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64話:告白③
しおりを挟む「これは?」
「白のお師匠様からの婚姻祝いの品です」
「祝いっ? ってかこの話、仙人にまで伝わってるのか?」
「白のお師匠様も私の師ですから当然お伝えしました。そうしたら心からお喜びになって、こちらを贈ってくださったんです」
無風の手の中の書物は、世界を渡り歩いている時に見つけた貴重なものらしい。
「で、この書物には何が書かれてるんだ?」
渡された書を開いて、ザッと目を通す。そして蒼翠は固まった。
「…………………… 房中術の特殊指南書?」
房中術とは養生術の一種で、男女の交合によって不老長生を得ようとする修行だ。中国では古来より男は陽の気が、女は陰の気が強いと言われていて、その陽と陰を交わることで気の滞りを防ぎ心身の調和を図れる――などと説明すると少々難しいが、身も蓋もない言い方をすれば交接、つまりセックスをして元気になりましょう、である。
だが、仙人お墨付きの指南書は、そんな従来の房中術を説明して終わるものではなかった。書物にはなんと、同性同士で子を為す手法が記されていたのだ。
指南書曰く、白龍族は陽の気が強く黒龍族は陰の気が強いため房中術が適しており、また、龍体であった頃の龍族は雌雄関係なく子を産んでいた記録もあるとのことで、指南どおりに修練を重ねれば男でも子をなせるのだという。
「過去に成功した例もあるそうなので、期待できるかと」
「な、な、な、な…………」
なんだこれは。書いてある内容は至極真面目だが、男同士で子作りなんて誰がこんなことを思いついたのだ。
しかし。
―― 俺と無風の子ども……。
恥ずかしいと思う気持ちはあれど、不思議と拒絶も嫌悪も覚えなかった。しかも頭の片隅ではすでに無風との子を抱く光景を想像していまっている。
無風に似た子なら男の子でも女の子でも綺麗になるはずだ。邪界一の美妃の子である蒼翠に似たって同様で、きっと誰もが羨む子になるだろう。
「蒼翠様はお嫌ですか? 私との子など……欲しくありませんか?」
悲しそうに眉を垂らす無風を見て、胸がギュッっと絞まる。昔からそうだが無風にこの顔をされると、何も言えなくなってしまう。
でも、それはそれだけ無風を愛おしいと思っているから。
そう、結局自分は無風が好きなのだ。
邪界の牢の中で、そして処刑場で、自分は何よりももう一度無風に会うことを望んだ。無風の温もりに包まれたいと願っていた。それに彩李の酒店では、隣陽の隣で笑っている姿に嫉妬を覚えた。
無風が他の女性を妃に迎え、抱きしめる姿なんて一秒たりとも見たくはない。
つまり、もう蒼翠の中で答えは出てしまっている。
なのに。
どうして自分は戸惑っているのだ。
どうして素直に頷くことができないのだ。
「……俺もお前とこの先もずっと一緒にいたいと思ってるし、そのための努力ならなんだってしたい。だけど……」
「蒼翠様?」
「なんか、その……すぐにはうまく飲み込めなくて……」
だから少し時間をくれないか。不安を視線に乗せて無風を見遣ると、指南書を持っていた手を再び優しく包まれた。
「……そうでしたね、今日は蒼翠様の心を揺さぶることが多くありましたからね。混乱してしまうのも無理はありません」
処刑場からの救出劇に、本物の龍、初めての聖界。そして告白に求婚。確かに言われてみれば衝撃的なことばかりだった。
無風の気持ちをすぐに受け止められないのは、そのせいなのだろうか。考えてみるが、それすらも今は判断がつかない。
「申し訳ありません、私の方が少し浮かれすぎていました。蒼翠様と再会できたことが嬉しくて、思わず先走ってしまいました」
蒼翠の体調や気持ちを一番に考えることができなかったと、無風が頭を下げ謝る。
「とりあえず今日は身体を休めてください。湯の用意に着替え、傷に効く薬湯や休む場所もすべて整えてありますので」
込み入った話は後日にしようと、無風は笑ってくれる。
「ごめん、無風……」
「何をおっしゃるのです、こうして蒼翠様のお傍にいられるだけで私は十分に幸せです」
そう言って話を終わらせた無風はすぐに外に控えた侍女たちに湯殿を開けるよう指示を出し、蒼翠が歩きやすいように隣で支えてくれた。
そんな無風に礼を言いながら、蒼翠は深い自己嫌悪に陥る。
――俺、ズルいヤツだよな……。
きっと今日、無風は一世一代の勇気を振り絞って告白してくれたはず。その気持ちや努力を想像すると、申し訳なさに胸が押し潰されそうになった。
無風の無償の優しさに甘えて逃げてしまう自分は、さぞ意気地なしに映っているだろう。
でも、それでも。
やはり今の自分にとって、無風の隣りで歩む未来は重いもので。
そう簡単に決められるものではなくて。
覚悟の足らない蒼翠には時間が必要なのであった。
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