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24話:無風のひとりごと<主の公務>
しおりを挟む朝は雄鶏が鳴く前に起きて身体を動かす。それから主の朝支度のための用意をして、厨房係の人が作った食事と一緒に運ぶ。
主が起きるのは夜が明けてから。どうやら主は少しだけ朝が弱いらしく、いつも起き抜けは放心していることが多いので、完全に覚醒するまで隣で待機することが大切だ。
朝餉を終えた後は職務の時間。主の父君である邪君から届く書簡に難しい顔をしながら一通り目を通し、配下に必要な仕事を割り振っていく。その仕事を終えて昼餉を取った後は、屋敷近くの森や川辺で茶を飲みながら修行の付き添いをしてくれる。
夜は湯浴みをして、夕餉を取って、就寝までに余裕がある時は書物による指南の時間になる。
『無風、勉強熱心なのは感心だが、心身の成長には睡眠も必要だ。お前は朝も早いのだから、根を詰めすぎるなよ』
戌の刻が近づくと、主は必ずそう言う。
早く強くなるためにもっと本を読みたい、と思うけれど、主が寝ることを優先させろというのであればそれに従うのが自分の役目。絶対に逆らうことはしないのだが―― 。
―― 蒼翠様も目が真っ赤だ。
命令よりも何よりも、どうやら夜も弱いらしい主が眠たそうなので早く寝かせてあげたいというのが本音だ。
主と自分の一日は、ざっとこんな感じである。
「では、部屋に戻ります」
「ああ。今夜は少し冷えるようだから、暖かくして寝るんだぞ」
「はい、気をつけます」
主の就寝準備を済ませ、寝台に横になったところを確認してから一日の最後の挨拶を告げる。
実は、この時間があまり好きではないことに最近気づいた。
自分は従者であり弟子でもあるので、朝から夜までずっと主と共に過ごせるけれど、夜寝る時だけは離れないといけない。それが少し寂しいと、思ってしまうのだ。
また朝になれば主と会える。それは分かっているのに、どうしても離れたくない。でも、きっとそんなことを言えば『八歳にもなってまだ一人で眠れないのか? ガキだな』と主に嫌われる。それだけは絶対に避けたい。
「ああそうだ、お前に伝えておくことがあった」
自室に帰ろうとするところを呼び止められ振り返ると、半身を起こした主がいつもになく真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「明日は早朝の内に屋敷を出る。日中、修行を見てやることができないから、仙人の指示に従え」
「早朝に? お仕事ですか?」
「ああ邪君からの命でな……」
そう語った主の顔に、一瞬翳りが落ちる。
その瞬間にすべてを察した。
――ああ、またか……。
主は邪界の皇子。だからこそ約束された地位に財産と、多くものを生まれつき手にしているが、同時に皇子だからこそ避けて通れないものがある。それが邪君からの命令、つまり皇子としての役割だ。
主は屋敷での仕事が多く、あまり屋敷の外へ出ることはない。だけど時々、いつもの書簡ではなく黒の龍が刺繍された巻物が届くと、決まって主は強張った表情を浮かべて遠出する。
そうして、必ず辛そうな顔をして帰ってくるのだ。
邪君からの命令がどんなものかは分からない。けれど楽しいものではないことは学のない自分でも分かる。
「では、私もいつもより早くに起きて蒼翠様をお見送りします」
「いや、見送りは結構だ」
「え……?」
「いつも言っているだろう。お前ぐらいの歳の者は大人以上に睡眠を取らないと成長の妨げになると」
自分の世話で睡眠を削る必要はないと主は言う。
「ですが、蒼翠様のお世話は私の仕事です」
「主である俺が必要ないというんだ。ならそれ受け入れるのも、お前の役目だろう」
「それは……」
命令と言われてしまうと、こちらはそれ以上のことはいえない。
「分かったのならさっさと寝ろ」
「…………はい」
こんな時、自分にもっと力があったなら、と悔しくなる。主の隣に並べるぐらいの力があれば出発の手伝いだけでなく、職務そのものの補佐ができるのに。
やはり早く力を得なければ。そのためにはもっともっと修行が必要だ。明日、仙人と会ったら鍛錬を今の倍にして貰おう。
そう心に強く決めて、自室へと戻った。
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