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第5話:愛らしい訪問者の誘拐大作戦

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 それはエドアルドの屋敷で過ごす二日目の朝のことだった。
 朝から一件仕事が入っているとのことで出かけたエドアルドの帰宅を待ちながら本を読んでいたセイは、廊下に続く部屋の扉が少し開いていたことに気づき、視線を向ける。するとそこから紅茶色の大きな瞳が、こちらをじっと覗いていた。

 この国では珍しい、濡れ葉色の髪。おそらくアジアの血が混ざっているのだろう。肌の色も日本人の親を持つセイと似ている。

「イヴァン、どうしたの? そんなところでじっとこっちを見て……僕に何か用事でもあるの?」

 エドアルドから紹介されたファミリーの一人であり、屋敷で手伝い人をしているというイヴァンは、この家の人間の中で一番若い十歳の男の子だ。二年前にマフィアだった父を失い、母は行方不明。そんな生い立ちの少年を、エドアルドが引き取って面倒を見ているらしい。

「ス……スィニョーレ、ファンタネージ……あの……部屋に入っても……」
「勿論いいよ。あと、僕のことはセイって呼んで。堅苦しい敬語もなしだって昨日、エドから紹介して貰った時にお願いしたよね?」

 了承を出して微笑むと、すぐさま不安そうな顔が、雲一つない空のように晴れ上がった。
そのまま嬉しさに頬を可愛く染めたイヴァンが、室内に飛び込んでくる。

「セイっ! おはよう! 今日は一粒も雨が降らないって予報が出てるほど、素晴らしい日だよ!」
「そうだね、とても気持ちがいい日だ」

 部屋の窓から見える海が、太陽の日差しを浴びてきらきらしている。波も穏やかだ。こんな日はやはり海辺を散歩してみたい。なんて考えていると、突然双眸を輝かせたイヴァンが身体を乗り出してきた。

「ねぇ、セイはボスの運命なんだよねっ!」

 瞬間、セイはウッと言葉に詰まる。まさか、いきなりそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。

「う、運命って……」

 確かに世界共通の約束で、子どもには早いうちから第二の性について教育させることになっているため、イヴァンが運命の番を知っているのは仕方がない。だが、どうしてセイとエドアルドがそれであると知っているのだろう。二人の話し合いで、黙っていようということになっているのに。

「だってずっと運命の相手を探し続けていたボスが、いきなりハニーシュガーよりも甘い顔で連れてきた相手だもん。皆、すぐに分かったって言ってたよ!」
「す、すぐに?」

 そういえば話し合いをした時、エドアルドが「黙っているのは構いませんが、無駄な抵抗になるかもしれませんよ」と苦笑していたが、そういうことだったのか。

「あ、いや、でも……僕たちは……」

 ファミリーが違うし、エドアルドと番になることは絶対にない。そう説明しようと口を開いたが、こちらに向けられた純真な視線に、またもや言葉が詰まった。
今、ここで二人の関係を否定してしまったら、目の前の瞳は瞬く間に潤み、涙で堰が決壊してしまう。それは可哀想だから避けたい。

「ボスはね、ボクがこのファミリーに来るずっとずっと前から、運命を探していたんだって。だからボクも仲間も皆、嬉しくて仕方がないんだ!」
「ああ……うん、それは……どうもありがとう」
「どういたしまして! それでね……今日はボスが帰ってくる前に、セイに一つお願いしたいことがあるんだ……」
「お願い? 僕にできることなら構わないけど」

 やにわに願いがあると言われ困惑したが、セイはすぐに了承を口にした。エドアルドのファミリーには、滞在させて貰っている礼もある。それに十歳の子の願いなら、マフィア特有の血なまぐさいものでもないだろう。

 そう軽く考えてのことだが――――。

「ありがとう、セイ! じゃあ、今からすぐにボクと一緒に来て欲しいんだ!」
「一緒にって、どこに? 僕は一体何をすればいいの?」
「えっとね、セイは今からボクたちに攫われるんだよ!」
セイは数秒後に、自分の甘さを酷く後悔した。
「え? 今、何て……?」
「だから、セイは攫われるの!」

 天使の笑顔とはほど遠い物騒な発言に、普段は回る方だと思っている思考が、一瞬で止まる。
 イヴァンに向けた笑みが固まったのが、自分でもよく分かった。

「攫う……? それはあの、どういう……」

 ただそれでも何とか真意を聞き出そうと理解が追いつかない頭をフル回転させたが、そんなセイの思惑は突如開け放たれた扉から次々に部屋に入ってくる強面たちの姿によって大きく狂わされた。

 ああ、どうして自分は相手が子どもだからと高を括ってしまったのだろう。彼だって立派なマフィアの人間の一人。普通と違って当然なのに。セイは即座に両手を挙げ、抵抗の意志がないことを示しながら深いため息を吐く。

 生まれてこの方、ずっとこちらの世界で生きてきた。勿論、死ぬまで仄暗い道を歩き続ける覚悟はできている。
 けれど、今日ほど自分がマフィアに向いていない人間だと思ったことはなかった。



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