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21話:邪界皇太子・炎禍 ②
しおりを挟む「何をするのです、殿下。もしや私を殺そうと?」
「くっ……」
蒼翠の言葉に、炎禍が罰が悪そうに眉を顰める。
しかし、それには理由があった。
「確か邪界では、皇族同士の理由なき殺生は御法度のはず。ここでもし私に何かあれば、皇太子であろうと重い罪に問われるのをお忘れではありませんか?」
黒龍族は荒くれ者の集まりゆえ、昔は皇族同士の殺し合いが後を絶たず、一時は一族存続の危機にまで陥った。そのため皇族間の殺生を厳しく禁じる掟ができたという。
「今、父上…… 邪君は邪界の現状を酷く憂いていらっしゃる。そんな時期に面倒を起こせばどうなることやら……」
一応弱い立場であるがゆえオブラートに包んだが、要は『今、邪君を怒らせたら、太子一直線だぞ』という意訳だ。が、どうやら蒼翠の言葉は効果覿面らしく、炎禍は顔面中に憤怒を滲ませながらもその場で足を踏み留めた。他の兄たちも炎禍に続いて勢いを収める。
「……ですが、こんな時だからこそ殿下にはご健在でいて貰わねばなりません。ですので、ここで引いていただければ、私のほうから事を荒立てないとお約束致しましょう」
炎禍たちと仲良くやろうとは思わないが、わざわざ敵対するつもりもない。こちらは無風が無事聖界に帰るまで血生臭い問題に巻きこまれなければそれでいい。蒼翠は乗らない気分に鞭を打って、ふわりと優美に笑いかけた。
「いかがでしょう?」
「うっ……」
するとなぜか炎禍を含めた兄皇子たちは大きく双眼を見開き、たちまち言葉を失って石のように固まった。
「……ん? 殿下? それに兄上たちも、どうなされました?」
「い……いや、別に、その……ああ、そうだな……お前がそこまで願うのであれば……今日のところは引いてやろう」
真っ赤な顔をした炎禍がしどろもどろになりながら、そのまま蒼翠に背を向ける。なぜかその動きは、錆びついた水車のようにぎこちないものだった。
他の兄皇子たちも無言のまま頷き、その背に続く。
――なんだ。いきなりどうしたんだ?
蒼翠は首を傾げながら兄皇子たちの後ろ姿を見送っていたが、すぐに忘れていた痛みを唐突に思い出し、眉を顰めて近くの樹木に身体を預けた。
「っ……ててて。クソ、少しは手加減しやがれ、バカ皇太子」
小声で罵りながら、痛みを抑えるために深呼吸を繰り返す。そうして霊力で動けるまでに傷を癒やしたところで、今まで大人しくしていてくれた無風に意識を向けた。
「無風? どうした」
炎禍たちが去った先を睨むように見つめている無風に違和感を覚え、蒼翠が顔を覗きこむ。
「なっ……」
瞬間、蒼翠は瞼の奥から眼球が飛び落ちるのかと思うぐらい驚愕した。
なぜなら。
「お前、目が!」
あたかもこの世のすべての遺恨を掻き集めたかのような、今すぐにでも相手を裂き殺しに飛び出していきそうな、そんな表情を浮かべた無風の目が黄金色に染まっていたからだ。
白龍族の長・聖君の子である無風の瞳は本来、虹彩が黄蘗、瞳孔が少し暗めの山吹色をしている。黄金の瞳は聖界の皇族の象徴。つまり知る者が見れば、一目で無風の出生が紐解いてしまう。そのため無風の母である聖界皇后が瞳の色を変える術をかけたのだが、それが解けてしまっていたのだ。
――嘘だろっ、まだ早いのに!
ドラマではもっと先。青年となった無風の恋人を、蒼翠が殺した時に怒りの感情が暴走して金の眼が露見した、という展開だった。
しかしまだ無風は八歳。早すぎるなんてもんじゃない。
「無風っ」
蒼翠は慌てて無風の肩を引き自分の方向に顔を向かせる。それから説明も後回しで、自らの額を無風の額に当てた。
「そ、蒼翠様っ?」
「うるさい、説明は後だ。少し黙ってろ」
突然唇が当たりそうな距離まで接近され、さすがの無風もびっくりしたらしい。それまで浮かべていた険しい表情は瞬く間に解れ、いつもの無風に戻った。
蒼翠の言いつけどおり息を潜めている無風から、張り詰めた緊張と困惑が肌越しに伝わってくる。鼓動の音もかなり早くなっていて、顔も熱い。きっと酷く動揺しているのだろう。が、こうして目に近い場所に直接触れて霊力を注がないと目の色を長期間変えるなんて強力な術は成立しないゆえ、離してやることはできない。
――ちゃんと成功してくれればいいけど……。
時間をかけ念入りに霊力を送り、頃合いを見て無風からゆっくりと離れる。そして再び顔を覗きこめば、無風の双眸はこれまでどおりの濡羽色に戻っていた。
――よかった、戻ってる!
なんとか上手くいったようだ。
「……ん、どうした無風? お前、顔が赤いが体調でも悪いのか?」
「え? あ、い、いえ! ち、違います! 大丈夫です!」
なぜか無風も今しがたの炎禍のように、真っ赤な顔で挙動不審になっている。術の影響だろうか。
「ならいいが。それよりさっき物凄い顔をしていたが、どうした? 兄上たちの傍若無人ぶりに腹でも立ったか?」
「あれは……その……」
「遠慮しないで言え。今だったら修行が中断になった詫びに何を言っても許してやる」
先ほど無風が見せた射抜くような眼光と激しい憎悪は、まるで別人がいるのかと錯覚するぐらい鋭いものだった。それほどの怒りを少年時代の無風が露わにするのは、ドラマ本編でも見られないレア光景。となれば是非ともその理由を知りたいと思うのが、金龍聖君オタクの性というものだろう。
蒼翠が興味津々の目で見つめていると、無風が戸惑いながらも控えめに口を開いた。
「さっきは……確かに怒っていました。いくら皇太子殿下とはいえ、蒼翠様は何も悪いことをしていないのに一方的に暴力を振るうなんて。でも一番腹が立ったのは、自分の弱さに対してです」
「自分の弱さ?」
「今の私では蒼翠様をお守りすることができない。その事実を突きつけられたことが悔しくて……」
眉間に深い皺が刻まれるほど顔を顰め、悔しそうに唇を噛む。
「お前が……俺を?」
「はい……」
「お前、俺のことを守りたいのか?」
「もちろんです。蒼翠様は私の大切な主ですから。ですので今は無理かもしれませんが、もっと修行を積んでいつか必ず蒼翠様をどんな脅威からもお守りできる力を手に入れて見せます!」
「お……おう……」
まさか可愛い弟子が、そんなことを考えるなんて思いもしなかった。
――これはちょっと……いや、かなり嬉しいかも!
思わずニヤけそうになったが、それは蒼翠のキャラではないとグッと堪え、大人の余裕を見せる。
「そうかそうか。それは楽しみだな。ではお前が強くなったら存分に守って貰うことにしよう」
「はい、必ず! 蒼翠様を落胆させるようなことは絶対にいたしません!」
二人の本当の関係を考えれば、そのような未来がくるかどうかは分からないが、その意気込みが少しでも無風の成長に繋がるなら話に乗ってやるのが師の務めだろう。そう考え、蒼翠は激励の意味を込めて柔らかな笑みを最愛の弟子に向けるのだった。
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