中国ドラマの最終回で殺されないために必要な15のこと

神雛ジュン@元かびなん

文字の大きさ
上 下
42 / 81

41話:無風の部屋

しおりを挟む



 無風の自室は、想像以上に無風そのものだった。


「……何もない」
「だから言ったではありませんか。面白くないと」
「なぁ俺、そんなにお前の給金ケチってたか?」
「いえ、十分すぎるぐらいいただいていますよ」


 十分すぎると言う割には、部屋が不十分すぎる。
 今や無風は筆頭従者なので十分な給金と、蒼翠そうすいほどではないが相応に広い部屋を与えていた。なのに部屋にあるのは寝台と書棚、あとは急須と茶碗が乗った机と一脚の椅子だけ。他は何もなくガランとしていて、二人の喋り声が反響するほどだ。
 
 
 ――なんだ? 無風はミニマリストなのか? 日本でも人気だったけど、何千年も前からトレンドを先取りしてるのか?
 
 
 確かに屋敷での仕事に修行と、やることの多い無風がこの部屋で過ごす時間は少ない。日によっては寝るだけの時もあるだろう。だけれど、それでもこれは物がなさすぎる。
 

 ――俺、無風の主人としての自信なくしそう。
 
 
 本当は給金が足らないのではないのか、無風に無理をさせているのではないのかと少々落ち込みながらも蒼翠は部屋を回り、唯一の娯楽ともいえる書棚の前に立つ。すると棚には霊術や体術の指南書の他に、おそらく先ほど使った香箱が置いてあっただろう空間、そして――――。
 
 
「ん? これ……」


 なぜか自然と目線が着く一番いい場所に古ぼけた小さな薬椀がポツリと置いてあって、蒼翠は首を傾げた。
 もしこの本棚が飾り棚であったならば、このこの場所は高価な装飾品を置くような位置だ。そんなところにどうしてどこにでもあるような薬椀が置いているのだろう。


「無風、これは?」


 思い入れのあるものであれば無闇に触ってはいけないと、薬椀を指差すだけで尋ねる。
 
 
「それは……あの……」
「言いにくいものか? だったら別に無理に説明せずとも――」
「いいえ、そんなことはありません。薬椀はその……蒼翠様が初めて私に下さった薬が入っていたものです」
「ん? 初めて? いつのことだ?」
「私がこの屋敷に来てすぐです。怪我をした私を蒼翠様は自室に呼んで下さり、傷を治す湯薬を用意してくれた。その時のものです」
「あっ……」


 話を聞いて、蒼翠の中の古い記憶が蘇る。あれは葵衣が金龍聖君の世界に来た直後。蒼翠破滅エンディングに大きく関わる無風と出会わないよう生きると決めた矢先に、半龍人はんりゅうじんが幼い無風に暴力を振るったとの知らせが舞い込んできた時のことだ。
 あの時はたしか、絶望に打ち震えながら薬湯を無風に飲ませた。そんな覚えがある。


「あの時のっ?」
「はい。あの時の私はなぜ自分がこの屋敷にいるのか分からず、怖くて周りにいた人たちすべてを警戒していました。そのせいで蒼翠様にも怪我を負わせてしまい……」

 そうだった。保護されたばかりの猫みたいに警戒した無風に、カブっとやられた記憶もある。  

 
「ハハッ、あれはただ甘噛みされただけだ。少しも痛くもなかったぞ」
「ですが蒼翠様の好意を拒んだこと、今でも悔やんでいます」
「それでこの薬椀を?」
「それもあります。ですが、それ以上に私にとっては蒼翠様の優しさを初めて感じた嬉しい思い出でもあるので、残してあるのです」


 湯薬を飲んだ後、どうしても手放すことができず服の中に隠して持っていたのだと語る無風の姿に、キュンと胸が絞めつけられる。
 ああ、うちの子はなんて健気で可愛いのだろうか。これが父性なのか否かは子どもを持ったことがないゆえ分からないが、とにかく。
 
「無風」

 今は無風が愛おしくてたまらない。
 蒼翠は無意識に一歩踏み出し、無風を抱き締めていた。
 
 
「そ、蒼翠様?」
「大きくなったな」

 突然のことに無風の全身が驚き固まる。頭上からは戸惑う様子が見なくてもありありと伝わってきたが、蒼翠はそんな無風の背に回した腕に力をより込めた。


「ここに来たときは小動物みたいに小さくて、触ったら壊れるんじゃないかって思ったけど、本当、この邪界でよくここまで強く優しい子に育ってくれた。お前は俺の自慢だよ、無風」
「それはすべて蒼翠様のおかげです。慈悲深い貴方様がこの屋敷に置いてくださったから、ここまで育つことができました。ですから私にとっても蒼翠様は自慢の主です」


