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○月×日『涙を流す金魚②』
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付き合って暫くして、篤也が部屋の合鍵をくれて、初めて部屋に呼ばれた。
これはもしかして、恋人としてワンステップ上がるためのアイテム?と、ドキドキしたけど、合鍵初日は真鍋先輩も一緒だった。
少し残念だったけど、真鍋先輩が僕と篤也の交際祝賀会をすると張り切っていたので、僕も嬉しくなって、受け入れた。
帰りが遅くなるという篤也を、真鍋先輩と一緒に夕食の準備をしながら待った。
「おっせぇなぁ、篤のやつ。」
真鍋先輩は待ちきれずにビールを開けて飲み始めてる。
「真鍋先輩、木崎せんぱ……篤也が帰ってくる前に全部飲んじゃわないでくださいね」
まだ呼びなれない先輩の名前を言い直す。
「篤は気にしねぇって。ほら、蘭も飲め」
「僕未成年なんですけど」
「気にしねぇって」
真鍋先輩がケラケラと笑う。
僕は気にするんだけどなぁ。
「祝い酒なんだから、飲め飲め」
まぁ、確かに。
僕と篤也を祝ってくれるために真鍋先輩が買ってくれたものだ。
ありがたくいただいとかなきゃバチが当たるよな。
真鍋先輩に篤也とのことを報告するときは、ドキドキした。
真鍋先輩は驚いてはいたけど、気持ち悪がったりせずに「おめでとう」と言ってくれた。
こんないい人、なかなかいないよ。
「じゃあ、いただきます」
初めてのお酒に口をつける。
……苦い。
「蘭はお子様だからなぁ、この美味さがわからんか!」
酔ってるのか、真鍋先輩はいつもより高いテンションで絡んでくる。
「お、お子様じゃないですよ」
気にしてるのに。
大人な篤也に釣り合わないと思いたくも、思われたくもなくて背伸びしてる。
こんな飲み物飲むくらいで大人になれるなら、飲んでやるさ。
一本丸々一気飲みしてやった。
真鍋先輩が「やるな!」といいながら新しい缶を手渡してくる。
二本目を飲んだ記憶は、無い。
ふわふわとした中にいた。
体がゆさゆさと揺れて、少しだけ目を開くと、大きな体に抱きしめられてた。
耳元で名前を囁かれて、キスされた。
「……先輩、」
離れた唇の隙間から篤也を求めると、返事をするようにキスされる。
初めて、付き合って初めてのキスだ。
手も、ぎゅっと握ってくれる。
ずっとしたかった。
篤也と手を繋いだり、キスしたり、恋人のするようなこと、全部。
嬉しい。
たまらなく嬉しい。
先輩、好き。
大好きだよ。
告白されたとき、そう言えなかった言葉をキスしながら、何度も言った。
満足感と、心地良さの中で、眠りに落ちて、目が覚めたのは朝だった。
寝ぼけ眼で、ゆっくり体を起こすと、タオルケットが自分の体からすべり落ちた。
それを目で追って、自分の肌が目に入り、衣服を身につけていないことに気づく。
その意味は、なんとなく理解できた。
お尻が熱をもったみたいに熱いし、痛かった。
セックスしたんだ。
けど、どんなセックスをしたか覚えてない。
なんて勿体ないことをしたんだ、自分は。
初めてだったのに。
篤也と初めてのセックスなのに。
手を握るのも、キスも、セックスも。
篤也との初めて、嬉しいけど覚えてないなんて勿体ないし、残念すぎる。
……きっとお酒のせいだ。
初めて飲んだから、自分が酒に対してこんな風になるなんて知らなかった。
次からは気をつけなきゃいけないな。
「蘭」
少しの後悔をしていると、名前を呼ばれた。
篤也の声だ。
顔を見るのはまだ照れくさかったけど、恐る恐る声の方に顔を向けると、篤也は怖い顔をしていた。
…………なんか、不機嫌……?
