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10話:★ 仙人を捕まえてあげましょう①
しおりを挟む耳心地良いせせらぎの音に、時折聞こえる流れ鳥のさえずり。深く息を吸い込めば木々と澄んだ水の香りが、心を落ち着かせてくれる。清らかに流れている川の水は青く漲っていて、日の光を浴びると水面がキラキラと光って川縁に咲く紫蘭をより一層輝かせていた。
こんな場所で一休みして、芯まで冷たい水で喉を潤せばどれほど穏やかな一時を過ごせるか。
なんて、優雅な妄想という名の現実逃避に勤しんでいた蒼翠だったが、その内心はかなり焦っていた。
「おかしい、仙人が来ない」
時期的にそろそろ無風は放浪の仙人と出会い、修行をつけて貰い始める頃なのに、水汲みが始まって二十日が経っても影も形も見当たらない。
蒼翠になって霊力を得てから他者の気配を感じ取れるようになり、離れた場所から近づく人の動きは勿論、寝ている時でも空気の動きを察知できるようになったのに、それでも見つけられないということは近くにすら来ていないことを意味する。
黒龍族の地に白龍族の子ども。変わった魂。舞台も役者も揃っているのに姿を現さないのには理由があるのか。それとも何かが足りないのか。
分からないが、今言えるのはただ一つ。
「これじゃ無風が、ただ可哀想なだけじゃないか」
毎日天秤棒を肩に担ぎ、長い道のりを何度も往復しながら重たい水を運ぶ無風の後を密かにつきまとい、否、見守りながらずっと待ってはいるものの、そろそろこちらが罪悪感に押し潰されて手を貸してしまいそうだ。
「ったく、早く出てこいよバカ仙人」
「ほほう。誰がバカ仙人じゃと?」
「誰ってもちろん、あの仙人……って、うわっ!」
川辺で小休憩している無風を、ハラハラしながら見ていた時だった。不意に背後から声をかけられ、蒼翠は驚きに声を上げてしまう。
しかし、こんなところで叫んだら無風が気づいてしまうと、蒼翠は慌てて手で口を覆い息を潜めた。
――びっくりした。まったく気配がなかった。
悪夢を見て飛び起きた直後のように早鐘を打つ鼓動を抑えながら、突然現れた老人をじっくりと見つめる。
――あ、この爺さん、もしかしなくても……。
強い脱色剤で根元から毛先までの色を抜いたみたいな真っ白な髪に、同じ色の長い髭、そして目が隠れてしまうほど伸びた眉毛。さらに袍に至るまで外に出ている肌の部分以外、すべてが白に染まっていて目が眩しいぐらいだ。身長はかなり小さめで優しそうな面持ちをしているが、口元に若干の意地悪さも感じるのは多分気のせいではない。
「あなたは……仙人、ですよね」
この老人は聖界にも邪界にも属さない、遥か彼方の国からやってきた流浪の仙人で、一見、弱々しく見えるもその力は聖君や邪君をも凌ぐとも言われている。一説では天界からやってきた神仙だという噂もあると、ドラマの中で説明していた。
そんな凄い力を持つ仙人だが少々変わった性格をしていて、流浪の旅をする中で面白そうな者を見つけると、ついついちょっかいを出してしまう。が、その代わり気まぐれに選ばれた相手は、後に絶大な力を得ることができるという。
そうやって選ばれたのが、ドラマの無風だった。
「いかにも。しかし、どうしてワシのことを?」
「それは……えっと、ほら、老祖のご尊顔には得も言われぬ尊さがあったので……」
ドラマで見ていたから知っていましたなんて言えず、蒼翠は無理矢理の言い訳を捻り出しながら胸の前で拱手の型をとり、頭を下げて挨拶する。
「ほぉ、その割にはさっきワシをバカ仙人と言っておらんかったか?」
「あ……あははははは、そんなこと言うわけないじゃありませんか」
「ふーん……まぁよい。して、お前さんは一体ここで何をしておる? 毎日のようにあの童の後を追いかけ回して。もしや稚児趣味か?」
「いやいやいや、んなわけないし! あ……い、いえ、そうではありません。俺はここでずっと仙人が来られるのを待っていたのです」
「ワシがここに来ることを知っていたというのか?」
「はい。この辺りで面白い者を見かけるとちょっかいを出……じゃなくて、慈悲の心で進むべき道を示す神が現れるとの噂を耳にしたので」
「途中で引っかかる言葉が出たような気がしたが」
「気のせいです」
にっこり笑って向けられた疑念を吹っ飛ばす。仙人は少々納得がいかないといった表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに飲み込んで話を進めた。
「確かにワシは面白い者が好きじゃ。だから今、ここにおる」
「やっぱり! 無風は面白い子でしょう? それに見た目どおり性格も可愛くて、だけど芯も根性もあって弟子には持ってこいの逸材ですよ!」
親バカならぬ主バカと言われても構わないぐらいの勢いで、その重い思いを仙人に遠慮なくぶつける。
「ほら、ちょうど近くにいますし、是非修行をつけてやってください。ちょっと金丹を結丹させて、あとは中堅程度の妖を一掃できるぐらいにしてくださるだけでいいので!」
「お前さん、注文が多すぎやしないか?」
「そんなことありませんよ。あの子は才能のある子ですから少し教えれば、あとはちょちょいのちょいで勝手に強くなりますから」
無風のためにも、ここで仙人を逃すわけにはいかない。いざとなれば首を縦に振るまで足にしがみついて離さないと心に決めて、蒼翠は仙人にぐいぐい迫る。
「ですから! ね! 無風が帰らないうちに早く!」
「待て待て待て、勘違いするな。いつ、どこで誰があの童のことを面白いと言った? 確かにあれも一風変わった魂の持ち主じゃが、ワシの目の前にいる者に比べたら雲泥の差じゃ」
「ん? 目の前?」
「お前さんじゃよ」
「は? 俺? 俺、そんなに面白い顔してます?」
突然、無風よりお前のほうが面白いと言われ、理解できず脳内にハテナマークが大量発生する。
「お前さん、この国では知れた顔じゃろう。唯我独尊を地で行く黒龍族の皇子が、敵国の童に執心しているだけでも十分面白いが、あの童よりも変わった魂を身に宿しておるのぉ」
「っ! ……分かるんですか」
「こう見えて、お前さんの父親よりも長く生きてるからのぉ」
「どう見ても長そうですが、えっと……じゃあ全部お話ししないといけませんよね。実は俺――――」
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