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50話:炎禍再来①
しおりを挟む邪界で暮らしているからと、そうそう問題が起こることはない。これは蒼翠が爪弾きの皇子だからでもあるが、龍族の寿命は短くても三百年と長いため、日々が緩やかに感じるからかもしれない。
例えば一つ大きな事が起これば、三、四年は何もない月日が続くなんて普通のこと。そんな不変かつ平和な毎日を過ごしながら、とうとう迎えた無風の成人。
龍族の成人は二十歳。これまでと何が変わるか言われればそう大きな変化はないのだが、強いていえば女人を娶れるようになったぐらいか。あと、本来の慣わしに当てはめるのであれば、親代わりをしてきた蒼翠が剣と結った髪に載せる冠を渡すのだが、無風には聖君という父親がいるため自分が出しゃばってはいけないと剣を授けることは控え、冠だけを贈った。
小さいながらも最高級の金を使って造った、鳳凰が彫られた冠。蒼翠の象徴でもある幻鳥を施したのは、もちろん無風が誰よりも特別な存在であるから。この世界では皇族が自分の印を臣下に渡すことで「自分の命をも預けられる存在」と認める風習もある。蒼翠にとって無風は何の疑いもなく信じられる者であり、もし裏切られたとしてもきっと少しだって後悔は抱かない。そう思えたから鳳凰を贈った。
するとその意図が伝わったのか、無風は受け取った冠を宝物のように両手で包むと心の底から嬉しそうに微笑み、そして涙ぐみながら「一生大切にします」と言ってくれた。
「無風ももう二十歳か……」
出会った時はどうなるか分からなかったが、無事に成人を迎え肩の荷が下りた気持ちになったのは言うまでもない。
自分はちゃんと無風を育てきった。子育て経験なんて皆無だったのに、よくぞここまでと自分を褒めてやりたい――――が。
「でもまだ大きな問題が片づいていないんだよなぁ……」
無風には『本来の力を覚醒させて聖界に帰る』という運命がまだ残っている。本来のドラマ筋では蒼翠が無風の恋人・隣陽を殺し、その怒りから封じられていた力を取り戻すという展開だったのだが、こちらの世界では彼女は生きているし、未だ恋人にもなっていない。そのために時間軸が少しずれてしまっているのだろうが、それでもだいぶ本筋から遅れてしまっている。
――さて、どうしたもんか。
長椅子に座り休息をとっていた蒼翠は、茶器が置かれた机に肘を突いて指で眉間を揉む。だが――――。
「困ったな……」
こんなふうに頭を抱えながらも、本心では無風との暮らしが続いていることに嬉しさを覚える自分がいることに蒼翠は気づいていた。それも当然の話だ、何せこれでも十五年以上一緒にいるのだから、無風に対してそれなりの情を抱いていたってなんらおかしくもないだろう。
許されるのなら、このままずっと無風と暮らしていきたい。これは誰かが見ているドラマではないのだから、可愛い弟子と変わり者の仙人とで何も起こらない平穏を永遠に生きていたいとすら願う時だってある。それぐらい無風との日々は尊いのだ。
「蒼翠!」
と、未来を想像し感傷に浸りっていた時だった。突然部屋の外から名を呼ばれ蒼翠はハッと顔を上げる。
この声は。
「で、殿下?」
配下も引き連れず突然現れた邪界皇太子・炎禍に、蒼翠は目を丸くしながらも慌てて拱手する。
「畏まった挨拶など不要だ。それに殿下などと他人行儀に呼ばず、私のことはいつものように兄上と呼べばいい」
いや、いつも兄上なんて呼んでいなかったような。
蒼翠は心の中で盛大に首を傾げる。
「あの、それで突然どうなされましたか?」
「今日はお前に朗報を持ってきた」
「朗報?」
「聞いて驚くがいい。この度、私が指揮する邪界の軍が白龍族の皇太子を討った」
「えっ……?」
炎禍の言葉に、一瞬耳を疑った。この兄皇子は前回の白龍族将軍討伐失敗の罰でここ数年ずっと遠地に出ていたが、それが白龍族皇太子の討伐だとは思いもよらなかった。
聖界の現皇太子といえば無風の双子の兄のこと。彼は生まれてからずっと双子の弟の存在を知らされぬまま育ち、順当に白龍族皇太子に任命されたものの、ドラマ本編では志半ばで命を落とした。確か死因は特殊な病によるものだった。なのにどうして炎禍が討ったなんてことになっているのだ。
「これには邪君も大層喜ばれ、近く私のために盛大な宴を開いてくださるそうだ」
功績を挙げたのが余程嬉しいのか、炎禍はにやけが止まらない様子で自慢気に語る。が、蒼翠の頭の中はそれどころではなかった。
――聖界の皇太子を討っただなんて、相当やばいんじゃないか?
おそらく今頃、聖界は上を下への大騒ぎで大混乱に陥っているだろう。当然、復仇の話し合いも始めているはずだ。
金龍聖君での聖界と邪界との大規模戦争は本来、白龍族の力を覚醒させた無風が横暴の限りを尽くす邪君を制裁せんと起こしたものだった。だがこうなってしまったことで、無風覚醒前の開戦も十分有り得る話となってしまった。
もし今戦争が起これば、邪界は業火に包まれることになる。その時、現状のままだと無風は白龍族と戦うことになってしまう。
無風が本当の父である聖君を討つ。
それは、駄目だ。絶対に駄目だ。
「――――い、おい蒼翠!」
「え?」
強い口調で呼ばれ、思考の淵に沈み込んでいた蒼翠がハッと顔を上げる。
「なんだ聞いてなかったのか? まぁいい、今日は気分がいいから大目に見てやろう」
「あ……はい、申し訳ありません」
「それで今回の宴だが、私の隣にお前の席を設けてやろうと思ってな。それをわざわざ私自ら言いにきてやったのだ」
「殿下のお隣、ですか?」
なぜ突然そんなことを言い出すのか。いつもなら自分の席の周りは取り巻きの弟皇子やら気に入りの美女やらで固め、蒼翠なんて末席に追いやっているのに。真意が分からず言葉を詰まらせていると、スッと炎禍が手を伸ばし蒼翠の頬を撫でた。
「え……?」
「美しい……最近ますます綺麗になったな」
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