自分は浮かれてそわそわしていたから、その温度差が急に怖くなった。
「服着ろ」
「え、……はい」
篤也の声音が冷たくて、それがなんでなのか分からなくて、大人しく言われたまま衣服を身につけた。
服を着ながら、真鍋先輩が居ないことに気づいたけど、僕等がやらかしたから気を利かせて帰ったに違いない、居るはずもないかと勝手な納得をする。
もしかして、篤也が不機嫌なのって、僕か寝てしまったからなのかな。
いつ寝たか覚えがないけど、もし最中とかに寝落ちしてたら最悪だ。
「あの、せんぱ…じゃなくて、……篤也…」
「さっさと帰れよ。」
「……、」
篤也は、顔も見たくないって言ってるみたいに、僕から目をそらすと、冷たい声音でそう言った。
僕は驚いて声も出なかった。
……けど、篤也、怒ってるみたいだし、なんで怒ってるかわからなかったから、その理由を聞きたかったけど、そんなこと聞ける雰囲気ではなかった。
完全なる拒絶。
篤也からそんな空気を感じた。
「……おじゃま、しました…」
立ち上がるのも、歩くのもだるかったし、何か太股をつたう嫌な感触もしたけど、篤也の部屋を出た。
部屋を出た途端、大粒の涙が零れた。
何?
何で?
なんで拒絶されたの?
僕達、さっきまで、身体を重ねてた。
愛し合ってたんじゃないの?
僕が、酔っ払ってたから?
覚えてないから?
僕、下手だったのかな……
わからない。
なんで篤也……
その日から、スマホにメッセージをいれても既読はつかないし、電話も繋がらなくなった。
会いに行っても、会ってはくれなくなった。
……これって、フラれたってこと?
でも、なんで?
わからない……。
篤也と友達の真鍋先輩なら何か知ってるかもとも思ったけど、真鍋先輩も僕を避けているようだった。
あの夜、何かあったのは間違いない。
心当たりはそれしかない。
真鍋先輩まで僕を避ける。
僕が真鍋先輩に何か失礼な事でもして、それで篤也は怒ってる?
……でも、だったら僕を抱いたりしないはずだし……。
……やっぱり、わからない。
なのに篤也達は何も教えてくれない。
どうして?
篤也の部屋に何度も通ったし、メッセージも、数え切れないくらい送った。
どれにも応えは返ってこなくて、だけどどんなに冷たくされても好きだった。
そんな不毛が一年続いた。
その日も、篤也の部屋へ向かっていた。
けど、篤也の部屋から見知った後輩が出てきて、足が止まった。
委員会が一緒だった、可愛がってた後輩だった。
柚野まことくん。
この一年で、篤也の部屋から出てくる人は、篤也本人以外誰もいなかった。
それなのに、なんで彼が?
それから、何度か柚野ちゃんが篤也の部屋を出入りしてるのを見て、嫌な想像がどんどん膨らんでいった。
それは、嫌な想像でなく現実だった。
柚野ちゃん本人の口からそう聞いた時、悲しくて辛かった。
篤也が僕以外の人を好きになるなんて、想像もしなかったからだ。
ずっと、篤也との思い出だけを糧に篤也の元へ通ってた。
無視されても、粘り強く篤也の元へ行けたのは、思い出があったからだ。
篤也に、はっきりと別れを告げられたわけじゃないけど、徹底して距離を置かれて、自分は振られたんだと……分かってはいた。
けど、篤也本人ではなく、新しい恋人からその事実を突きつけられるなんて、ショックだった。
僕の篤也への最後の思い出が、良いものでないことは、後に、この柚野まことくんから聞かされて知ることになった。
僕が真鍋先輩と寝たということだ。
何かある、何かおかしいと、思っていたけど、真実を知って、納得してしまった。
そっか、そうだったんだ。
だから篤也怒ってたんだ。
……とうぜんだよな……怒って当然だ。
だって、篤也の親友と寝たんだから。
事実を知った日から、猛烈な吐き気に襲われた。
記憶の中の篤也を想うと、篤也が真鍋先輩に切り替わる。
それなのに自分は嫌がりもせず受け入れて……。
受験勉強に、そんな状況が重なって、精神的にしんどかった。
少し痩せたかな、と自覚し始めた頃、篤也が僕の元を尋ねてきた。
柚野ちゃんとは別れて、僕ともう一度やり直したいと、尋ねてきてくれた。
素直に、嬉しかった。
やり直したいと思ってくれる程度には、僕のこと想っていてくれたのかもしれない。
その小さな希望を、捨てたくなかった。
でもやっぱりぎこちなさはあった。
けど、それはきっと時間が解決してくれると思った。
1年も誤解があったままだったんだから、仕方ない。
……けど、僕が覚えていなくても、真鍋先輩と寝たのは事実。
篤也が柚野ちゃんと付き合ってたのも事実だ。
お互い男を知っていても、お互いに触れることは臆病になっていた。
でも僕は、篤也に抱かれたかった。
抱いて欲しかった。
真鍋先輩に犯されてる体も、記憶も、上書きして欲しかった。
そうしたら、もう篤也一色になれる気がしてた。
けど、篤也は僕に触れてはくれなかった。
かといって、僕から触れたり、言葉にすることもなかった。
もう、嫌われたくない。
拒絶されたくない。
怖い。
これが駄目になったら、もうやり直す機会なんてないと確信してたからだ。
もし篤也に触れて、嫌がられたり、拒絶されたら立ち直れないとも思った。
篤也に拒絶される辛さは、1度経験してるからこそ怖かったんだ。
勇気を出して、手を握るだけでも……と、思っても、指先が氷ったように動かなかった。
僕は、とんだ腰抜けで、臆病者だ。
篤也からの接触を待つことしか出来なかった。
そんな時、僕らに復縁の機会をくれた柚野ちゃんが学校に来なくなった。
1学年下の後輩だったし、委員会も今は別だ。
けど、いつも目立つ矢野くんの隣に居るから、その姿が確認できなくなって気になった。
1人でいる矢野くんに柚野ちゃんのことを尋ねると、知らないと言う。
君が知らないはずないだろうと、何度か矢野くんに声をかけると「知らねぇって!鬱陶しいなアンタっ」とキレられた。
どうやら僕は嫌われているみたいだ。
仕方なく柚野ちゃんの家を尋ねることにすると、篤也もついてきた。
泣きじゃくる柚野ちゃんの肩を抱いて、僕にはしない顔で優しく慰める姿を前にして、妬いてないと強がったけど、正直嫉妬した。
成り行きで篤也の部屋で3人で過ごすことになって、それを受け入れたけど不安があった。
篤也と柚野ちゃんの仲を目の当たりにしたくなかったこと。
篤也の、この部屋で、1人になりたくないこと……。
柚野ちゃんは、篤也の熱を知ってる。
僕より篤也と親密な仲だ。
篤也に愛されたことのある子だ……。
柚野ちゃんがあの幼馴染みの矢野昂平を好きなのは知ってるけど、篤也に大事にされてるのがわかると、胸のあたりがモヤモヤとする。
柚野ちゃんの料理が美味いとか、元気がない柚野ちゃんの髪を撫でたりだとか、篤也が見せる彼への優しさに、醜い感情が渦巻いてくる。
これはもしかして、恋人としてワンステップ上がるためのアイテム?と、ドキドキしたけど、合鍵初日は真鍋先輩も一緒だった。
少し残念だったけど、真鍋先輩が僕と篤也の交際祝賀会をすると張り切っていたので、僕も嬉しくなって、受け入れた。
帰りが遅くなるという篤也を、真鍋先輩と一緒に夕食の準備をしながら待った。
「おっせぇなぁ、篤のやつ。」
真鍋先輩は待ちきれずにビールを開けて飲み始めてる。
「真鍋先輩、木崎せんぱ……篤也が帰ってくる前に全部飲んじゃわないでくださいね」
まだ呼びなれない先輩の名前を言い直す。
「篤は気にしねぇって。ほら、蘭も飲め」
「僕未成年なんですけど」
「気にしねぇって」
真鍋先輩がケラケラと笑う。
僕は気にするんだけどなぁ。
「祝い酒なんだから、飲め飲め」
まぁ、確かに。
僕と篤也を祝ってくれるために真鍋先輩が買ってくれたものだ。
ありがたくいただいとかなきゃバチが当たるよな。
真鍋先輩に篤也とのことを報告するときは、ドキドキした。
真鍋先輩は驚いてはいたけど、気持ち悪がったりせずに「おめでとう」と言ってくれた。
こんないい人、なかなかいないよ。
「じゃあ、いただきます」
初めてのお酒に口をつける。
……苦い。
「蘭はお子様だからなぁ、この美味さがわからんか!」
酔ってるのか、真鍋先輩はいつもより高いテンションで絡んでくる。
「お、お子様じゃないですよ」
気にしてるのに。
大人な篤也に釣り合わないと思いたくも、思われたくもなくて背伸びしてる。
こんな飲み物飲むくらいで大人になれるなら、飲んでやるさ。
一本丸々一気飲みしてやった。
真鍋先輩が「やるな!」といいながら新しい缶を手渡してくる。
二本目を飲んだ記憶は、無い。
