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6話:★子育てを頑張りましょう
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最終回で殺されないためには、無風が成長して故郷の聖界へと戻り、皇太子になるまでにいくつかのミッションをこなさねばならない。
まず一つ。絶対に虐待しないこと。
無風は父親である聖君に見つからないようにするため、本来の能力を母親によって封じられている。ゆえに今は無力だ。これはバリバリの弱肉強食である邪界では最悪なことで、放っておけば他の配下たちの暴力の標的となってしまう。それではいくら蒼翠が虐待をしなくても、結局恨みを募らせてしまうことになるので、成長するまで決して目を離さないようにしなければならない。
次に、これはまだ少し先の話ではあるが、ドラマの蒼翠は青年期の無風が出会い、恋に落ちた少女・隣陽を無惨にも手にかけた。その怒りから封印されていた本来の力を覚醒させた無風は、得た力で蒼翠への敵討ちを固く誓う、という流れになっている。つまり何をすればいいかといえば、青年期で登場予定の隣陽を決して死なせてはいけないということだ。
最後は、成長した無風を無事聖界に戻してやること、だ。
物語では無風の覚醒と同じ頃、無風の双子の兄が生まれつきの病で早逝してしまう、という展開になっている。聖界の王・聖君には皇太子以外に息子がおらず、あわや後継がいない、という窮地に陥るが、皇后が双子の弟の生存を告げたことで一気に無風歓迎ムードに包まれる。
そこへ満を辞して無風が帰還するのだが。
――その日まで俺がきっちり守らなきゃ。
この三点を最優先課題にしていかないと、自分に未来はない。
つまり、子育てルート確定だ。
改めて確認し心に刻んでいると、少し離れた場所から覚束ない足音が聞こえてきた。
「そ、蒼翠さま、お茶が入りました」
鳳凰の装飾が彫られた角卓に、ぎこちない手つきで蓋碗が置かれる。まだ紅葉と同じぐらいの大きさしかない手に大人用の茶器は大きいらしく、今日までに七客が犠牲になった。その度に半龍人の配下が真っ赤な顔で無風を殴ろうとするので止めるのが大変だったが、最近は零さず壊さず持ってこられるようになったので一安心だ。
蒼翠は無言のまま、ちらりと無風に視線を向ける。顔や服の袖から覗く手首や指に目立つ傷はない。昨晩湯浴みに付き添わせ、ついでに洗ってやると湯船へ入れた時に全身を調べたが、他の傷も同じように癒えていた。あれから毎日飲ませている苦薬が効いているようだ。
あの愛らしい顔が薬の苦さにクシャッと顰めさせる姿は悶絶するほど可愛くて、ずっと眺めていたい気分になるがそろそろ薬は止めてもいいだろう。
「茶汲みが終わったら、向こうで本でも読んでろ」
配下の目に不自然に映らないよう蒼翠の冷たさを残しつつ、自由行動を命じる。すると無風は控えめな声で「はい」と頷いて、部屋の隅に置かれた本の山へと向かった。
新しく用意させた子ども用の角机の前に行儀良く座り、本を開く無風の背を見つめながら蒼翠は濃すぎて舌が痺れそうな茶を一口含む。
茶汲みも、まだまだ成長の余地がたっぷりありそうだ。
「蒼翠様」
無表情のまま苦茶を嚥下していると、それまで脇で控えていた半龍人の配下が声をかけてきた。
「なんだ?」
「こちらが本日の書簡となっております」
言いながら竹を編んで作られた竹簡を差し出してくる。中には蒼翠に充てられた仕事が書かれて、毎日目を通さなくてはいけないそうだ。
「重要な任務はあるか?」
「いえ、邪君からの勅命書簡はありません」
「……だったらお前が中を見て、代わりにやっておけ」
「わ、私がですか?」
「なんだ、それぐらいのこともできないのか? お前には期待していたんだがな」
頭の中のドラマ映像を確認しつつ、蒼翠得意の氷の微笑を真似る。と、配下はすぐに顔を真っ青にして背筋を伸ばした。
「そんなことはございません! 蒼翠様のお手伝いができること、至極光栄でございます!」
「では頼む」
「はい! 私めが責任を持って務めさせていただきます」
配下は蒼翠から重要な任務が与えられたことに、心からの歓喜を見せながら拱手の礼を取った。拱手とは古代中国の礼儀作法の一つで、目上の者に敬意や誠意を見せるための挨拶として使われているものだ。
その姿を見て内心「仕事押しつけてごめんね」と謝りながら、労いの言葉をかける。
――本当なら俺自身がやるべきなんだけど、今、無風のことで手いっぱいなんだよね……。
蒼翠は日がな女と酒浸りの男だが、これでも一応皇族であるため、皇子としての仕事が回ってくる。が、皇子でも皇位継承順位が八位とかなり低いため、与えられる仕事はほぼ雑用ばかり。重要なものなんて、数年に一度あるかないかだ。
ドラマの蒼翠はそんな冷遇に憤っていたが、こちらはそのおかげで下手に命を狙われることもないし、年中放置状態で助かっている。
「それでは任務に取りかかりますので、失礼します」
「ああ。……………って、そうだ。ちょっと待った!」
背を向ける配下を、蒼翠は慌てて呼び止める。
「他に何かございますか?」
「いや、用とかではなく、お前に聞きたいことがあった」
「はい、なんなりとお聞きください」
「突然だが、お前は黒龍族と白龍族の者をどう見分けている?」
「はい?」
蒼翠の質問に、配下が素っ頓狂な声を上げる。
驚くのも無理はないだろう。突然「大阪人と名古屋人の見分け方を教えろ」と聞かれたようなものだ。
しかし、蒼翠の意図の分からない質問はドラマでもよくあったので、配下もすぐにいつものことだと平静を取り戻した。
「簡単です。お高くとまっていけすかな態度をしている奴が白龍族で、気高い闘志に満ち溢れているのが我々黒龍族です」
「……それはただの印象じゃ」
「え?」
「いや、なんでもない。他に何か具体的な身体の特徴とかではないのか?」
「これといっては特に。黒龍族は黒衣を好み、白龍族の奴らは白衣を好んで着てますが、元々我らは……口にするのも煩わしいのですが、同じ種族でしたから……」
邪界と聖界は長年対立状態にあるが、数百年前まで共に暮らした同族だったことは、ドラマでも説明があった。
――つまり名前が違うだけで、種族的には同じ。だったら金色の瞳さえ気をつけていれば、無風の正体は気づかれないということか。
邪界で白龍族の存在は御法度。見つかれば瞬殺待ったなしだ、
己の出生を知らない無風にはひとまず「お前は黒龍族の者だ」と信じさせているし、半龍人の配下も無風を拾ったのが邪界と聖界の狭間だったので変な疑いを抱いていないとは思うが、こちらも注意が必要だろう。
「さて、これからどうしようか……」
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