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13話:★バカ親になりましょう。
しおりを挟む「うちの子、可愛いでしょう?」
「はいはい可愛い可愛い」
「うちの子、優秀でしょう?」
「はいはい、優秀優秀…………って、このやりとり一体何度目じゃ?」
呆れる仙人に、蒼翠は「何回言っても足りないぐらい可愛いから、仕方ない」と語ってさらに呆れさせた。
今、二人は五里離れた先で瞑想修行をしている無風の姿を、神眼術という遠方を見るための術を使って観察している。
仙人による修行が始まって早数ヶ月経つが、まだ無風は金丹を結丹できていない。が、それは普通のことで決して無風が無能なわけではない。結丹は一朝一夕では成し得ないものだから仕方ないのだ。
蒼翠は毎日のように茶と菓子を持って仙人のもとを訪れては、見晴らしのいい崖の上から親バカ丸出しで修行を見守っている。おかげで仙人とは茶飲み友達だ。
「お前さん、本当に暇なんじゃのう」
「何言ってるんです。こう見えて毎日大変なんですよ」
「そうは到底思えんのじゃが」
「だったら聞くも涙、語るも涙のお話でもお聞かせしましょうか?」
「嫌な予感しかしないから遠慮しておこう」
「ハハッ、それがいいですよ」
蒼翠の事情には絶対関わらないと決めている仙人は、安易に内情に触れようとしない。だから安心してこんな冗談がいえるのだ。
「さぁさぁ、新しい茶を入れますので、飲みながら無風の話でもしましょう」
笑顔で話題を変え、青瓷器の茶壺を手に取る。既に飲み頃になっている雨花茶を茶杯に注ぐと、フワッとさわやかで甘みのある香りが鼻を擽った。
しかし、術が自在に使えるというのは便利なものだ。何もない崖の上でも強く念じるだけで茶器と茶菓子を出し、旨い茶を入れることができるのだから。この生活に慣れたら葵衣に戻れた時、酷く不便になりそうだと思いながら、蒼翠は湯気の立つ茶を仙人に差し出す。
「ところで、博識な仙人にずっとお聞きしたいことがあったのですが、今お聞きしても?」
「構わんが、答えられんものもあるぞ」
「もちろん構いません」
「なんじゃ言ってみろ」
「仙人は天界……神仙のいる世界が実際にあると思いますか?」
「これはこれは……予想もしなかった質問じゃの」
どうやら仙人は無風に関することを聞かれるのだと思っていたらしい。
「しかし、なぜいきなり天界なんじゃ?」
「特に深い意味は。ただの好奇心ですよ」
少々言葉は濁したが、別段嘘はついていない。
――実は金龍聖君とは別のドラマで出てきた天界という世界が、本当に実在するのか気になって気になって仕方ないから聞いちゃいました、なんて言えないもんな。
これは正真正銘、一人の中国ドラマオタクとしての純粋な好奇心だ。
中国ドラマにおける『天界』とは人間が住む世界を管理・監視・守護する神たちが住む国で、そこで暮らす人々を神仙と呼ぶ。
「天界か。まぁ、おそらくじゃが実在してるじゃろうな」
「本当ですかっ?」
「この長い人生で一度だけじゃが、神仙らしき人物に出会ったことがあるからのう」
それは仙人がまだ若い時の話だったという。ある日、一滴の雨も降っていないというのに、山が土砂崩れを起こした。その原因を仙人が探っていた時に、人の力をはるかに超越した者と出会ったのだという。
「当人は素性を隠しておったが、あの、人ならざる者が持つ特別な佇まいは人では到底出せん。あれは絶対に神仙じゃった」
「本当ですかっ! それじゃあ……それじゃあ、無風も頑張ればいつかは仙人になれますか?」
天界の神仙には三つのタイプがいる。
一つは神と神の間から生まれた者。
もう一つは岩や花などの自然から生まれる神。
そして最後は地上で修行と徳を積み、天に認められて神になった元人間、だ。
神仙とは多種族の集まりのようなもの。ゆえに無風にもチャンスはあるということだ。
「まぁ、それは本人の生き方次第じゃな。……しかしなんじゃお前さん、自分が神になりたいとかではないのか?」
「ハハッ、まさか。極悪非道で有名な俺が神だなんて無理に決まってるじゃないですか」
「自分で自分を悪くいう奴は初めてじゃ」
本当によく分からん奴じゃ、と仙人が溜息を吐きながら温くなった茶を啜る。
「ワシにはまったく逆に見えるがの」
「逆?」
「天涯孤独の童を引き取って育てるどころか、ワシまで脅して修行をつけさせる。そういった者を地上では慈悲深いと言うんじゃなかったか?」
「慈悲深いとか、そんなんじゃないですよ。無風を傍に置いているのは全部自分のためです」
無風のことは可愛いと思っているし、大事に育てるつもりでいる。だがすべては最終回で無風に殺されないことを目的にした行動であり、そこに慈悲の心なんて欠片もない。
「俺は極悪非道なんですよ」
この真実を無風が知ったら、きっと失望するだろう。怒りや憎しみを抱いてもおかしくない。だからせめて無風の将来の幸せと栄光を願うのだ。
「無風がいつか天に認められて仙人になれたらいいな……」
心清く徳高い無風は、ドラマでも他人のために尽力してばかりだった。誰かの笑顔を守れるなら自分はどんな苦行にだって耐えられる、と簡単に言いきってしまう者が神になれば、地上の者たちは絶対に幸せになれるはずだろう。
――その手伝いができたら、俺も幸せだ。
そんなことを考えながら仙人から視線を逸らし、青空が一切見えない灰色の空を眺める。
「…………ん? あれ?」
異変に気づいたのは、少しばかり彼方に遣っていた視線をふと下げた時だった。
「どうしたんじゃ?」
「無風が……いない」
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