ふわふわとした中にいた。
体がゆさゆさと揺れて、少しだけ目を開くと、大きな体に抱きしめられてた。
耳元で名前を囁かれて、キスされた。
「……先輩、」
離れた唇の隙間から篤也を求めると、返事をするようにキスされる。
初めて、付き合って初めてのキスだ。
手も、ぎゅっと握ってくれる。
ずっとしたかった。
篤也と手を繋いだり、キスしたり、恋人のするようなこと、全部。
嬉しい。
たまらなく嬉しい。
先輩、好き。
大好きだよ。
告白されたとき、そう言えなかった言葉をキスしながら、何度も言った。
満足感と、心地良さの中で、眠りに落ちて、目が覚めたのは朝だった。
寝ぼけ眼で、ゆっくり体を起こすと、タオルケットが自分の体からすべり落ちた。
それを目で追って、自分の肌が目に入り、衣服を身につけていないことに気づく。
その意味は、なんとなく理解できた。
お尻が熱をもったみたいに熱いし、痛かった。
セックスしたんだ。
けど、どんなセックスをしたか覚えてない。
なんて勿体ないことをしたんだ、自分は。
初めてだったのに。
篤也と初めてのセックスなのに。
手を握るのも、キスも、セックスも。
篤也との初めて、嬉しいけど覚えてないなんて勿体ないし、残念すぎる。
……きっとお酒のせいだ。
初めて飲んだから、自分が酒に対してこんな風になるなんて知らなかった。
次からは気をつけなきゃいけないな。
「蘭」
少しの後悔をしていると、名前を呼ばれた。
篤也の声だ。
顔を見るのはまだ照れくさかったけど、恐る恐る声の方に顔を向けると、篤也は怖い顔をしていた。
…………なんか、不機嫌……?
自分は浮かれてそわそわしていたから、その温度差が急に怖くなった。
「服着ろ」
「え、……はい」
篤也の声音が冷たくて、それがなんでなのか分からなくて、大人しく言われたまま衣服を身につけた。
服を着ながら、真鍋先輩が居ないことに気づいたけど、僕等がやらかしたから気を利かせて帰ったに違いない、居るはずもないかと勝手な納得をする。
もしかして、篤也が不機嫌なのって、僕か寝てしまったからなのかな。
いつ寝たか覚えがないけど、もし最中とかに寝落ちしてたら最悪だ。
「あの、せんぱ…じゃなくて、……篤也…」
「さっさと帰れよ。」
「……、」
篤也は、顔も見たくないって言ってるみたいに、僕から目をそらすと、冷たい声音でそう言った。
僕は驚いて声も出なかった。
……けど、篤也、怒ってるみたいだし、なんで怒ってるかわからなかったから、その理由を聞きたかったけど、そんなこと聞ける雰囲気ではなかった。
完全なる拒絶。
篤也からそんな空気を感じた。
「……おじゃま、しました…」
立ち上がるのも、歩くのもだるかったし、何か太股をつたう嫌な感触もしたけど、篤也の部屋を出た。
部屋を出た途端、大粒の涙が零れた。
何?
何で?
なんで拒絶されたの?
僕達、さっきまで、身体を重ねてた。
愛し合ってたんじゃないの?
僕が、酔っ払ってたから?
覚えてないから?
僕、下手だったのかな……
わからない。
なんで篤也……
その日から、スマホにメッセージをいれても既読はつかないし、電話も繋がらなくなった。
会いに行っても、会ってはくれなくなった。
……これって、フラれたってこと?
でも、なんで?
わからない……。
篤也と友達の真鍋先輩なら何か知ってるかもとも思ったけど、真鍋先輩も僕を避けているようだった。
あの夜、何かあったのは間違いない。
心当たりはそれしかない。
真鍋先輩まで僕を避ける。
僕が真鍋先輩に何か失礼な事でもして、それで篤也は怒ってる?
……でも、だったら僕を抱いたりしないはずだし……。
……やっぱり、わからない。
なのに篤也達は何も教えてくれない。
どうして?
篤也の部屋に何度も通ったし、メッセージも、数え切れないくらい送った。
どれにも応えは返ってこなくて、だけどどんなに冷たくされても好きだった。
そんな不毛が一年続いた。
その日も、篤也の部屋へ向かっていた。
けど、篤也の部屋から見知った後輩が出てきて、足が止まった。
委員会が一緒だった、可愛がってた後輩だった。
柚野まことくん。
この一年で、篤也の部屋から出てくる人は、篤也本人以外誰もいなかった。
それなのに、なんで彼が?
