18 / 26
○月×日『涙を流す金魚①』
しおりを挟む高校一年。
秋が終わる頃に僕と木崎篤也は出会った。
その頃大学一年目の先輩との出会いは、一人の男を介してのものだった。
真鍋智史、彼は木崎先輩の親友であり僕のバイト先の先輩でもあった。
ついでに、僕の通う高校の卒業生だから、そういった意味でも二人は先輩だった。
バイト先はファミレスで、真鍋先輩がバイトの日は木崎先輩が必ず訪れ、エンドレスコーヒーで分厚い本を読んでいたりレポート用紙にペンを走らせてたりしてた。
「おかわりいります?」
そんな木崎先輩によくお代わりのコーヒーを注ぎに行っていたのが僕。
通算何百回目かわからないお代わりを注ぎに行く頃には、僕と木崎先輩はそこそこ会話を交わす程度に親しくなってた。
「また難しそうなの見てますね」
コーヒーを注ぎながら先輩の手元を除く。
派手な見かけによらず勤勉な先輩は、どっかの学者だとかそういった難しい本を読むのが好きらしかった。
ちなみにその頃の木崎先輩は、肩に髪が届くほどの長髪だった。
長い髪を鬱陶しそうに払い除けながら本を読む姿が少しだけ可愛いと思ってた。
「なかなか面白い。お前も読むか?」
本から上がった視線が僕を見上げる。
僕は慌てて首を振った。
学者に興味はないし、読書は苦手だ。
けど、先輩の好きなものには興味があった。
「あ、でも木崎先輩が読み聞かせてくれるなら」
冗談で先輩の隣に腰掛けて手元を除くフリをすると、先輩は笑いながら本を朗読しだす。
「えっ、ほんとにやるの?」
驚いて先輩を見上げると、先輩は僕を見下ろしながら笑った。
「聞くだろ?」
僕の冗談にわざと乗っかった先輩がニヤリと悪戯めいた笑みを口元に浮かべる。
それがなんだか凄く卑猥で、僕は頬を赤くして視線を逸らした。
「蘭っ、お前バイト中だっつーの」
妙な空気が漂い始めた所に、僕と同じウェイター姿の真鍋先輩が大股でやってきて僕の頭を小突いた。
「篤、蘭はお前の専属ウェイターじゃねーの」
「蘭が入れてくれるコーヒーが1番美味いんだよ」
コーヒーカップに口をつけて微笑む木崎先輩を、僕はこっそりと盗み見た。
端正で男らしい骨格。
笑う時細められるタレ目が色っぽい。
女性にさぞモテるだろう。
大人な雰囲気と、派手な見た目なのに勤勉タイプというギャップにもものすごく惹かれた。
一人で珈琲をすする先輩に珈琲を注ぐその時間が、自分の中で凄く貴重なものになっている事に気づくのに、それほど時間はかからなかった。
同性相手に恋愛感情を抱いたのは初めてだった。
だって、それまで異性としか付き合ったことがなかったからだ。
それが普通だと思ってたし、これからだってそうだと思ってた。
けど、出会ってしまった。
でも、告白する気なんてない。
先輩がものすごくモテるという話は、真鍋先輩から聞かされていたからだ。
気になる女の子や、彼女を紹介すると、みんな木崎先輩を好きになるから"女の子"は紹介しないと言っていた。
僕は"男の子"だから関係なく紹介してくれたんだろう。
でも、僕は、僕も……その女の子たちと一緒で、木崎先輩を好きになってしまったのだけど。
どこがいいとかじゃなくて、もう木崎篤也が好きだった。
その存在に、恋してた。
木崎先輩のコーヒーカップが空になるタイミングは絶対に見逃さないようにして、ほんの数秒でも先輩のテリトリー内に入りたかった。
先輩も僕がいれたのが美味いと言ってくれていた。
お世辞だとわかっていても、自分の都合のいい妄想をして、満足して、恋心を満たす。
先輩は、決まって真鍋先輩がシフト入りしてる時に来店していたけど、いつからかそうでない時も来店してくれるようになった。
真鍋先輩との連絡ミスかな?と思い、少しお節介だけど「真鍋先輩、今日は入ってませんよ?」と伝えに行くと「知ってるよ」と返ってきた。
シフトが入っていないのに来店してくれてる……。
僕に、会いに………………なわけないよね。
でも、また妄想してしまう。
そうだったらいいなって。
現実は、一人暮らしの食事の手間とか、そんな感じだろう。
何度か先輩のそういった来店が続いたある日、僕がバイトを上がるタイミングで先輩が店を出たのもあって、帰宅を共にした。
「なぁ」
「はい。」
声を掛けてきたのは先輩なのに、僕が返事を返すと先輩は僕から目を逸らしてなにか考える素振りを見せる。
不思議に思って先輩を見上げてると、再び目が合って、少し頬を赤く染めながら、先輩が僕を見下ろした。
「……好きなんだけど。付き合ってくれないか」
「……」
僕の口は間抜けにポッカリ開いていて、言葉も出ずパクパクと金魚のようだった。
まさかの先輩からの告白だった。
だって、先輩が僕を好きだって言った。
そんな素振り……なかった……はず。
いや、僕の妄想……妄想じゃなかったってこと?
その事実に、泣きたくなった。
もちろん、嬉し泣きだ。
好きだけど、自分のものにはならないと思ってた人から告白されて、僕は涙を浮かべた金魚みたいになってた。
「はは、それオッケーてこと?」
先輩が困ったように笑って、僕の涙を拭ってくれた。
僕は、言葉が出てこない代わりに、何度も頷いた。
好きだった人が、恋人になった。
ファミレス以外で会うようになった。
先輩を、篤也と名前で呼ぶようになった。
たくさん会話して、先輩……篤也の読書とコーヒー以外の好きなことも沢山知った。
満たされた日々だった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。


侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる