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第4話:衝撃?の事実

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「じゃあ悪いけど、各務さん担当の契約書がまたギリギリになりそうって連絡があったから、日締めも含めてお願いしていい?」

「はい、分かりました」

 渡された仕事を手に、幸輝は笑顔で承諾を返す。すると同じ事務の女性は、嬉しそうに礼を言って事務所を後にした。

 今日は金曜ということもあって、皆、プライベートが忙しいらしい。他の社員たちも恋人や家族と約束があると、足早に帰って行ってしまった。

 しかし、そんな状況も幸輝にとっては好都合だった。仕事がある限り、部屋に帰らなくてもいい。いくら早く帰る人間が多いと言っても、事務所から完全に人が居なくなることはないから一人にならなくても済むし、それに――ここにいれば誠一の仕事を手伝える。

 幸輝は外回りから帰ってくる誠一を待ちながら、託された仕事に手をつけた。

 それから二時間程経った頃。

「お疲れ……って、内勤誰もいねぇじゃねえかよ」

 外回りから帰ってきた誠一が、到着一番に事務員の不在に気付いて文句を吐いた。

 多分、事務所の入口から幸輝の姿が見えなかったのだろう。幸輝は立ち上がって誠一に声を掛けた。

「あっ、僕、います!」

「お、月瀬か」

 幸輝の姿を見つけた誠一が、機嫌を直してこちらに近づいて来る。

「今日も残業か?」

「はい。色んな仕事をさせて貰った方が、早く業務を覚えられると思って」

「エライじゃねぇか。今時の若い奴は、隙あらば帰ろうとする輩ばかりだからな」

「若い奴って、各務さんも十分若いじゃないですか」

 まるで幸輝たちたち若手と一線を引くような発言に、笑いながら返す。だが、次に誠一から返ってきた言葉は、幸輝を酷く驚かせるものだった。。

「お前、四十過ぎたオヤジ相手に若いはねぇだろ」

 鞄から契約書を出しながら、今度は誠一が笑う。勿論、その時には幸輝の笑いは、顔から消えていた。

「え? 各務さん、今、何て?」

「ん? 四十過ぎのオヤジ相手に、って言ったんだよ」

 聞き間違いだろうか。幸輝は、思いきって誠一に尋ねる。

「あの、各務さんて今、おいくつなんですか?」

「今年、四十三になった」

「…………は?」

 誠一がそんなにも年上だとは思わなかった幸輝は、思わず相手が目上だということを忘れて、間抜けな声を出してしまった。

 はっきり言って、誠一は高く見ても三十代半ばだと思っていた。確かに目を凝らして見れば、目尻に年齢相応の皺はある。だがそれは生まれつきというか、持って生まれた強面の付属品だとばかり思っていた。

 まさか誠一が自分と十九歳も違うなんて、誰が思うだろう。

「月瀬、どうした?」

「い、いえ、何でもありません。あ、あの、今日締めが必要な書類があるって聞きましたが」

 詐欺だと思いながらも、これ以上年齢に触れてはいけないような気がして、何とか流れを元に戻した。

「そうなんだけど、でももうこんな時間だから、日締めは終わっちまっただろ?」

 誠一は腕時計を見て、諦めたような声を出す。

「それなら大丈夫です。本社に電話して、時間を延ばしていただきましたから」

「え、本当かっ!」

 まだ日締めが終わっていないことを知った誠一が、目を見開いてから歓喜を露わにした。

「はい、各務さんの大切な顧客の契約だと伝えたら、認めて下さいました」

 本来なら日締めの時間を遅らせることはできない。けれど本社の人間に誠一の話をしたら、すぐに了承を出してくれたのだ。

「悪い、助かった! この契約、今日締めにしないとマズイもんだったんだ。だから帰ってきてから本社と掛け合おうって思ってたんだが、まさか月瀬が先回りしておいてくれてたとはな」

 まるで子供のように大喜びする姿を見て、幸輝は誠一が本当に顧客思いなのだと改めて実感する。こういう人間だからこそ、顧客も誠一を信用して全てを任せるのだろう。

「月瀬が機転の利く奴で助かった。他の奴じゃ、本社の人間に嫌味を言われるのがイヤとか言ってそんなことしてくれないからな」

「嫌味なんて言われませんでしたよ。きっと各務さんのこれまでの功績があったからこそ、向こうも納得してくれたんだと思います。多分、僕一人のお願いじゃ聞いてくれませんでした」

 誠一から書類を受け取った幸輝が、自分のパソコンを操作して日締めシステムを呼び出す。

 日締めは数回しかやったことがないが、延ばして貰った時間にはまだ余裕もあるし、慎重に作業をしても充分間に合うはずだ。

「もう仕事は覚えたか?」

 書類を見ながら打ち込みを始めようとした時、突然耳のすぐ近くで誠一の低くて落ち着いた声が響いた。声の近さにびっくりして振り返ると、頬の真横にパソコンの画面を覗き込む誠一の顔があって幸輝は更に驚く。

「は、はい。各務さんに教えてもらったので、日締め作業は大丈夫です」

「そうか、月瀬は物覚えがいいからな」

 誠一の言葉と共に、煙草とミントの香りが空気に乗る。 

 ヘビースモーカーの誠一のことだから、きっと顧客と話し合いをする為に、ミントガムを噛んで煙草の香りを抑えていたのだろう。

 理由はすぐに分かったが、こんなにも密着する状態で誠一の匂いを体感してしまうと、凄く緊張してしまう。無意識の内に背筋が震え、心臓の鼓動も早くなった。

 自らの耳にすら聞こえる鼓動が誠一に伝わらないか心配しながら、それでもどうにか平静を努めて幸輝は作業を進める。

「今日の仕事は、もうそれだけか?」

「はい……そうです」

「なら、日締めの件の礼に飯奢るわ。月瀬もまだだろ?」

「え? あ、そうですけど、いいんですか? 明日お休みですし、早く帰ってご家族に会いたいんじゃ……」

「家族? んなもんいねぇよ。実家は田舎だし。就職を機にこっちに出てきてから、ずっと一人だ」

 四十も過ぎた男なのだからてっきり妻子もいるのだと思い込んでいた幸輝は、またもや驚かされる。確かに誠一の左手を見てみると、薬指に指輪は填められていなかった。

 これだけ仕事ができる人間なのに、妻帯者ではないなんて些か信じられない。いや、逆に仕事に生きているからこそ、恋愛が疎かになってしまったのだろうか。

「そうだったんですか、変なこと聞いてすみません。是非、夕食をご一緒させて下さい」

 一人で部屋に帰ったら絶対に食事は取らないが、人と一緒なら食べることができる幸輝にとって、誠一からの誘いを断る理由はなかった。

「おう。じゃ、俺も残りの仕事片づけてくるから、そっちも終わったら声掛けてくれ」

「はい」

 自分の席に戻っていく誠一を目で見送る幸輝の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。

 仕事仲間と飲みに行くだけなのに、こんなに心が逸るなんて。幸輝は胸の内から込み上げてくる感情の昂ぶりに少々左右されながらも、締め作業だけは絶対に失敗しないよう細心の注意を払った。
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