上 下
25 / 81

24話:無風のひとりごと<主の公務>

しおりを挟む

 朝は雄鶏が鳴く前に起きて身体を動かす。それからあるじの朝支度のための用意をして、厨房係の人が作った食事と一緒に運ぶ。
 主が起きるのは夜が明けてから。どうやら主は少しだけ朝が弱いらしく、いつも起き抜けは放心していることが多いので、完全に覚醒するまで隣で待機することが大切だ。
 
 朝餉を終えた後は職務の時間。主の父君ふくんである邪君じゃくんから届く書簡しょかんに難しい顔をしながら一通り目を通し、配下に必要な仕事を割り振っていく。その仕事を終えて昼餉を取った後は、屋敷近くの森や川辺で茶を飲みながら修行の付き添いをしてくれる。
 
 夜は湯浴みをして、夕餉を取って、就寝までに余裕がある時は書物による指南の時間になる。
 
 
『無風、勉強熱心なのは感心だが、心身の成長には睡眠も必要だ。お前は朝も早いのだから、根を詰めすぎるなよ』
 
 
 いぬの刻が近づくと、主は必ずそう言う。
 早く強くなるためにもっと本を読みたい、と思うけれど、主が寝ることを優先させろというのであればそれに従うのが自分の役目。絶対に逆らうことはしないのだが―― 。

 
 ―― 蒼翠そうすい様も目が真っ赤だ。

 
 命令よりも何よりも、どうやら夜も弱いらしい主が眠たそうなので早く寝かせてあげたいというのが本音だ。
 
 主と自分の一日は、ざっとこんな感じである。


「では、部屋に戻ります」
「ああ。今夜は少し冷えるようだから、暖かくして寝るんだぞ」
「はい、気をつけます」


 主の就寝準備を済ませ、寝台に横になったところを確認してから一日の最後の挨拶を告げる。
 実は、この時間があまり好きではないことに最近気づいた。
 自分は従者であり弟子でもあるので、朝から夜までずっと主と共に過ごせるけれど、夜寝る時だけは離れないといけない。それが少し寂しいと、思ってしまうのだ。
 また朝になれば主と会える。それは分かっているのに、どうしても離れたくない。でも、きっとそんなことを言えば『八歳にもなってまだ一人で眠れないのか? ガキだな』と主に嫌われる。それだけは絶対に避けたい。
 

「ああそうだ、お前に伝えておくことがあった」


 自室に帰ろうとするところを呼び止められ振り返ると、半身を起こした主がいつもになく真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「明日は早朝の内に屋敷を出る。日中、修行を見てやることができないから、仙人の指示に従え」
「早朝に? お仕事ですか?」
「ああ邪君からの命でな……」

 そう語った主の顔に、一瞬翳りが落ちる。
 その瞬間にすべてを察した。
 
 ――ああ、またか……。
 
 主は邪界の皇子おうじ。だからこそ約束された地位に財産と、多くものを生まれつき手にしているが、同時に皇子だからこそ避けて通れないものがある。それが邪君からの命令、つまり皇子としての役割だ。

 主は屋敷での仕事が多く、あまり屋敷の外へ出ることはない。だけど時々、いつもの書簡ではなく黒の龍が刺繍された巻物が届くと、決まって主は強張った表情を浮かべて遠出する。
 そうして、必ず辛そうな顔をして帰ってくるのだ。
 
 邪君からの命令がどんなものかは分からない。けれど楽しいものではないことは学のない自分でも分かる。

「では、私もいつもより早くに起きて蒼翠様をお見送りします」
「いや、見送りは結構だ」
「え……?」
「いつも言っているだろう。お前ぐらいの歳の者は大人以上に睡眠を取らないと成長の妨げになると」

 自分の世話で睡眠を削る必要はないと主は言う。
 
「ですが、蒼翠様のお世話は私の仕事です」
「主である俺が必要ないというんだ。ならそれ受け入れるのも、お前の役目だろう」
「それは……」

 命令と言われてしまうと、こちらはそれ以上のことはいえない。
 

「分かったのならさっさと寝ろ」
「…………はい」

 こんな時、自分にもっと力があったなら、と悔しくなる。主の隣に並べるぐらいの力があれば出発の手伝いだけでなく、職務そのものの補佐ができるのに。
 やはり早く力を得なければ。そのためにはもっともっと修行が必要だ。明日、仙人と会ったら鍛錬を今の倍にして貰おう。 
 そう心に強く決めて、自室へと戻った。
 
 




 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

処理中です...