19 / 81
18話:主の責任を果たしましょう③
しおりを挟む離れた場所から聞こえたブンッという風の音に、瞬時に危険を察知した蒼翠が無風を腕の中に抱き入れる。
直後、こめかみに鈍器で殴られたかのような強い衝撃が走って、瞬間意識が遠退いた。
「くっ……」
「そ……蒼翠様?」
腕の中から無風の困惑した声が届くが、激しい痛みに返事をすることができない。
こちらに向かって何か小さな塊のようなものが飛んできたのは分かったが、一体何が。片目だけ開けて確認すると、地面に子どもの拳大の石が落ちていた。
「そ、蒼翠様っ、血が!」
驚愕に動きを止めていた蒼翠の腕から頭を出した無風が、こちらを見て悲痛な声を上げる。
「血? あっ……」
ふと頬に生温かいものが伝う感触がして、蒼翠はそれがすぐに自分の血だと気づく。
「疫病神めっ!」
怒鳴り声が飛んできたのは、滴った血を指で拭うと同時だった。
驚いて石が飛んできた方向に視線を向けると、三十人ほどの村人が集まってこちらを睨んでいる姿が見えた。
「おめぇが水神様の宝珠を盗んで怒らせたんだろう!」
「嵐になる前、いきなり現れて水神様の宝珠のことしつこく聞いてきた時からおかしいと思ったんだ」
「おめぇのせいで村も祠もぐちゃぐちゃだ! どうしてくれるっ!」
村の男衆だろう。泥まみれの男たちが、殺気を帯びた鋭い目で罵声を無風へとぶつけてくる。誰かが一人でも動けば、たちまち全員で飛びかかってきそうな空気だ。
「あ……」
その光景に、蒼翠は既視感を覚えた。
そうだ、これはドラマで実際にあったシーンだ。蒼翠に唆され厄災を引き起こしてしまった無風が、村人に酷く責め立てられる。勿論、無風はわざとではないと弁明したのだが、村人たちは一切耳を貸さず罵声とともに石を投げつけた。
――まずい。村人を避難させることに集中しすぎて、そのあとのことをまったく考えてなかった。
無風を先に帰らせておけばよかった。
「あ、あの、今回のことはすべて私が――」
「無風、黙ってろ」
村人たちに謝るため飛び出ようとした無風を制し、蒼翠は再び腕の中に隠す。
「蒼翠様?」
「今、お前が謝ったところで許しては貰えない」
災厄のせいで集落の家屋はほぼ倒壊し、丹精込めて育てた作物も水浸しになった。村人たちはこれからすべてを一から作り直さなければならない。その労力と苦労を考えると、石を何十個投げられてもこちらは文句など言えない。
「お前、その子どもの親かっ? だったら責任取って村を元通りに戻せ!」
無風を守ったことで親だと思ったのか、今度は蒼翠を標的にする。それならそちらのほうがいいと、蒼翠は大きく深呼吸をしてから男たちに向き合った。
「私は邪界・第八皇子の蒼翠だ。こたびの災厄は私の落ち度によって引き起こされたもの。ゆえに私が責任を持って村を修復させると約束しよう」
蒼翠が黒龍族の皇族と知った瞬間、男たちだけでなくその場にいた村人全員の顔が驚愕と恐怖に引き攣った。
まさか自分が石を投げつけた相手が、冷酷非道で名を馳せている邪界の皇子だとは思いもしなかったのだろう。中には全身を震わせながら「命だけはお助けください!」と土下座を始めた者もいた。
そんな村人たちの姿を見て、蒼翠はなんとも言えない複雑な気持ちになる。
――悪いのは百パーセントこっちなんだけどな……。
名を告げた途端、この世の終わりでも見たかのように平伏す。これがドラマの蒼翠だったなら優越感に浸って下衆な笑みを浮かべるだろうが、中身が一般市民である自分は、当然そんな気にはなれない。むしろ罪悪感がより酷くなっていたたまれなくなった。
無論、無風を守れる点においては役に立つ地位ではあるのだが。
――これが、邪界の皇子か。
この世界において蒼翠がどれだけ恐れられ、嫌われているのかがよく分かる。そういえばドラマを見ていた時の自分も、村民と同じように「絶対にこのクズキャラとは関わりたくない」と思っていた。
自分は蒼翠ではない。
けれど、他人から見たら自分は蒼翠だ。
だから嫌われているのも自分。
今までどこか他人事のように考えていた部分が、想像以上の重圧となって心にのしかかる。
