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56話:無風の正体(★最愛の弟子のためなら……)
しおりを挟む薄紫の葉が茂る特殊な白樺の群生地に、無風たちはいた。
「っ、むふっ……んぐっ」
二十メートルほど離れた場所に憎悪に満ちた表情の炎禍と、緊張の面持ちの無風を見つけ、蒼翠は思わず叫びそうになる。が、やにわに隣から伸びてきた手に口を塞がれ、蒼翠はそのまま近くにあった茂みの中に押し込まれた。
「馬鹿者。ひとまず落ち着け。よいか、邪界の世継ぎともあろうもんが正式な許可もなく他人の従者を捕らえるなんぞ、よほどの理由があるとしか考えられん。無風を助けたいと逸る気持ちは分かるが、まずは状況を把握するのが先じゃろが」
抑えた声で語られた説明に、蒼翠は唇を噛みながら立ち上がりたい衝動を制する。
「一つ確認するが、お前さんのところに官衙からの遣いは来たか?」
官衙とは懲罰を管理する官庁のことだ。
「いえ、来ていません」
「じゃったら、無風が悪さをして捕まったというわけじゃないな」
邪界では罪を犯した場合、法を司る官衙が捕縛の許可を出し、捕快士が連行するのが一般的な流れだが、従者を捕らえる時は拘引する前に必ず主人に罪状を説明する決まりとなっている。それがないということは、炎禍のあれは許可のない連行だ。
「殿下は私的な理由で無風を捕らえた? 邪界じゃ御法度なのにどうして……」
私的制裁や私刑の禁を破れば、どんな高貴な者でも重罰の対象となる。これは皇太子であろうが例外にはならないのを、炎禍だって知っているはずだ。
では一体なぜ。状況を把握するため炎禍の言葉に耳を傾けた。
「――フンッ、虫ケラの分際で、いつもいつも私の邪魔ばかりしおって……」
「邪魔? なんのことか私には分かりかねます」
「黙れっ! 私が何も知らないとでも思っているのか。お前は私が蒼翠を訪ねる度に偽りを告げ、会えぬよう画策した。ようやく顔を合わせた時も姑息な手で次々と妨害したであろう!」
「そのような覚えはございません」
「ふん、あくまでとぼけるつもりか……」
炎禍の謂れのない言いがかりにも、無風は毅然とした態度で返している。その姿は清廉潔白な白龍族の皇太子そのもので、無風の生い立ちを知らない炎禍の配下たちは自然と滲み出る王者の気迫に押されていた。
「まぁいい、澄ました顔でいられるのもこれまでだ。罪深き咎人のお前には、ここで邪界の皇太子である私の剣によって天罰を受けてもらう」
「咎人?」
「フン、塵屑めが。この私を謀っただけでも十分万死に値するが、お前はそれ以上の、決して看過することのできぬ罪を犯した」
自信満々の顔を見せる炎禍に、無風の眉根がわずかに寄る。おそらく無風自身も自分がなぜこんな形で捕らえられているのか分からず、平静を装いながらがらも懸命に炎禍の言葉の意味を探っているのだろう。
その中、炎禍の口から思ってもみなかった言葉が吐き出される。
「まさか長年、蒼翠のもとで何食わぬ顔で居座っていたお前が、我らの仇敵である白龍族だったとはな!」
炎禍の憤怒の咆哮を耳にした蒼翠は、そのまま固まった。
なぜ、どうして炎禍が無風の秘密を知っているのだ。
瞬時に背筋が凍りつき、全身から冷や汗が噴き出る。同時に頭が驚愕と混乱で真っ白になった。
隣から同じように驚きを隠せない仙人に「皇太子が言っていることは本当なのか?」と問われるが、小刻みに唇の先だけを動かすことしかできない。
「殿、下……何を仰るのです……私は黒龍族です」
さすがの無風もまさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、戸惑いが顔に現れている。
「いや、お前は確かに白龍族だ。そうだな、半龍人よ」
「はっ」
炎禍の呼びかけに応えるよう、配下たちの群から一人の半龍人が前に出てくる。見覚えしかない鱗でデコボコした下膨れ顔に、しゃがれた声。
それは蒼翠のもとでずっと働いている、あの半龍人の男だった。
――なんであいつがこんなところに?
蒼翠は再度、大きく衝撃を受けた。半龍人は最近姿は見なくなったものの、今も蒼翠の配下として屋敷にいるはず。そんな男が炎禍と行動をともにすることなんてあるはずがない。
「皇太子殿下にご説明します。こやつ我が主、蒼翠様が十四年前に辺境より連れ帰った奴隷なのですが、詳しく調べたところどうやらこやつは近くにある聖界の村の者だということが分かりました」
炎禍の前で膝を着き、拱手をしながら半龍人が答える。
「聖界の村の出身……ということは白龍人で間違いないな?」
「はい。村の者に確認しました。こやつは二十年前に母親とともに村に流れ着き暮らし始めたそうですが、その時にはっきりと親子共ども白龍族だと告げたそうです」
得意げな顔で半龍人が語る無風の過去は、間違いのない真実だった。
しかし、どうして半龍人が今になってそんなことを調べたのだ。理解ができず呆然としていると、隣にいた仙人がぼそりと呟きを溢した。
「妬心じゃな……」
「え?」
「大方、無風ばかりがおぬしに重用されるのを妬んだのじゃろう」
だから同じように無風を疎んでいる炎禍に擦り寄った。きっと半龍人は長い時間をかけて無風の秘密を探り、確信を得たことでそれを報告したのだ。
真実を知ったとして最初に蒼翠に告げないあたりに、狡猾さが滲み出ている。
なんて男なのだ。自分の汚行が原因で信用を失っておきながら、徳を積むこともせず、再び人を陥れるとは。悔しさに奥歯を噛み締めていると、再び炎禍ががなった。
「白龍族がその穢れた身分を偽り、邪界に侵入した。さらに悪意を持って尊き皇族に近づいたとなれば、これは我ら黒龍族に対する大罪だ!」
炎禍の雄叫びに、半龍人と配下たちが共鳴する。
「蒼翠はもとより心が弱く皇族として毅然とした態度が取れぬゆえ、お前のような下賤な者に付け入られるなどという憂き目にあった。これはあやつの落ち度だ。しかし、だからと汚穢にまみれた家畜が好き勝手してよい理由にはならん!」
「っ、蒼翠様は心が弱い方ではありません! 誰よりも強く、お優しいお方です!」
今まで大人しく話を聞いていた無風が、突然鋭く目を吊り上げ炎禍を睨んだ。
「私のことはどれだけ罵ってくださって構いません。ですが! 蒼翠様を悪く言うのは、おやめくださいっ!」
炎禍の配下たちに囲まれているというのに、今にも飛びかからんとする勢いで無風が声を荒らげる。
瞬間、蒼翠はまずい、と眉をきつく顰めた。
どんな理由であれ、無風のような立場の者が皇太子に反論してはならない。それだけで不敬だと斬り捨てる正当な理由になってしまう。
はたして蒼翠の懸念は、わずか数秒で現実のものとなった。
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