中国ドラマの最終回で殺されないために必要な15のこと

神雛ジュン@元かびなん

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18話:主の責任を果たしましょう③

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 離れた場所から聞こえたブンッという風の音に、瞬時に危険を察知した蒼翠そうすい無風むふうを腕の中に抱き入れる。
 直後、こめかみに鈍器で殴られたかのような強い衝撃が走って、瞬間意識が遠退いた。
 
 
「くっ……」
「そ……蒼翠様?」

 腕の中から無風の困惑した声が届くが、激しい痛みに返事をすることができない。
 こちらに向かって何か小さな塊のようなものが飛んできたのは分かったが、一体何が。片目だけ開けて確認すると、地面に子どもの拳大の石が落ちていた。


「そ、蒼翠様っ、血が!」

 驚愕に動きを止めていた蒼翠の腕から頭を出した無風が、こちらを見て悲痛な声を上げる。

「血? あっ……」


 ふと頬に生温かいものが伝う感触がして、蒼翠はそれがすぐに自分の血だと気づく。
 
 
「疫病神めっ!」


 怒鳴り声が飛んできたのは、滴った血を指で拭うと同時だった。
 驚いて石が飛んできた方向に視線を向けると、三十人ほどの村人が集まってこちらを睨んでいる姿が見えた。
 
 
「おめぇが水神様すいじん宝珠ほうじゅを盗んで怒らせたんだろう!」
「嵐になる前、いきなり現れて水神様の宝珠のことしつこく聞いてきた時からおかしいと思ったんだ」
「おめぇのせいで村もほこらもぐちゃぐちゃだ! どうしてくれるっ!」

 村の男衆おとこしゅうだろう。泥まみれの男たちが、殺気を帯びた鋭い目で罵声を無風へとぶつけてくる。誰かが一人でも動けば、たちまち全員で飛びかかってきそうな空気だ。
 
「あ……」 
 
 その光景に、蒼翠は既視感を覚えた。
 そうだ、これはドラマで実際にあったシーンだ。蒼翠に唆され厄災を引き起こしてしまった無風が、村人に酷く責め立てられる。勿論、無風はわざとではないと弁明したのだが、村人たちは一切耳を貸さず罵声とともに石を投げつけた。
 
 ――まずい。村人を避難させることに集中しすぎて、そのあとのことをまったく考えてなかった。
 
 無風を先に帰らせておけばよかった。
 
 
「あ、あの、今回のことはすべて私が――」
「無風、黙ってろ」


 村人たちに謝るため飛び出ようとした無風を制し、蒼翠は再び腕の中に隠す。

「蒼翠様?」
「今、お前が謝ったところで許しては貰えない」


 災厄のせいで集落の家屋はほぼ倒壊し、丹精込めて育てた作物も水浸しになった。村人たちはこれからすべてを一から作り直さなければならない。その労力と苦労を考えると、石を何十個投げられてもこちらは文句など言えない。

 
「お前、その子どもの親かっ? だったら責任取って村を元通りに戻せ!」
 
 無風を守ったことで親だと思ったのか、今度は蒼翠を標的にする。それならそちらのほうがいいと、蒼翠は大きく深呼吸をしてから男たちに向き合った。
 
  
「私は邪界じゃかい第八皇子だいはちおうじの蒼翠だ。こたびの災厄は私の落ち度によって引き起こされたもの。ゆえに私が責任を持って村を修復させると約束しよう」

 蒼翠が黒龍族こくりゅうぞくの皇族と知った瞬間、男たちだけでなくその場にいた村人全員の顔が驚愕と恐怖に引き攣った。
 まさか自分が石を投げつけた相手が、冷酷非道で名を馳せている邪界の皇子だとは思いもしなかったのだろう。中には全身を震わせながら「命だけはお助けください!」と土下座を始めた者もいた。
 
 そんな村人たちの姿を見て、蒼翠はなんとも言えない複雑な気持ちになる。
 
 ――悪いのは百パーセントこっちなんだけどな……。

 
 名を告げた途端、この世の終わりでも見たかのように平伏す。これがドラマの蒼翠だったなら優越感に浸って下衆な笑みを浮かべるだろうが、中身が一般市民である自分は、当然そんな気にはなれない。むしろ罪悪感がより酷くなっていたたまれなくなった。
 無論、無風を守れる点においては役に立つ地位ではあるのだが。
 
 
 ――これが、邪界の皇子か。
 
 
 この世界において蒼翠がどれだけ恐れられ、嫌われているのかがよく分かる。そういえばドラマを見ていた時の自分も、村民と同じように「絶対にこのクズキャラとは関わりたくない」と思っていた。
 
 
 自分は蒼翠ではない。
 けれど、他人から見たら自分は蒼翠だ。
 だから嫌われているのも自分。


 今までどこか他人事のように考えていた部分が、想像以上の重圧となって心にのしかかる。
 気を抜くと震えが表に出てしまいそうだ。
 でも、逃げることはできない。 


「……追って人を遣る。何かあれば、その者に伝えろ」

 
 多くの畏怖から逃げるように目を逸らし、蒼翠は無風を連れ静かに歩き出す。
 それから村人たちの姿が見えなくなる場所まで沈黙のまま歩いたのち、ようやく緊張から解放された蒼翠がホッと小さく息を吐く。するとそれまで大人しくしていた無風が突然、蒼翠の前に飛び出た。
 

「蒼翠様!」
「どうした、無風」
「どうしてなのです? すべては私の責任なのに!」

 どうやら無風は、蒼翠が災厄の責任を負ったことが気に入らないらしい。生まれ持った正義感の強さがそうさせるのだろう。
 ドラマの無風と変わらないな、と微笑みを浮かべそうになったが慌てて引き締め、厳しい顔を向けた。
 

「いいか無風、責任とは背負える者だけが口にできる言葉だ。今回、お前は俺の配下の嘘を見抜けず、大きな失態を犯した。そのことを素直に認め反省しようとしているところは評価しよう。だが、未だ結丹けったんすらできていないお前が責任を取ると言ったところで、一体何ができる?」
「蒼翠……様……」

 地位、資産、力。どれも持っていない無風はその身体だけが唯一使えるものだが、それだけでは雨尊村の怒りを鎮めることはできない。


「お前が責任を負えないのであれば、師である俺が代わるしかないだろう」
「っ、わ……私の過ちのせいで蒼翠様が……。申し訳ありません……申し訳っ、ありま……っ」
「泣くな。そんなことに時間を使うよりも先に、やるべきことがあるはずだ」


 無風の前ではできるかぎり本来の蒼翠を保つよう厳しく、だが突き放すつもりはないことを示す言葉で諭す。


「やるべき……こと……?」
「自分の非力さを悔やむ暇があるのなら、もっと修練を重ね他人の悪意を見抜けるぐらいの知恵と強さを身につけろ」
「知恵と強さ……」
「そうだ。でないと、この先もお前は今日と同じ惨劇を繰り返すはめになるぞ」


 どれだけ蒼翠が気を張っていようが、今回のことでそれが万全ではないと分かってしまった。しかし邪界という国で生きていれば、今回のような偽りを明日にだって吹き込まれる可能性がある。
 だったらどうすればいいか。
 そう、力を手に入れればいいのだ。
 

「騙されるのが嫌なら、さっさと相応の力を手に入れろ。責任を背負えるのはそれからだ」
「蒼翠……様……」
「無力の間は他人の甘言かんげんなど元より、自分すら信じず、人形のように俺の言葉にだけに従っていればいい」


 それが賢明な判断だと鼻で笑われ、力量不足を馬鹿にされ、きっと無風からしてみればこれほどの屈辱はないだろう。現にグッと唇を噛み、拳を震わせる姿からは悔しいという感情しか伝わってこない。けれど仕方がないのだ。現状、無風を不特定多数の敵意から守れる方法はこれしかないのだから。
 
 
「……はい、分かりました」


 反論の余地もなく静かに頷いた無風は、それから一切騒ぐことなく邪界へと戻る蒼翠に続いた。




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