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30話: 恋を応援してあげましょう②
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隣陽は薬草採取のために入った森で獰猛な野犬に襲われ、崖から足を滑らせて命を落とした。
が、それはすべて蒼翠が仕組んだ罠だった。
ドラマの蒼翠は、何度も聖界の町に足を向ける無風に気づき、ある日その後を追った。そこで二人が恋仲であることを知り、面白がって隣陽に野犬を放ったのだ。
『白龍族の女が死んだのは、お前のせいだ、無風。これは、お前のような下賤の者が分不相応な行動を取った罰だと思え』
蒼翠は嫌らしく笑って、無風に壮絶な現実を突きつけた。
あの時の無風の悲嘆は、画面越しに見ているこちらの胸が潰れそうになるほど凄まじいものだった。あまりにも非道すぎる展開に、葵衣ですら激しい怒りを覚えたぐらいだ。
そして、それは無風も同じだった。
隣陽の死を知って、無風は生まれて初めて心の底からの憤怒を募らせた。蒼翠をこの手で殺してやりたい。
感情を爆発させた無風は、ここで封じられていた白龍族の力を解放させた。
と、ここまでが葵衣が見ていたドラマ本編の内容だ。だが。
当然ながら今回は隣陽を殺すなんて物騒な真似は絶対にしない。葵衣が転生した蒼翠の目標はドラマの真逆の、そう、無風と隣陽の恋を成就させることだ。
今までは無風の成長を見守るだけだったが、これからはもう時を待つだけではだめだろう。
無風の将来を幸せにすることは、自分の未来を救うことと同義。そのために自分から行動していかなければ。
心配なのは隣陽を守ることで無風の覚醒のきっかけがなくなることだが、こちらはわざわざ無風を辛い目に遭わさずとも、このまま仙人との修行を続けていればなんとかなるんじゃないかと思っている。
とりあえず、ドラマオタク兼ハッピーエンド至上主義の自分的には、無風には何がなんでも幸せになって欲しい。これが密かな野望の一つだ。
それなのに――。
「確かに故郷ではありますが、さほど行きたいとは……知り合いもいませんし」
返ってきたのは、蒼翠の思惑を見事打ち崩す淡白な返事だった。
「いやいやいや、子どもの頃に育った場所だろう? 懐かしく思わないのか?」
「育ったといっても幼かったので記憶が薄くて。ですので私の故郷というなら、一番長く暮らしているこの屋敷になりますね」
「おい、ちょっと待て。黒龍族皇子の屋敷が故郷なんて言ったら聖君……いや、親が泣くぞ?」
思わずネタバレしてしまいそうになったが、なんとか喉の奥に押し込んで耐える。
「大丈夫です。亡くなった母上はとても優しい方で、私が変わらず私で有り続けるなら、どんな場所にいても幸せに暮らせるとおっしゃってくださいましたから」
それはおそらく『聖界で』という意味であって、育ての親である聖界皇后の侍女も無風が邪界に行くだなんて微塵も思っていなかったはず。
――まずいな。どうすればあの町に行ってくれるんだ。
このままでは命をかけてまで無風を守った侍女にも申し訳がない。
――かくなる上はドラマのように嫌がらせをして、聖界に癒やしを求めるよう仕向けるか。
そこまで考えて、蒼翠はすぐに首を横に振った。
――いや、ダメだ。今さらそんなことをしたところで修行の一環だと勘違いされるだけだし、逆に度が過ぎれば恨みの種になってしまう。
何か恨みを抱かず、自然と故郷の村に、そして隣陽がいる聖界の町に行きたくなるような案はないのか。蒼翠は思考を巡らせて捻り出す。と、不意に神の啓示であるかのごとき妙案が降りてきた。
「そうだっ。――――無風、では俺が行ってこよう」
「蒼翠様がですか? どうしてですか?」
「単にお前が育った場所を見てみたいだけだ。それに以前から師として、一度はお前のご母堂の墓に成長の報告もしたいと思っていたしな。ということで、こういうのは思い立ったが吉日だ。俺はこのまま行くから、後は頼む」
「ええっ、今からですかっ? ではせめてしっかりと準備を整えてから……」
「嫌だ。俺が今から行くと決めたのだから、今すぐ行く」
融通の利かない幼子よろしく言い退けると、無風は慌てた様子でこちらに近づいてきた。
「わ、分かりました、すぐに準備を致しますので少しだけお待ちくださいっ。それと私もご一緒させていただきますから」
「お前、村に興味はないんだろう?」
「だとしても蒼翠様をお一人でなんて、危険なので絶対にダメですっ」
「……俺、そんなに弱そうに見えるのか?」
「力の強弱は関係ありません。蒼翠様のような麗しい方をお一人にして、もしもならず者にでも囲まれたら……」
それは十分力の強弱に関係していると思うのだが、こちらの解釈違いか何かか。あと麗しい云々も今必要な話なのか。
──まぁ、よく分からないけど、無風を連れ出すことはできそうだから、ひとまずよしとするか