 ぎこちない動きだったが、無風もまた抱きしめ返してくれる。その腕は長く、逞しく、立派な大人そのもので、ここへ来た頃の柔らかさはなかったが、蒼翠には無風の力強さが頼もしかった。
 この強さがあれば、無風はどこでも生きていける。
 蒼翠の屋敷の外でも、邪界の外でも、聖界でも。
 
 
 きっとそう遠くない未来、無風は生まれた場所に帰る。それは運命で決まっている。その日を想像すると少しばかり寂しさを感じるけれど、こんな邪悪に染まった世界から出ていけるのならそのほうが絶対にいい。
 
 
 未来の聖界皇太子。未来の聖君せいくん
 万人に讃えられる王となった無風の姿を、直接この眼で見ることができるかどうか分からない。いや、見られない可能性のほうが高いけれど、その時にこの愛おしい子が笑顔で暮らしているなら、それで十分に幸せだと思った。


「いつか一人前になれる日が来た時には、この御恩は必ずお返ししますから」
「必要ない。俺はお前が元気でいてくれるだけで十分だ」
「いいえ、それでは私の気が収まりません。私の一生をかけて、蒼翠様を幸せにしてみせますから」
「ハハッ、なんだそれは。まるで求婚みたいだな」


 無風の言葉があまりにも場違いで笑ってしまう。この弟子は時折、こうして言葉の選択を誤るときがあるが、それもきっと外の世界で異性と触れ合う機会が少ないからだろう。そこだけはどうにか早めに学ぶ機会を与えてやらないと、将来の相手に呆れられてしまう。
 そんな心配をしながら抱擁を解く。
 

「……え、お前、なんでそんなに顔が真っ赤なんだ?」
「い、いえ。これは別に、なんでもありません」


 今の会話に赤面する要素があったらだろうか。


「だったら感冒かんぼうか? だったら休まないと……」
「感冒でもありません。元気です。本当に大丈夫です」
「そう……か?」
「はい。あの、せっかくですし、そろそろ蒼翠様が作ってくださった香を試してみませんか?」
「お、そうだった。忘れてた」

 この部屋に来た一番の目的をすっかり忘れていた。蒼翠は自室から持ってきた予備の香炉を机の上に置き、調合した香を入れる。
 
「いい匂いになるといいな」
「大丈夫ですよ。では、火を点けますね」


 無風が着物の懐から火種が入った竹筒を取り出し、香に灯す。すると程なくして部屋にふわりと白檀びゃくだんの芳香が流れ始めた。
 優しくて、気品があって、無風にぴったりな香りだ。
 

「どうだ?」
「とてもいい香りです。それに、焚いてみて改めて思いましたが、すごく私の好みです。嗅いでいると心が落ち着くというか、張り詰めた気が和らぐというか……」
「それは何よりだ。よし、ではこれから無風の香担当は俺だな」
「え、蒼翠様がっ?」
「なんだ不満か? 技術がなさすぎて心配だから、自分で作ったほうがマシだってか?」


 間違ってはないが面と向かって言われると、ちょっとへこむな。と苦い顔をしていると、無風は取れるんじゃないかというほど激しく首を横に振って否定した。


「め、滅相もありません。ただ蒼翠様の手を煩わせてしまうのが心苦しいのと、邪界で手に入る白檀は伽羅きゃらにも並ぶほど高価なものなので……」
「こう見えて俺は皇子だぞ? 別に毎日酒盛り宴会してるわけじゃないし、骨董品を集める趣味もない。お前の香を買うぐらいの蓄えはある…………よな?」
 

 咄嗟に大口を叩いたが、途中で屋敷の財産を管理しているのは無風だったことを思い出して、語尾が弱くなる。
 そんな蒼翠を見て、無風はやれやれといった様子で溜息を吐いた。
 
 
「確かに蓄えは十分にありますが……」
「やった。じゃあ決まりだ!」


 今まで無風に世話をして貰いっぱなしだったが、自分も無風のためにやれることがある。それだけで嬉しくて仕方がない蒼翠は、香炉から登る煙を見つめ、そっとはにかんだ。
 
 無風との楽しい記憶が、また一つ増える。

 これで来るべき日がやってきた後、きっと自分は白檀が香る中、思い出に微笑みながら余生を過ごすことができるだろう。
 今はそのための準備期間。
 
 
「また一緒に香を作ろうな。いや、香だけじゃなくいろんなものを一緒に作ろう」 
 
 
 そう、準備期間なのだ。







しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...