それから、何度か柚野ちゃんが篤也の部屋を出入りしてるのを見て、嫌な想像がどんどん膨らんでいった。
それは、嫌な想像でなく現実だった。
柚野ちゃん本人の口からそう聞いた時、悲しくて辛かった。
篤也が僕以外の人を好きになるなんて、想像もしなかったからだ。
ずっと、篤也との思い出だけを糧に篤也の元へ通ってた。
無視されても、粘り強く篤也の元へ行けたのは、思い出があったからだ。
篤也に、はっきりと別れを告げられたわけじゃないけど、徹底して距離を置かれて、自分は振られたんだと……分かってはいた。
けど、篤也本人ではなく、新しい恋人からその事実を突きつけられるなんて、ショックだった。
僕の篤也への最後の思い出が、良いものでないことは、後に、この柚野まことくんから聞かされて知ることになった。
僕が真鍋先輩と寝たということだ。
何かある、何かおかしいと、思っていたけど、真実を知って、納得してしまった。
そっか、そうだったんだ。
だから篤也怒ってたんだ。
……とうぜんだよな……怒って当然だ。
だって、篤也の親友と寝たんだから。
事実を知った日から、猛烈な吐き気に襲われた。
記憶の中の篤也を想うと、篤也が真鍋先輩に切り替わる。
それなのに自分は嫌がりもせず受け入れて……。
受験勉強に、そんな状況が重なって、精神的にしんどかった。
少し痩せたかな、と自覚し始めた頃、篤也が僕の元を尋ねてきた。
柚野ちゃんとは別れて、僕ともう一度やり直したいと、尋ねてきてくれた。
素直に、嬉しかった。
やり直したいと思ってくれる程度には、僕のこと想っていてくれたのかもしれない。
その小さな希望を、捨てたくなかった。
でもやっぱりぎこちなさはあった。
けど、それはきっと時間が解決してくれると思った。
1年も誤解があったままだったんだから、仕方ない。
……けど、僕が覚えていなくても、真鍋先輩と寝たのは事実。
篤也が柚野ちゃんと付き合ってたのも事実だ。
お互い男を知っていても、お互いに触れることは臆病になっていた。
でも僕は、篤也に抱かれたかった。
抱いて欲しかった。
真鍋先輩に犯されてる体も、記憶も、上書きして欲しかった。
そうしたら、もう篤也一色になれる気がしてた。
けど、篤也は僕に触れてはくれなかった。
かといって、僕から触れたり、言葉にすることもなかった。
もう、嫌われたくない。
拒絶されたくない。
怖い。
これが駄目になったら、もうやり直す機会なんてないと確信してたからだ。
もし篤也に触れて、嫌がられたり、拒絶されたら立ち直れないとも思った。
篤也に拒絶される辛さは、1度経験してるからこそ怖かったんだ。
勇気を出して、手を握るだけでも……と、思っても、指先が氷ったように動かなかった。
僕は、とんだ腰抜けで、臆病者だ。
篤也からの接触を待つことしか出来なかった。
そんな時、僕らに復縁の機会をくれた柚野ちゃんが学校に来なくなった。
1学年下の後輩だったし、委員会も今は別だ。
けど、いつも目立つ矢野くんの隣に居るから、その姿が確認できなくなって気になった。
1人でいる矢野くんに柚野ちゃんのことを尋ねると、知らないと言う。
君が知らないはずないだろうと、何度か矢野くんに声をかけると「知らねぇって!鬱陶しいなアンタっ」とキレられた。
どうやら僕は嫌われているみたいだ。
仕方なく柚野ちゃんの家を尋ねることにすると、篤也もついてきた。
泣きじゃくる柚野ちゃんの肩を抱いて、僕にはしない顔で優しく慰める姿を前にして、妬いてないと強がったけど、正直嫉妬した。
成り行きで篤也の部屋で3人で過ごすことになって、それを受け入れたけど不安があった。
篤也と柚野ちゃんの仲を目の当たりにしたくなかったこと。
篤也の、この部屋で、1人になりたくないこと……。
柚野ちゃんは、篤也の熱を知ってる。
僕より篤也と親密な仲だ。
篤也に愛されたことのある子だ……。
柚野ちゃんがあの幼馴染みの矢野昂平を好きなのは知ってるけど、篤也に大事にされてるのがわかると、胸のあたりがモヤモヤとする。
柚野ちゃんの料理が美味いとか、元気がない柚野ちゃんの髪を撫でたりだとか、篤也が見せる彼への優しさに、醜い感情が渦巻いてくる。
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