蒼翠は慌ただしく出かける用意を始める無風を微笑みながら眺めると、邪魔をしないよう静かに茶を啜るのであった。
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が、それはすべて蒼翠が仕組んだ罠だった。
ドラマの蒼翠は、何度も聖界の町に足を向ける無風に気づき、ある日その後を追った。そこで二人が恋仲であることを知り、面白がって隣陽に野犬を放ったのだ。
『白龍族の女が死んだのは、お前のせいだ、無風。これは、お前のような下賤の者が分不相応な行動を取った罰だと思え』
蒼翠は嫌らしく笑って、無風に壮絶な現実を突きつけた。
あの時の無風の悲嘆は、画面越しに見ているこちらの胸が潰れそうになるほど凄まじいものだった。あまりにも非道すぎる展開に、葵衣ですら激しい怒りを覚えたぐらいだ。
そして、それは無風も同じだった。
隣陽の死を知って、無風は生まれて初めて心の底からの憤怒を募らせた。蒼翠をこの手で殺してやりたい。
感情を爆発させた無風は、ここで封じられていた白龍族の力を解放させた。
と、ここまでが葵衣が見ていたドラマ本編の内容だ。だが。
当然ながら今回は隣陽を殺すなんて物騒な真似は絶対にしない。葵衣が転生した蒼翠の目標はドラマの真逆の、そう、無風と隣陽の恋を成就させることだ。
今までは無風の成長を見守るだけだったが、これからはもう時を待つだけではだめだろう。
無風の将来を幸せにすることは、自分の未来を救うことと同義。そのために自分から行動していかなければ。
心配なのは隣陽を守ることで無風の覚醒のきっかけがなくなることだが、こちらはわざわざ無風を辛い目に遭わさずとも、このまま仙人との修行を続けていればなんとかなるんじゃないかと思っている。
とりあえず、ドラマオタク兼ハッピーエンド至上主義の自分的には、無風には何がなんでも幸せになって欲しい。これが密かな野望の一つだ。
それなのに――。
「確かに故郷ではありますが、さほど行きたいとは……知り合いもいませんし」
返ってきたのは、蒼翠の思惑を見事打ち崩す淡白な返事だった。
「いやいやいや、子どもの頃に育った場所だろう? 懐かしく思わないのか?」
「育ったといっても幼かったので記憶が薄くて。ですので私の故郷というなら、一番長く暮らしているこの屋敷になりますね」
「おい、ちょっと待て。黒龍族皇子の屋敷が故郷なんて言ったら聖君……いや、親が泣くぞ?」
思わずネタバレしてしまいそうになったが、なんとか喉の奥に押し込んで耐える。
「大丈夫です。亡くなった母上はとても優しい方で、私が変わらず私で有り続けるなら、どんな場所にいても幸せに暮らせるとおっしゃってくださいましたから」
それはおそらく『聖界で』という意味であって、育ての親である聖界皇后の侍女も無風が邪界に行くだなんて微塵も思っていなかったはず。
――まずいな。どうすればあの町に行ってくれるんだ。
このままでは命をかけてまで無風を守った侍女にも申し訳がない。
――かくなる上はドラマのように嫌がらせをして、聖界に癒やしを求めるよう仕向けるか。
そこまで考えて、蒼翠はすぐに首を横に振った。
――いや、ダメだ。今さらそんなことをしたところで修行の一環だと勘違いされるだけだし、逆に度が過ぎれば恨みの種になってしまう。
何か恨みを抱かず、自然と故郷の村に、そして隣陽がいる聖界の町に行きたくなるような案はないのか。蒼翠は思考を巡らせて捻り出す。と、不意に神の啓示であるかのごとき妙案が降りてきた。
「そうだっ。――――無風、では俺が行ってこよう」
「蒼翠様がですか? どうしてですか?」
「単にお前が育った場所を見てみたいだけだ。それに以前から師として、一度はお前のご母堂の墓に成長の報告もしたいと思っていたしな。ということで、こういうのは思い立ったが吉日だ。俺はこのまま行くから、後は頼む」
「ええっ、今からですかっ? ではせめてしっかりと準備を整えてから……」
「嫌だ。俺が今から行くと決めたのだから、今すぐ行く」
融通の利かない幼子よろしく言い退けると、無風は慌てた様子でこちらに近づいてきた。
「わ、分かりました、すぐに準備を致しますので少しだけお待ちくださいっ。それと私もご一緒させていただきますから」
「お前、村に興味はないんだろう?」
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「力の強弱は関係ありません。蒼翠様のような麗しい方をお一人にして、もしもならず者にでも囲まれたら……」
それは十分力の強弱に関係していると思うのだが、こちらの解釈違いか何かか。あと麗しい云々も今必要な話なのか。
──まぁ、よく分からないけど、無風を連れ出すことはできそうだから、ひとまずよしとするか
蒼翠は慌ただしく出かける用意を始める無風を微笑みながら眺めると、邪魔をしないよう静かに茶を啜るのであった。
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