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第5話 好きなら、推せばいい
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6月16日(金)17時00分
「……ガチで誰にも言わないでくれよ? 実はさっき――」
俺は一部始終を美波に説明した。本来なら母さんの秘密を勝手に言いふらさないほうがいいんだろう。でも美波は信用できるし、VTuber関係の悩みなら親身になって相談に乗ってくれるはずだ。
何より、マリア=母さんという衝撃の事実を独りで抱え込んでいたら頭がおかしくなりそうだった。
「すごいっ! そんなこと本当にあるんだ⁉」
話し始めは半信半疑の表情だった美波だが、その瞳が徐々に見開かれていき、今ではすっかり大興奮だった。
「すごいすごいっ! 天母マリアってチャンネル登録200万人越えの超有名Vじゃん!」
「登録者数だけなら国内一位・世界三位だな」
「やっっば⁉ メタライブって今はVTuber界の最大手だけど、その最初期から居てメタの歴史を作った人っていうか……いやもうメタの象徴みたいな存在だし! 一年で一億円とか稼いでるんでしょ?」
「たしか、去年の動画収益は一億五千万円だったような……」
「やばいやばいやばい! ねえ秋山くんやばいよ、どーするの⁉」
俺は頭を抱えた。
「どうしたらいいかわかんねえから話したんだよぉぉぉ……!」
盛大にやらかした。相談相手を間違えたっぽい。
「でも秋山くん、よかったね?」
「この災いのどこがいいんだよ……」
「えっ? だってマリアはババアじゃなかったじゃん。秋山くんのママ、見た目は完全に18歳の超絶美人だし!」
「いやいや、そこまで美人じゃ……」
俺が手を振って否定すると、美波は唖然とした。
「あのレベルで美人じゃないって、ちょっと将来が心配……」
「逆に聞くが美波よ、もし今の質問で俺が、『ああ、母さんはきれいで美人だからな。ヒャッホイ!』と即答していたらどう思った?」
「……もっっのすごく、将来が心配……」
凶か大凶しかないおみくじを引かせないでくれ。
話が逸れたが、俺はこんな自慢めいた話をしたくて打ち明けたわけじゃない。
俺はため息をつき、ベッドに座りなおす。
「ハァ。真面目な話、これからどうすればいいんだ……」
マリアのファンをやめるべきなんだろうか、俺は……。
「秋山くんはどうしたいの? もう天母マリアは好きじゃない?」
「いや、でも今までと同じには見れないだろ。……簡単に嫌いになれたら楽だったろうけど」
「じゃあママのことは? 好き?」
「……限りなくフツー」
「ふぅん。どっちも嫌いじゃないならファンジェルを続けてあげればいいと思うよ」
「そんな単純な話かよ」
隣で足をぷらぷらさせて答える美波に、俺は少し苛立った。やっぱり、こんな特殊な状況に陥った俺の気持ちは他人に理解してもらえるはずがない。
なおも美波は足をぷらぷらさせ、「単純だよ」と言い切った。
「だって配信者はさ、応援してもらえたほうが嬉しい生き物なんだよ」
美波はスマホをスクロールし、自分の配信に寄せられたファンのコメントを見て目元をほころばせる。
……なるほど、俺は勘違いをしていたらしい。
考えが食い違うはずだ。美波は最初から、リスナー側ではなくVTuber側の視点で話していたのだから。
言われてみれば本当に単純な話じゃないか。
美波の言うとおり、配信者からしたらリスナーに去られるよりファンでいてもらえたほうが嬉しいに決まっている。どうしたらいいかなんて悩む必要はなかったんだ。
好きなら、推せばいい――
「俺、これからもマリアを推すよ!」
立ち上がって宣言する俺に、美波は温かく笑いかける。
「それでこそ秋山くんだよ」
「……ただし、今までどおりじゃない」
「え、どゆこと?」
俺は壁のカレンダーに目を向けた。
7月22日の欄には印がつけてあって、『生誕祭』とメモしてある。
メタライブではメンバーの誕生日にお祝いライブをするのが通例になっていて、もちろんそれはマリアも例外じゃない。
7月22日は〝天母マリア生誕祭ライブ〟だ。
チャンネル登録している200万人超のファンが楽しみにしている一大イベント。それが来月に迫っている。母さんにマリアとしてアイドル活動に専念してもらうことが、世界中にいるファンの幸せにつながるはずだ。
正体を知ってしまった以上、ファンとして知らんぷりはできない。
「決めた。母さん――いや、天母マリアのアイドル活動を陰からサポートしてやる!」
かくして、俺は人生最大の親孝行(?)を決意したのだった。
6月16日(金)18時03分
帰り際、美波を玄関で見送っているときのこと。
美波はなかなか帰らず、もじもじとしながら上目遣いで俺を見上げた。
「秋山くん、今日はたくさん話せて楽しかったね。それで、あの、変なこと聞いちゃうんだけど……天母マリアとあたし――じゃなくて夏空ホタルなら今はどっちが好きですかっ⁉」
「えっ、マリアま……マリアだけど」
「うわああああああん! さよーならっ!」
「はい、さよなら……」
真っ赤な顔で玄関をバタンと閉めて走り去る美波。お前は何がしたいんだ……。
しかし一つ、おかげで気づいたことがある。
マリアママと呼ぼうとすると、母さんの顔がちらついて羞恥心で悶え死にそうになるということだ。どうやら俺は金輪際、マリアママと呼べない体にされてしまったらしい。
くっ……、と俺は玄関に跪いた。
「ちくしょう、なんでよりにもよって……中の人が母さんなんだよっ⁉」
「……ガチで誰にも言わないでくれよ? 実はさっき――」
俺は一部始終を美波に説明した。本来なら母さんの秘密を勝手に言いふらさないほうがいいんだろう。でも美波は信用できるし、VTuber関係の悩みなら親身になって相談に乗ってくれるはずだ。
何より、マリア=母さんという衝撃の事実を独りで抱え込んでいたら頭がおかしくなりそうだった。
「すごいっ! そんなこと本当にあるんだ⁉」
話し始めは半信半疑の表情だった美波だが、その瞳が徐々に見開かれていき、今ではすっかり大興奮だった。
「すごいすごいっ! 天母マリアってチャンネル登録200万人越えの超有名Vじゃん!」
「登録者数だけなら国内一位・世界三位だな」
「やっっば⁉ メタライブって今はVTuber界の最大手だけど、その最初期から居てメタの歴史を作った人っていうか……いやもうメタの象徴みたいな存在だし! 一年で一億円とか稼いでるんでしょ?」
「たしか、去年の動画収益は一億五千万円だったような……」
「やばいやばいやばい! ねえ秋山くんやばいよ、どーするの⁉」
俺は頭を抱えた。
「どうしたらいいかわかんねえから話したんだよぉぉぉ……!」
盛大にやらかした。相談相手を間違えたっぽい。
「でも秋山くん、よかったね?」
「この災いのどこがいいんだよ……」
「えっ? だってマリアはババアじゃなかったじゃん。秋山くんのママ、見た目は完全に18歳の超絶美人だし!」
「いやいや、そこまで美人じゃ……」
俺が手を振って否定すると、美波は唖然とした。
「あのレベルで美人じゃないって、ちょっと将来が心配……」
「逆に聞くが美波よ、もし今の質問で俺が、『ああ、母さんはきれいで美人だからな。ヒャッホイ!』と即答していたらどう思った?」
「……もっっのすごく、将来が心配……」
凶か大凶しかないおみくじを引かせないでくれ。
話が逸れたが、俺はこんな自慢めいた話をしたくて打ち明けたわけじゃない。
俺はため息をつき、ベッドに座りなおす。
「ハァ。真面目な話、これからどうすればいいんだ……」
マリアのファンをやめるべきなんだろうか、俺は……。
「秋山くんはどうしたいの? もう天母マリアは好きじゃない?」
「いや、でも今までと同じには見れないだろ。……簡単に嫌いになれたら楽だったろうけど」
「じゃあママのことは? 好き?」
「……限りなくフツー」
「ふぅん。どっちも嫌いじゃないならファンジェルを続けてあげればいいと思うよ」
「そんな単純な話かよ」
隣で足をぷらぷらさせて答える美波に、俺は少し苛立った。やっぱり、こんな特殊な状況に陥った俺の気持ちは他人に理解してもらえるはずがない。
なおも美波は足をぷらぷらさせ、「単純だよ」と言い切った。
「だって配信者はさ、応援してもらえたほうが嬉しい生き物なんだよ」
美波はスマホをスクロールし、自分の配信に寄せられたファンのコメントを見て目元をほころばせる。
……なるほど、俺は勘違いをしていたらしい。
考えが食い違うはずだ。美波は最初から、リスナー側ではなくVTuber側の視点で話していたのだから。
言われてみれば本当に単純な話じゃないか。
美波の言うとおり、配信者からしたらリスナーに去られるよりファンでいてもらえたほうが嬉しいに決まっている。どうしたらいいかなんて悩む必要はなかったんだ。
好きなら、推せばいい――
「俺、これからもマリアを推すよ!」
立ち上がって宣言する俺に、美波は温かく笑いかける。
「それでこそ秋山くんだよ」
「……ただし、今までどおりじゃない」
「え、どゆこと?」
俺は壁のカレンダーに目を向けた。
7月22日の欄には印がつけてあって、『生誕祭』とメモしてある。
メタライブではメンバーの誕生日にお祝いライブをするのが通例になっていて、もちろんそれはマリアも例外じゃない。
7月22日は〝天母マリア生誕祭ライブ〟だ。
チャンネル登録している200万人超のファンが楽しみにしている一大イベント。それが来月に迫っている。母さんにマリアとしてアイドル活動に専念してもらうことが、世界中にいるファンの幸せにつながるはずだ。
正体を知ってしまった以上、ファンとして知らんぷりはできない。
「決めた。母さん――いや、天母マリアのアイドル活動を陰からサポートしてやる!」
かくして、俺は人生最大の親孝行(?)を決意したのだった。
6月16日(金)18時03分
帰り際、美波を玄関で見送っているときのこと。
美波はなかなか帰らず、もじもじとしながら上目遣いで俺を見上げた。
「秋山くん、今日はたくさん話せて楽しかったね。それで、あの、変なこと聞いちゃうんだけど……天母マリアとあたし――じゃなくて夏空ホタルなら今はどっちが好きですかっ⁉」
「えっ、マリアま……マリアだけど」
「うわああああああん! さよーならっ!」
「はい、さよなら……」
真っ赤な顔で玄関をバタンと閉めて走り去る美波。お前は何がしたいんだ……。
しかし一つ、おかげで気づいたことがある。
マリアママと呼ぼうとすると、母さんの顔がちらついて羞恥心で悶え死にそうになるということだ。どうやら俺は金輪際、マリアママと呼べない体にされてしまったらしい。
くっ……、と俺は玄関に跪いた。
「ちくしょう、なんでよりにもよって……中の人が母さんなんだよっ⁉」
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