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9話:修行前の約束
しおりを挟む蒼翠の言いつけどおり食事をたくさん食べ、積極的に運動するようになってから無風の栄養失調は見る間に改善され、肌も艶々のぷりぷりになった。身体つきもすっかり年相応になって、今や健康そのものだ。
文字も一通り覚えたようで、蒼翠の私室で書物を読み漁ってはどんどん知識をつけていっている。元から知力が高いのは知っていたが、一つ教えれば三つは理解する吸収ぶりなので、今に無風のほうが頭がよくなってバカにされるのではと心配になるぐらいだ。
が、この数ヶ月で二人の関係をかなり向上させることに成功したので、とりあえずはよしとしよう。
「無風。話がある」
二人きりの食事の最中、今日も元気にもりもりと白飯を頬張っている無風に声をかける。すると無風はすぐに箸と茶碗を置き、姿勢を正した。
「はい、なんでしょう」
「お前の体調も整ってきたようだから、そろそろ金丹を結丹するための修行に入ろうかと思う」
「……っ! はいっ!」
「ただし。正式に許可を出す代わりに、お前にはいくつかの約束事を守ってもらう」
「はい」
真剣な眼差しが、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「まず一つ。今日よりこの屋敷の外では師と弟子だ。お前には想像以上に厳しい指導を課し、態度も取るが、力が欲しいなら俺の言葉には疑問を持たず従え」
無風に聞かせたのは修行のために必要な心得――と見せかけた、邪界で生きていくための処世術だった。
なぜ、こんなことを約束させるかといえば、当然、無風を他の黒龍族の者たちから守るため。蒼翠は八番目とはいえ一応皇子。高位の者が無力の幼子に目をかけているなんて話が伝わったら、二人ともに目立ってしまう。だから屋敷の外ではドラマの蒼翠のように、冷たい態度を取る必要がある。
しかしそういった裏事情など、無風は知らない。であるが、これが修行だということにしてしまえば、場所によって態度を変える蒼翠に不安を覚えることもないし、不信感も抱かないはずだ。
「あと、俺と交わした会話の内容は、一言も他に漏らしてはならない。俺の屋敷にいる配下にもだ」
これも理由は同じく、二人の命を守るため。
「加えて俺の許可なく遠地へ赴いてはならないし、何かあったら必ず報告すること。これが約束できないのであれば、話は白紙だ」
「分かりました。蒼翠様との約束、絶対に守ります」
「よし。ならば無風、今日よりお前に毎日の水汲みを命じる。ここより二里離れた場所にある川から水を運び、この大瓶をいっぱいにしろ」
頷いた蒼翠が無風に示し、渡したものは大人一人が悠々に入れるほど大きな瓶と、子どもの無風がギリギリ持てる大きさの桶二つだった。
「瓶に水が溜まるまで休憩は許さん。いいな」
この瓶を満杯にするには、少なくとも十往復以上は必要となる。考えただけで気分が重たくなる命令だ。
「は、はい……」
どうやら子どもの頭でも過酷さが分かったらしく、無風の顔がみるみる真っ青になった。その表情を見るだけで心が痛み、思わず「あ、やっぱやめ。もっと軽い命令に変えるわ」と言ってしまいそうになったが、そこはグッと我慢する。
――別に俺は無風を虐げているわけではない。うん、そう、絶対に。
すべては無風の金丹のため。それに、これなら配下の目にも蒼翠が黒龍族らしい嫌味な行動をしているようにも映り、疑われることもなく修行に出せる。
これほどまでに完璧な作戦を思いついた自分を、褒めてやりたい。
蒼翠は自画自賛しながら、心の中で無風に「がんばれ!」とエールを送った。
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