録200万人越えの超有名Vじゃん!」
「登録者数だけなら国内一位・世界三位だな」
「やっっば⁉ メタライブって今はVTuber界の最大手だけど、その最初期から居てメタの歴史を作った人っていうか……いやもうメタの象徴みたいな存在だし! 一年で一億円とか稼いでるんでしょ?」
「たしか、去年の動画収益は一億五千万円だったような……」
「やばいやばいやばい! ねえ秋山くんやばいよ、どーするの⁉」

 俺は頭を抱えた。

「どうしたらいいかわかんねえから話したんだよぉぉぉ……!」

 盛大にやらかした。相談相手を間違えたっぽい。

「でも秋山くん、よかったね?」
「この災いのどこがいいんだよ……」
「えっ? だってマリアはババアじゃなかったじゃん。秋山くんのママ、見た目は完全に18歳の超絶美人だし!」
「いやいや、そこまで美人じゃ……」

 俺が手を振って否定すると、美波は唖然とした。

「あのレベルで美人じゃないって、ちょっと将来が心配……」
「逆に聞くが美波よ、もし今の質問で俺が、『ああ、母さんはきれいで美人だからな。ヒャッホイ!』と即答していたらどう思った?」
「……もっっのすごく、将来が心配……」

 凶か大凶しかないおみくじを引かせないでくれ。
 話が逸れたが、俺はこんな自慢めいた話をしたくて打ち明けたわけじゃない。
 俺はため息をつき、ベッドに座りなおす。

「ハァ。真面目な話、これからどうすればいいんだ……」

 マリアのファンをやめるべきなんだろうか、俺は……。

「秋山くんはどうしたいの? もう天母マリアは好きじゃない?」
「いや、でも今までと同じには見れないだろ。……簡単に嫌いになれたら楽だったろうけど」
「じゃあママのことは? 好き?」
「……限りなくフツー」
「ふぅん。どっちも嫌いじゃないならファンジェルを続けてあげればいいと思うよ」
「そんな単純な話かよ」

 隣で足をぷらぷらさせて答える美波に、俺は少し苛立った。やっぱり、こんな特殊な状況に陥った俺の気持ちは他人に理解してもらえるはずがない。
 なおも美波は足をぷらぷらさせ、「単純だよ」と言い切った。

「だって配信者はさ、応援してもらえたほうが嬉しい生き物なんだよ」

 美波はスマホをスクロールし、自分の配信に寄せられたファンのコメントを見て目元をほころばせる。

 ……なるほど、俺は勘違いをしていたらしい。

 考えが食い違うはずだ。美波は最初から、リスナー側ではなくVTuber側の視点で話していたのだから。
 言われてみれば本当に単純な話じゃないか。
 美波の言うとおり、配信者からしたらリスナーに去られるよりファンでいてもらえたほうが嬉しいに決まっている。どうしたらいいかなんて悩む必要はなかったんだ。

 好きなら、推せばいい――

「俺、これからもマリアを推すよ!」

 立ち上がって宣言する俺に、美波は温かく笑いかける。

「それでこそ秋山くんだよ」
「……ただし、今までどおりじゃない」
「え、どゆこと?」

 俺は壁のカレンダーに目を向けた。
 7月22日の欄には印がつけてあって、『生誕祭』とメモしてある。
 メタライブではメンバーの誕生日にお祝いライブをするのが通例になっていて、もちろんそれはマリアも例外じゃない。
 7月22日は〝天母マリア生誕祭ライブ〟だ。
 チャンネル登録している200万人超のファンが楽しみにしている一大イベント。それが来月に迫っている。母さんにマリアとしてアイドル活動に専念してもらうことが、世界中にいるファンの幸せにつながるはずだ。
 正体を知ってしまった以上、ファンとして知らんぷりはできない。

「決めた。母さん――いや、天母マリアのアイドル活動を陰からサポートしてやる!」

 かくして、俺は人生最大の親孝行(?)を決意したのだった。



 6月16日(金)18時03分

 帰り際、美波を玄関で見送っているときのこと。
 美波はなかなか帰らず、もじもじとしながら上目遣いで俺を見上げた。

「秋山くん、今日はたくさん話せて楽しかったね。それで、あの、変なこと聞いちゃうんだけど……天母マリアとあたし――じゃなくて夏空ホタルなら今はどっちが好きですかっ⁉」
「えっ、マリアま……マリアだけど」
「うわああああああん! さよーならっ!」
「はい、さよなら……」

 真っ赤な顔で玄関をバタンと閉めて走り去る美波。お前は何がしたいんだ……。
 しかし一つ、おかげで気づいたことがある。
 マリアママと呼ぼうとすると、母さんの顔がちらついて羞恥心で悶え死にそうになるということだ。どうやら俺は金輪際、マリアママと呼べない体にされてしまったらしい。

 くっ……、と俺は玄関に跪いた。

「ちくしょう、なんでよりにもよって……中の人が母さんなんだよっ⁉」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の守護者

安東門々
青春
 大小併せると二十を超える企業を運営する三春グループ。  そこの高校生で一人娘の 五色 愛(ごしき めぐ)は常に災難に見舞われている。  ついに命を狙う犯行予告まで届いてしまった。  困り果てた両親は、青年 蒲生 盛矢(がもう もりや) に娘の命を護るように命じた。  二人が織りなすドタバタ・ハッピーで同居な日常。  「私がいつも安心して暮らせているのは、あなたがいるからです」    今日も彼女たちに災難が降りかかる!    ※表紙絵 もみじこ様  ※本編完結しております。エタりません!  ※ドリーム大賞応募作品!   

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

寝たふりして机に突っ伏していると近くから僕の配信について感想を言い合う美少女たちの声が聞こえてくるんだが!?

マグローK
青春
 木高影斗(きだかかげと)はいじめられっ子である。  学校に居場所はなく、友人などいるわけがなく、親しい人すらいなかった。  いや、正確には一人だけ、幼なじみの入間日向(いるまひなた)だけは、影斗唯一の信頼できる人間だった。  しかしそんな日向に対しても、迷惑をかけないため、高校に入ってからは校内では他人のフリをしてもらっていた。  つまり、学校で影斗と親しくしている人物はゼロだった。  そのため、大神ヒロタカといういじめっ子とその取り巻きにいいようにされる日々が続いていた。  だが、彼は家に帰ってから本領を発揮する。  ひとたび雲母坂キララ(きららざかきらら)というバーチャル美少女の皮を被るなり、影斗はVTuberへと姿を変える。  思いつきで始めた配信者生活だったが、気づけば大人気VTuberと言われるまでになっていた。 「ここでなら僕は本当の自分でいられる」  そんな確信と心の支えがあることで、影斗は学校でもなんとか平静を保って生きていられた。  今までは。 「ねえ、キララちゃんの配信見た?」 「昨日もかわいかったよねー!」  なんと、学級委員、庄司怜(しょうじれい)の所属するグループが雲母坂キララの配信について話をしていたのだ。  思わず美少女グループの話に耳を傾けていたところ、影斗は怜に目をつけられてしまう。  不意打ちのように質問をぶつけられ、周囲の注意を集めることに。  その場ではなんとか答え、胸をなで下ろし油断していた矢先。 「あなたが雲母坂キララってこと?」  怜から確信的な質問をされる。  慌てふためく影斗だったが、その目は失望よりも期待に満ちていて?  影斗の日常はこの日を境に狂い出す。  一方、影斗をいじめていた大神はその地位を失っていく。  いじめられっ子バーチャル美少女の僕が配信している内容をクラスの美少女たちが話してるんだが!? この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません この小説は他サイトでも投稿しています。

クズな少年は新しい世界で元魔獣の美少女たちを従えて、聖者と呼ばれるようになる。

くろねこ教授
ファンタジー
翔馬に言わせるとこうなる。 「ぼくは引きこもりじゃないよ  だって週に一回コンビニに出かけてる  自分で決めたんだ。火曜の深夜コンビニに行くって。  スケジュールを決めて、実行するってスゴイ事だと思わない?  まさに偉業だよね」 さて彼の物語はどんな物語になるのか。 男の願望 多めでお送りします。 イラスト:イラスト:illustACより沢音千尋様の画を利用させて戴きました 『なろう』様で12万PV、『カクヨム』様で4万PV獲得した作品です。 『アルファポリス』様に向けて、多少アレンジして転載しています。 

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...