小児科医の恋は不器用と依存でできてます

神雛ジュン@元かびなん

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西条という男

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 沙織の採血を見届けてから和臣が再び回診へと戻ろうとすると、病室を出たところで西条に止められた。
 
 
「東宮先生、さっきはご協力ありがとうございます」
「お前、ああいうことするなら先に言え」
「すみません、先に言ったら東宮先生に渋い顔されそうだったので」
「……嘘だな」
「え?」
「どうせ先に言ったらオレが緊張しすぎて演技にならないとでも思ったんだろ」
「そ、そんなこと……」
 
 言いながら西条が視線をあさっての方向に逸らす。
 それは和臣の予想が当たっているという紛れもない証拠となった。
 
「…………今日の外来打ち込み、全部お前な」

 外来打ち込みとは、初診で訪れた患者が書いた問診票と、看護師が外来受診の前に再来患者から聞いた簡単な症状や血圧などの情報を、電子カルテに打ち込む作業だ。普段は看護師や研修医が空いた時間に打ち込むものだが、今日はそのすべてを西条に押しつけてやった。

「えーーーそんなぁぁ」
「指導医を馬鹿にした罰だ」
「馬鹿になんてしてませんよー」
「オレが馬鹿にされたと思ったら、そうなんだよ」
「うわっ、先生酷い。完璧暴君じゃないですか……」
 
 口を尖らせてブツブツと文句を漏らす西条を横目に、和臣は小さく溜息を吐く。
 瞬間、カリッと心臓を引っ掻くような後悔が募った。

 ――ああ、大人げない。

 本当なら、ここはきちんと褒めてやるところなのに、どうして自分は悪態をついてしまうのだろう。今の一件は本当なら西条の指導医である自分が、どうにか策を講じて解決すべきことだったはず。
 なのに自分は、はなから保護者の説得に任せようとした。それだけでも情けないのに、助け舟を出してくれた西条にこんな態度を取ってしまうなんて。

 ――オレは西条に嫉妬してるんだ。

 西条は沙織の心をあっという間に掴んでしまった。
 自分には到底できないことだ。
 だというのに、こんな時まで嫌味を言ってしまう自分が嫌だ。


「西条」
「はい?」
「……さっきは助かった」

 目を合わせることまではできなかったが、勇気を振り絞って礼を告げる。すると隣から「いいえ、どういたしまして」と、こちらをからかう空気など一切感じられない声色の返答がすぐにかえってきた。

「ねぇ、東宮先生。さっきのぬいぐるみ病院ですけどね、実はあれ、先生がいたから成功したんですよ」
「え、オレが?」
「はい。ほら最近の子ってデジタルに強くなってるから、俺たちが子どもの時みたいに単純な思考じゃないでしょう。まだ小学校にも上がってない子が、いきなり大人顏負けの話題を出してきたりとか」

 そう言われ、和臣の頭に自分が担当する患者の顏が浮かぶ。

「……確かに、この間、六歳の子に『この点滴の副作用は何ですか?』って聞かれた時はさすがに驚いた」

 おそらくインターネットやスマートフォンが普及し、生まれてすぐにタブレット端末などを与えられる家庭が増えてきたからだとは思うが、それでも自分たちの時代と違いすぎる現状に驚きが隠せなかった。

「だから最近はただ甘い言葉で煽てても、すぐに見抜かれちゃうんです」
「それは確かにそうだが、それとオレが何か関係あるのか?」
「勿論。今回のぬいぐるみ病院は、小児科病棟でも厳しくて有名な東宮先生が参加して、沙織ちゃんを認めてくれた。その事実と嬉しさが彼女の気持ちを動かしたんです」
「そういう……ものなのか?」
「ええ、一種の『特別感』ってやつです。なので東宮先生のおかげなんです」


 小児科の医師は明るくて優しくあるべきだ。昔はそれが当たり前だったが、今の子どもたちのように時代は確実に変わってきている。そう語った西条の言葉に「だから先生が無理に自分のスタイルを変える必要はない」との意味が含まれていることが分かって、和臣は小さく瞠目した。
 
 西条は、和臣が尾根に言われたことをずっと気にしてくれていたのだ。

「そう、か」

 西条という男は見た目は誰隔てなく笑顔を向ける優男だが、こうして人の内面をよく観察しては一番欲しい言葉をくれる、とてもできた男だ。だから誰にでも好かれるのだろう。
 
 ――オレももう少し素直になれれば。
 
 もしかしたら、今よりもっといい先輩後輩関係になれるかもしれない。
 かなり難しそうだが。
 そんなことを考えながら、目的の病室に向かって歩いていると。

「東宮先生! 西条先生!」

 背後からひどく焦った女性の声がいきなり飛びこんで来て、二人は同時に振り向いた。
 視線の先には、どれだけ急いでいても走ってはいけないとの決まりがある廊下を、真っ青な顔で駆けてくる看護師の姿があって、それだけで和臣はただごとではないと即座に推測する。

「すぐに来ていただけませんかっ、増岡遠矢君の容態が急変しました!」

 汗だくの看護師が放った言葉に、二人の表情が同時に凍りつく。しかし、静寂が流れたのはほんの一秒ほどだった。

「分かった、すぐ行きます! 西条、第一処置室の準備を頼む!」
「わかりました!」

 さっきまでの朗らかな様相とは打って変わって、真剣さと妙な強張りをない交ぜた表情の西条が処置室へと向かって走り出そうとする。
 その背を和臣が止めた。

「西条っ」
「はい」
「一度深呼吸してからいけ。いいな?」
「……っ、はい!」

 こちらを振り返った西条が一言だけ返して、また走り出す。続けて和臣は急変を知らせにきた看護師に必要になるかもしれない薬剤と機器の指示を出すと、すぐさま病室へと向かうのだった。
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