気を抜くと震えが表に出てしまいそうだ。
でも、逃げることはできない。
「……追って人を遣る。何かあれば、その者に伝えろ」
多くの畏怖から逃げるように目を逸らし、蒼翠は無風を連れ静かに歩き出す。
それから村人たちの姿が見えなくなる場所まで沈黙のまま歩いたのち、ようやく緊張から解放された蒼翠がホッと小さく息を吐く。するとそれまで大人しくしていた無風が突然、蒼翠の前に飛び出た。
「蒼翠様!」
「どうした、無風」
「どうしてなのです? すべては私の責任なのに!」
どうやら無風は、蒼翠が災厄の責任を負ったことが気に入らないらしい。生まれ持った正義感の強さがそうさせるのだろう。
ドラマの無風と変わらないな、と微笑みを浮かべそうになったが慌てて引き締め、厳しい顔を向けた。
「いいか無風、責任とは背負える者だけが口にできる言葉だ。今回、お前は俺の配下の嘘を見抜けず、大きな失態を犯した。そのことを素直に認め反省しようとしているところは評価しよう。だが、未だ結丹すらできていないお前が責任を取ると言ったところで、一体何ができる?」
「蒼翠……様……」
地位、資産、力。どれも持っていない無風はその身体だけが唯一使えるものだが、それだけでは雨尊村の怒りを鎮めることはできない。
「お前が責任を負えないのであれば、師である俺が代わるしかないだろう」
「っ、わ……私の過ちのせいで蒼翠様が……。申し訳ありません……申し訳っ、ありま……っ」
「泣くな。そんなことに時間を使うよりも先に、やるべきことがあるはずだ」
無風の前ではできるかぎり本来の蒼翠を保つよう厳しく、だが突き放すつもりはないことを示す言葉で諭す。
「やるべき……こと……?」
「自分の非力さを悔やむ暇があるのなら、もっと修練を重ね他人の悪意を見抜けるぐらいの知恵と強さを身につけろ」
「知恵と強さ……」
「そうだ。でないと、この先もお前は今日と同じ惨劇を繰り返すはめになるぞ」
どれだけ蒼翠が気を張っていようが、今回のことでそれが万全ではないと分かってしまった。しかし邪界という国で生きていれば、今回のような偽りを明日にだって吹き込まれる可能性がある。
だったらどうすればいいか。
そう、力を手に入れればいいのだ。
「騙されるのが嫌なら、さっさと相応の力を手に入れろ。責任を背負えるのはそれからだ」
「蒼翠……様……」
「無力の間は他人の甘言など元より、自分すら信じず、人形のように俺の言葉にだけに従っていればいい」
それが賢明な判断だと鼻で笑われ、力量不足を馬鹿にされ、きっと無風からしてみればこれほどの屈辱はないだろう。現にグッと唇を噛み、拳を震わせる姿からは悔しいという感情しか伝わってこない。けれど仕方がないのだ。現状、無風を不特定多数の敵意から守れる方法はこれしかないのだから。
「……はい、分かりました」
反論の余地もなく静かに頷いた無風は、それから一切騒ぐことなく邪界へと戻る蒼翠に続いた。
・
・
・
22
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。
黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。
そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。
しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの?
優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、
冒険者家業で地力を付けながら、
訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。
勇者ではありません。
召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。
でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる