48 / 81
47話:怒りと助言
しおりを挟む「終わったことを悔やんでも仕方のない話じゃろう」
「そんなことは……分かってます」
「あれがあやつの、無風の望みだったんじゃ。噛み砕けない気持ちも分からんではないが、受け入れてやることも主の務めなのではないのか?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
頭では理解できても、気持ちがまだ追いつかない。蒼翠は発散できない悔いを眉間の皺に刻みながら、唇を噛み締める。
「ワシは十分に立派じゃったと思うぞ。師の一人として、賞賛を贈りたいぐらいにな」
お前さんは違うのかと問われ、蒼翠は反論できず視線を逸らす。
――本当は俺にだって無風を誉めてやりたい気持ちはある。
けれどあの日のことを思い出すと、どうしても恐怖と震えが止まらなくなって素直に頷くことができない。
「お前さんも強情じゃな。そんなんじゃ無風は浮かばれんぞ?」
「これは強情とかいう問題では…………ん? 浮かばれない?」
なにか変な言葉を聞いたぞ。
「仙人……今気づきましたけど、さっきから無風が死んだみたいに話してませんか?」
「ほっほっほっ。なんのことじゃか」
わざとだ。これは完全に黒だ。
「縁起でもないこと言わないでください。無風は死んでませんし、それどころかかすり傷ひとつ負ってません!」
あの妖との戦いに無風は勝っている。しかも完全勝利という形で。
無風は蒼翠から剣を奪った後、たった一人で妖と対峙するやいなや、目を疑うほどの強さであの巨体を討った。そして負傷した兵たちまで一人残らず助け出したのだ。
「であるなら何も問題はなかろうて。あやつのことも兵たちに隠すことができたんじゃろ?」
「それはなんとか……」
無風は蒼翠の側仕えとして置いているゆえ外部の者は皆、無風を戦えぬ者として認識している。屋敷の者も無風が修行をしていることは知っているが、それも「自分の身を守れる程度」としか思っていない。そんな無風が将軍よりも強いと知られれば、炎禍皇太子をはじめとする兄皇子たちの目に留まって厄介なことになるうえ、下手をしたら私兵を育てていると謀反まで疑われてしまう。
そういった繊細な状況下で無風のことを隠し通せたのは、討伐に蒼翠の剣が使われたからだ。
この世界での剣は名剣になればなるほど、斬った時に特殊な刀跡が残る。邪君なら黒龍の印、炎禍なら獄炎、そして蒼翠は鳳凰の羽といったように。そのため今回は刀跡から蒼翠が妖を討ったという形となり、無風の存在を隠すことができたのだ。無論、邪君には「将軍が最後に放った一撃が致命傷となったため、運よくとどめを刺すことができた」と報告し、蒼翠が非力なままであることも強調しておいた。これで自分も無風も変に注目されることはないだろう。
と、ここまで完璧にことは進んではいるのだが、では何に悔やんでいるかといえば、やはりあの時無風を一人で行かせてしまったことだ。
「まぁ、お前さんたち二人の問題じゃて、いくらでも好きにやればよいが……」
「なんです?」
「いや、あまり過去ばかり見ていると、また大事なものを見失うことになるぞ?」
以前あった、無風の不調の時のように。
「え?」
仙人に言われて蘇ったのは、数年前、成長期の無風が足の痛みを隠していた時の記憶だった。
「それどういうことです? まさか無風に何かあったんですか?」
「さぁなぁ。あったとしてもそれに気づかなければならんのは、主であるお前さんじゃろうて」
こういう時、仙人はヒントはくれど答えはくれない。自分の人生なのだから、自分でなんとかしろというのが信条だからだ。それは重々理解できるし、この世界でこれからも生きていくにはそれが当然であることも承知できる。
であるけれど今すぐに答えを知りたい時は、実はちょっと腹が立つ。それが無風に関することなら余計に。
「…………ちぇっ、別に教えてくれたっていいのに」
意地クソ悪いな。
「ほっほ、意地クソ悪くて悪かったのぉ」
「えっ! なんで俺が思ってること……」
「お前さん、少しは仏頂面の修行したほうがいいぞ」
「うっ……」
思ってることが全部顔に出ていると指摘され、蒼翠はばつの悪さに視線を逸らす。
「う、うるさいですよ。これでも邪界で一、二位を争う美貌の持ち主なんですから、俺に仏頂面なんて必要ありません!」
「まーた自分で自分のことを美しいなどと言いおって……」
「本当のことだから仕方ないでしょう」
これが葵衣の顔だったら嘘でもそんなことは言えないが、この顔は借り物みたいなものなのでいくらでも褒めちぎろうが恥ずかしさなんてない。
「はぁ……お前さん、そのうち痛い目に遭うぞい」
盛大なため息をつきながら、仙人が眉間を揉む。
「大丈夫ですよ、身内以外の前ではちゃんとしてますから。さて、今はそんなことより無風が気になるので、もう行きますね」
つい小半刻前まで怒っていたのも忘れ、蒼翠は足早にその場から去る。そんな身勝手な男の背中を見ながら仙人が「その身内に痛い目に合わされることもあるんじゃぞ。色んな意味でな」と呟くも、当然ながら蒼翠に聞こえるはずがなかった。
・
・
・
22
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。
黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。
そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。
しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの?
優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、
冒険者家業で地力を付けながら、
訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。
勇者ではありません。
召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。
でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる