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42話:妖討伐①
しおりを挟む邪君からの勅命はいつも突然だ。
「偉大なる邪君より、第八皇子・蒼翠に命ずる。東の湿地帯に我が国に害を成す妖が現れたとの報告があったゆえ、黒邪軍を率いて即時討伐せよ」
父であり、邪界の王である邪君からの勅書を太監から受け取ると、蒼翠はすぐに出征の準備に取りかかった。
邪君の命令は基本的に拒むことはできない。これまでもこうやって突然やってきた勅書を膝をついて受け取り遂行してため、準備はもう手慣れたものだと、蒼翠は屋敷の者たちに細かく指示を出し、出征に必要なものを用意させる。
――まぁ、どうせ今回も軍隊の統率者兼、問題が起こった時の責任押しつけ係として選ばれただけだろうな。
なので自分は兵が妖を討伐するまでの時間、暇を潰していればいい。軽く考えながら茶や書物などを選んでいると、隣で着物の準備をしていた無風が緊張の面持ちで声をかけてきた。
「蒼翠様、少しよろしいでしょうか?」
「ああ」
「あの……急なのですが、一つお願いがあります」
「言ってみろ」
「今回の出征に、私も同行させていただけないでしょうか?」
「え? 同行?」
無風の願いを聞いた蒼翠は、思わず瞠目してしまった。
これまで一度も無風を公務に連れて行ったことはなく、この屋敷からは蒼翠一人で行くことが普通になっていた。それなのに突然どうしたというのだ。
「ダメでしょうか?」
別に邪君から従者を伴うことを禁じられてないため、ダメというわけではない。ないのだが。
「うーん……………………ダメだな」
「っ、なぜですか?」
「これは公務だし妖退治は危険な任務だから、お前を連れて行くわけにはいかない」
「危険な任務だからこそ、ご一緒したいのです。蒼翠様にもしものことが、と考えると私は夜も眠れません」
「今回の討伐には精鋭部隊である黒邪軍が同行する。俺はいつもどおりお飾りの指揮官で行くだけで、妖退治は兵たちが勝手に終わらせるだろうから俺にもしも、なんてことはない。心配するな」
無風の訴えに対し、もっともらしい返答をする。
しかし実はその内心で、蒼翠は強い焦りを感じていた。
――絶対、あの姿を無風に見せるわけにはいかない。
けれどもあらゆる意味で聡明な弟子は引き下がる様子を見せず、それどころか不思議そうな顔で首を傾げた。
「蒼翠様?」
「なんだ?」
「今回の任務は危険なのですか? 安全なのですか?」
「だから危険……」
途中まで言って不意に気づいてしまう。
今、自分は真逆のことを無風に言っていたと。
「あ……」
「危険ならば私が命をかけても蒼翠様をお守りしますし、安全であるなら公務中の蒼翠様のお世話をしたく思います」
完全に揚げ足をとられ言葉を失う。いや、奪われてしまった。本当ならすぐに別の反対理由を突きつけて諦めさせるのだが、成長してから人一倍、いや人三倍頭が切れるようになった無風相手に一瞬でも劣勢を見せてしまえば、もう次に何を言ってもその効力は無となることが蒼翠には痛いぐらいに分かっている。
やってしまった。
ニッコリと満面の笑顔を浮かべる無風を見て、蒼翠はさらに気づく。
「無風……お前、俺が言い損じるよう誘導したな?」
「そんな、滅相もございません」
嘘だ、その顔は絶対に嘘だ。この男は初手で見せたあの緊張の面持ちの時から計画を始めていたのだ。
「公務に差し障るようなことはいたしません。蒼翠様の命令にも絶対に従うと誓いますから、どうか同行をお許しください」
作戦が成功して笑っていた顔が、再び真面目な面持ちになる。ただ、こちらをじっと見つめる双眸がかすかにだが揺れていて、そこにある緊張が今度は本物なのだと分かった。
これは無風の本気の望みなのだろう。
気づいてしまうと、もうだめだった。ダメだと首を横に振る選択肢が蒼翠の中からなくなる。
結局、無風には勝てないのだ。
「……公務中、何を見ても笑うなよ。文句だって受け付けないからな」
「はい、お約束します」
許可を得た無風が、ホッとした様子で安堵の息を吐く。嬉しそうだ。その姿もまた、可愛いと思ってしまう。ただ――。
――もしこれも含めて計算の内だったら、うちの弟子は末恐ろしいなんてものじゃないな。
ドラマの無風も非凡な才覚の持ち主で、次々と起こる問題を鮮やかに解決していたし、時には巧みな話術で他者を動かしたりもしていた。その姿を思い出すと目の前にいる無風も同じなのではと一瞬思ってしまったが、それを今ここで突き詰めたとしても結局徒労で終わるような予感がして、早々に脳内から追い出したのだった。
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