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7話:★お願いはできるだけ叶えてあげましょう。
しおりを挟む無風を邪界にさらってきた事実はもう変えられないため、自分が責任を持って育てていかなければならないのは重々承知だが、邪界は実に面倒な場所だ。
「我らこそが世界の覇者となるに相応しい種族! がモットーだもんな、邪界……」
こんな裏切りと策略が飛び交う場所で無力の無風が暮らしていくのは元より、中身が日本人大学生の自分だって一寸先は分からない。それに何より。
「俺に子育てできるのかなぁ」
大学生の葵衣には当然、子どもはいなかった。運悪く弟妹もいなければ、親戚の中でも一番の末っ子だった。だから子どもとの接し方なんて、ミリも知らない。
「ってか、そう考えると無風をちゃんと大人にした本物の蒼翠って、意外に子育てしてたってことか?」
きっと大半は臣下に丸投げだっただろうが、これはこれで意外な発見だ。と、ぶつぶつ呟きながら感心していると、ふと近くで柔らかな視線を感じた。
「ん?」
いつの間にかこちらにきていた無風が、蒼翠をじっと見上げている。そして、その腕には本が一冊、大切そうに抱えられていた。
「どうした、分からない文字でもあったか?」
「いいえ……あの、これ……」
「術の本? ……もしかして術を学びたいのか?」
「はい」
術。それは霊力で空を高く長く飛んだり、戦いでの攻防に使ったり、傷を癒やしたりと、様々なことが可能になる便利な魔法のようなもので、基本的に龍族であれば誰でも修行で身につけられるとされているものだ。
ただし生まれ持った霊力の差で、扱える術の有無は変わってくるが。
「術……か」
困った。非常に困った。
――どうしよう、俺、金丹の結丹方法とかまったく知らないよ?
術を使うにはまず臍の下あたりにあるという丹田に、霊力を生み出す金丹を生成しなければならないのだが、金丹を得る修行法なんてさっぱり分からない。それに。
――俺もまだ自分の術とか、上手く扱えないんだよな……。
転生後、この世界で生きていくためにと百冊以上の書物を読み漁り、この世界の慣例、儀礼、皇子としての振る舞い方、と様々なことを学んだ。その中に霊術に関するものもあって一通り頭には入れたのだが、ドラマの蒼翠のように強い攻撃術を扱うことができなかった。これでは無風どころか、自分の命だって守れない。この事実も周囲には隠し通さなければならないだろう。
ただ、それでも防御術と回復術だけはなんとか発動させることはできたので、そこらへんは誰かに褒めて欲しい。
――とりあえず術は強く念じれば発動する。だから必要なのはやっぱり金丹か。
金丹の結丹修行は通常、少年期までに終えるらしい。現時点の蒼翠が確か十八歳だったはずだから、きっと過去の蒼翠が結丹しておいてくれたのだと思う。
それゆえに無風に教えてやることができない。
――でも、だからって「悪いが諦めてくれ」とは言いたくないし。
邪界で暮らすなら、最低限自分の命を守る術を会得したほうがいいし、何より無風の希望も叶えてやりたい。ドラマ内容を頭に思い浮かべながら、何か手段はないかと考える。と、不意にドラマのあるシーンが脳裏を過った。
――あ、そうだっ!
あれは確か幼い無風が、蒼翠の命で朝から晩まで水汲みをしていた頃だったか、川の畔で白髪白髭の放浪仙人と出会った。
その仙人は無風を見るなり「面白い魂を持った子じゃのぉ」とからかい始めたのだが、あまりにもしつこく絡んでくる仙人から逃げたり追い払ったりしているうちに、無風は自然と術が扱えるようになっていた。
おそらくドラマの無風は、その時に結丹したのだ。
――仙人と無風を会わせることができれば、ワンチャンあるかも。
「……よし。無風いいか、よく聞け。術を使うには金丹が必要だ」
「はい」
「金丹を得るためには、厳しい修行をしなければならない。だが今のお前では軟弱すぎて、修行に耐えることはできないだろう」
「あ……」
そう説明すると、無風はあからさまに落ちこんだ様子で視線を下げた。
「早とちりするな。いいか、まずは体力と身体作りだ。だから今日からは好き嫌いせずなんでも食べて、しっかり運動をしろ」
光明が差した途端、無風の表情が花が咲いたようにパァッと晴れた。
その顔も天使が舞い降りたかのように可愛い。
「……っ! は、はいっ!」
その日から無風がご飯をおかわりするようになったのは、言うまでもない話だった。
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