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7話

まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ

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 静かに寝返りをうつ。
 すると目の前に隼士の顔があって、朝陽は思わず緊張に身体を固めた。

 寝られない。
 寝られるはずがない。

 隼士の家に泊まることが決まってから、こうなるであろうことは想像していたが、実際に状況を目の当たりにすると、その辛さは予想を遙かに超えていた。
 当然だ、隼士は忘れているから平気かもしれないが、こちらは二人の過去をしっかりと覚えているのだから。

 このベッドの上で二人は何度も一緒に寝た。何度も――――身体を重ねた。全ての記憶が、目を閉じただけで鮮明に蘇る。だからここには泊まりたくなかったのに。
 寝る場所だってそうだ。泊まることになれば必ず『俺のベッドは広いから、二人で寝ても平気だ』と引っ張りこまれる。それが目に見えていたから直前までソファーで寝ると言ったのに、その抵抗も無にされた。

 というか、愛する男に眉を垂らされながら「自分と一緒に寝るのが嫌なのか」と聞かれて、イエスと言える人間がどこにいる。

 結局、朝陽の連敗が決まり、二人でベッドに入ること一時間。朝陽は予想どおり、隣にいる隼士を意識しすぎて眠れないという状況に追いこまれた。

 隼士の息遣いや鼓動、そして何より隼士の匂いが当人やシーツから香ってきて、朝陽の官能を的確に刺激してくれる。それでなくても記憶をなくしてから二十日以上、セックスをしてないというのに、これは何の拷問だ。

 これまで募る欲求を解放するために何度か自慰をしてみたが、すっかり隼士の愛撫に慣れてしまった身体は、ただ精を放つだけの行為に不満を脹らませるばかりだった。その上で、この状況だ。久しぶりに感じる隼士の体温に、下腹部を反応させてしまっても仕方ないと言許して欲しい。

 だが、そうとはいってもやはりこのままではいけない。朝陽はゆっくりと身体を起こすと、音を立てないようにベッドから出て、寝室を後にした。

 隣の部屋は既に空調が切れていて、空気が冷たい。だが火照り始めた身体には丁度よかった。
 朝陽は暗闇の中で自分の鞄を漁り、中から避妊具と使いきりのローションを取り出すと、早々に開封しながらソファーへと足を進める。

「隼士、本当ごめん」

 扉の向こうで寝ている隼士に小声で謝りながら、ソファーへと横たわる。そして徐に穿いていたスウェットのスボンを太腿の辺りまで降ろすと、ゴムを着けた指をそろそろと自らの後孔へと伸ばした。

「んっ……」

 ゴムの表面を濡らしたローションの冷たさに、一瞬身体が強張る。だが入口を撫でているうちに慣れてしまい、すぐに何も感じなくなった。
 続けて二本の指をゆるりゆるりと奥へ進めると、男を受け入れることに慣れきった朝陽の後孔は待っていたかのように指を丸々と飲みこんだ。

「ふ……く、ん……」

 親友の部屋で自慰行為を始めるなんて、最低以外の何物でもない。でも隼士の香りがするこの部屋なら、少しは身体も満足してくれるかもしれない。そんな望みに縋ったのだ。
 さっさと気持ちよくなって精を吐き出したら、すぐにベッドに戻って寝よう。そうしたらきっと、何もなかったかのような顔をして朝を迎えられるはず。

 これはそのために必要な行為だと自分に言い聞かせながら、朝陽は秘奥の中で指を大きく動かす。しかし――――。

「っ……ち、が……」

 グチュグチュと卑猥な音を立てながら中を掻き回すも、指先が気持ちよくなれる場所に当たらない。数日前に自らを慰めた時もそうだったが、後孔の奥に性感帯があることが分かっているのに、求める場所に届かないのだ。

 確か隼士はここら辺を弄っていたはず、と記憶を辿りながら指を動かすも、伝わってくるのは違和感ばかりで気持ちよくなれない。

 やはり、ダメなのか。この場所なら大丈夫だと思っていたのに。
 
 朝陽は諦めを抱きながら、指を抜こうとする。その時だった。

「んっ!」

 不意に視界全体が暴力的なまでの明るさに染まり、闇に慣れた瞼の裏が強い光に痛みを訴える。
 一体何が起こったというのだ。双眸の痛みが治まり始めた頃、そっと瞼を開く。
 瞬間、目の前が絶望に染まった。

「朝陽……」
「う……そ、何で……」

 朝陽は目の前で起きている状況に驚愕した。
 どうして目の前に、隼士がいるのだ。
 慌てて後孔から指を引き抜き、上着で露出している性器を隠したが、今さらこんなことをしても何をしていたかなんて一目瞭然だ。
 そんな賤しい姿を真上から一直線に見つめられ、息が止まりそうになる。

「気づいたら……朝陽がいなくて……心配になって……」

 こちらに向けられる言葉にいつもの覇気がないことから、隼士もまた動揺していることがすぐに分かった。
 とにかく早く謝らなければ。そう思うのに唇が震えてうまく言葉が形にならない。ついには波のごとく押し寄せる羞恥に負け、涙が零れた。

「隼……っ、ご……め……っ……」

 ままならない呼吸の中、何とか不様な謝罪を捻り出す。だが隼士の顔を見ることはできなかった。
 こんな場所で自慰行為に耽って、あまつさえ後ろを弄って。いくら長年の付き合いがある親友とはいえ、一発で異常な性癖だと分かる姿に嫌悪を抱いたはず。

「ふ……くぅ……っ……」

 ああ、隼士に嫌われてしまった。
 今まで築き上げてきたもの全てを壊してしまった恐怖と絶望に身体中が震えた。

「隼……願い、一人にっ……して……」
「朝陽?」
「ふ、ぇ……俺、帰る……ぅ……くっ……着がえてすぐ……帰るから……」

 もう、これ以上の醜態を見られたくない。朝陽は子供みたいに幼い嗚咽を漏らしながら、一人にしてくれと願う。

「すまない」

 すると、この場には不釣り合いな謝罪が落ちてきた。最初は朝陽の自慰を見てしまったことを謝ったのかとも考えたが、この状況下で隼士が謝る必要がやはり見出せない。
 なら何に対して謝ったのか。視線を外したまま意味を考えていると、突然、視界に影が差しこんだ。

 続けて予想もしていなかった重みが、背中から覆い被さってくる。

「え……?」

 背中に触れる部分から、ドクンドクンという響きが分かるほどの鼓動が伝わってきた。
 深呼吸にも似た長い息が耳朶に吹きかかる。

「朝陽、すまない……」
「隼……?」

 再度、告げられた謝罪の意を今度こそ聞こうと名を呼ぶ。が、朝陽の問いかけは、臀部に当たる隼士の熱く硬い塊の存在によって、瞬時に打ち消された。
 隼士の雄が逞しい隆起を見せている。
 まさか、と信じられない気持ちで頭がいっぱいになった。朝陽とのことを覚えていない隼士が、こんなことで欲情するはずがない

 これは何かの間違いだと隼士の身体を押し返そうとする。が、その動きを妨げるようにもう一度グリグリと熱の塊を押しつけられた。
 さらに臀部をなぞるようにして中心へと近づいてきた隼士の指が、直前まで弄っていた後孔の入口に触れてくる。

「あ、ゃっ……」

 すぐに二本の指で緩まった窄みを広げられ、朝陽は一瞬で抵抗を奪われた。
 グチュンと音を立てながら骨張った指が窄みの奥へと進んでいく感覚に、大きく背がしなる。たったそれだけで、己の肉芯からトロリと先走りが零れたのが分かった。

「ひ、や、なんっ……で? 隼……ふ、んっ!」

 秘奥を広げられる感触に打ち震えながら問うが、途中で唇の重なりをもう片方の指で割られ、言葉を奪われる。

「んっ、んンッ……フ、ンッ……」

 内側の肉壁と口腔内の両方を指で同時に掻き回され、苦しさと快楽に理性が揺らいだ。
 そんな息苦しさの中、朝陽はふと気づく。

 秘奥を蹂躙する隼士の指は性急な動きなのに、内側が裂けるような痛みが一切ない。確かに先に自分で中を解していたから、多少乱雑に広げられても平気ではあるが、だからといって男を抱いた記憶のない人間にここまで手慣れた動きができるのだろうか。
 あたかも肉襞の形を覚えているかのように絶妙かつ巧みな動きをされると、以前の隼士に抱かれている錯覚に陥ってしまう。

「んっ!」

 中を掻き回していた二本の指が、不意に朝陽の性感帯に触れた。
 腰が自分のものではないかのごとく、勝手に跳ねる

「朝陽、気持ち……いいのか?」
「フッ、フ、ぁ、ンッ……ッ」

 朝陽の反応を見ながら、執拗に腰が踊る場所を攻めてくる。一番感じる場所を蕩けるほど押される度に、瞼の裏がチカチカと光り、はしたない雫が朝陽の肉芯から溢れ落ちていった。

「ンッ、んんっー! ふっ、う、んっ!」
「可愛い……朝陽……」

 酷く濡れた艶のある声で囁かれた後、唾液をたっぷり含んだ舌で耳介を掻き回される。その度に卑猥な水音が脳へと直接響いてきて、朝陽の理性を苛んだ。
 ここで隼士を求めてはいけない。分かっているのに、朝陽の本能が熱を求め始める。こんな熱量の少ない指なんかではなく、もっと太く逞しい楔を最奥に打ち込んで欲しいと恐ろしいことを希ってしまう。

 隼士が欲しい。駄目だ。
 ダメだ。でも、欲しい。

 夕刻の空が少しずつ闇に染まっていくように、朝陽の欲が理性の欠片を侵食していく。
そして――――瞬きもする間もない刹那、朝陽の中で何かが小さな音を立てて弾けた。

「あ……ん……」

 みるみるうちに強張っていた身体から、力が抜けていく。耐える辛さに歪んでいた瞳が、トロンと熱を含んだものに変わったことに、自分でも気づいた。

「は、ぁっ……ん……」

 そのまま、そっと頭を上げて隼士を見つめる。
 艶やかな隼士の黒髪が汗に濡れて、より一層官能的に映った。

「朝陽?」

 視線から意思を汲み取ってくれたのだろう、口腔内を犯す指がそっと抜かれた。

「は……や、と……もっ……」
「朝……」
「もっと奥……熱い、のっ……欲しい、よ……ぉ……」

 涙と唾液でグチャグチャになりながらも、懇願する。もう何故記憶のない隼士に襲われているのかとか、このまま最後までしてしまっていいのかなんて、どうでもいい。

「願……い、隼士……ぉ……」
「朝陽っ」

 本能を露わにした朝陽を見つめていた隼士の双眸が、カッと開かれる。
 それからは光りのごとき早さだった。
 腹の下を抱えられ、力任せに腰を高く上げさせられる。その後、背後で服が擦れる音がしたかと思った途端に、朝陽の後孔は信じられないほど太く強固となった肉塊に思いきり打ち抜かれた。

「やあぁぁぁっ!」

 あまりの衝撃に一瞬で意識が飛びそうになり、続けて酷い圧迫感に思わず胃の中のものを吐き出してしまいそうにもなる。
 これほどまできつく、半ば無慈悲にも思える侵食は初めてで、まるでレイプされているような気分になった。

 ただ、それでも朝陽の身体は歓喜に打ち震えている。やっと求めていたものに有りつけたと、足の指先まで痙攣させながら喜びを露わにしている。

「動くぞ」

 凶器にも勝る肉棒を最奥まで届かせた隼士が、一度大きく呼吸をしてから一気に腰を引く。それだけでも全身に伝わる快感は相当のものなのに、隼士は息継ぐ間もなく最奥まで腰を沈め、そのまま間断なく激しい抽送を繰り返した。

「ひっ、くっ、ぁああああぁっ!」

 まるで獣の交尾だ。
 壊される。
 ただただ揺さぶられるだけの朝陽は、一抹の恐怖を覚えながらもそれを遙かに超越する幸福に酔わされた。

「っんぁ、もっ……あぁっ……もっとぉ……」

 だらしなく口を開き、安物のAVに出てくる女優のような品位のない喘ぎを撒き散らす。
こんな痴態を晒してでも、今は隼士が与えてくれる快楽を貪りたい。
 隼士が記憶を失い、友人に戻ると決めた時、もう二度とセックスはできないと思っていた。それが今、夢でなく現実として起きている。こんな機会はこの先永遠にやってくることはないだろうから、いっそ壊れてしまうぐらい強い衝撃と記憶を身体に刻みつけたい。
 本能の生き物と化した朝陽は後先など考えずに腰を振り、ただただ隼士を求めた。

「朝陽、朝陽っ」
「隼、士っぉ、」

 室内に込み上げるがまま呼び合う互いの名と、腰を打ちつけられることよって結合部から漏れる、まるでディープキスのような淫靡な水音が響く。

「っ……く……」

 やがて、雁首で容赦なく前立腺を擦り上げる動きに、少しずつ性急さが加わった。恐らく隼士の限界が近くなっている。悟った朝陽は、乱れた息を吐き出しながら隼士に声をかけた。 

「隼士、隼士の……、中に出し、てっ」
「っ! い、い……のか?」

 余裕のなくなってきた声で不安そうに聞いてくる隼士に、朝陽は迷いなく首を縦に振る。

「いいよっ、隼士の熱いので、俺、ん中、満たして」
「あ、さひっ……」

 承諾を出してから、ほんの数秒だった。最奥まで突き刺したところで動きを止め、そのまま背中から抱かれる。瞬間に秘奥を征服していたものが生き物のようにビクンビクンと暴れ、続けて滾ったものが奥に流れ込んできた。

「やっ、イ、くッ、ぅっ!」

 ほぼ同時に腰がビクンビクンと痙攣すると、朝陽は迫り上がってきた快感に背を張りながら白濁とした雫を先端から吐き出した。

「ひ、やあぁぁーー!」

 足をガクガクと揺らしながら、一際大きな悦びの声を上げる。
 他人がどう思うかは分からないが、自分は中に注ぎこまれる感覚が堪らなく好きだ。どれくらい好きかと問われたら、その熱を身体が認識しないと最高の絶頂を迎えられないと答えるぐらい。

 そして、この瞬間だけは自分は隼士の物だと自信を持って言える。隼士から与えられるこの白濁は、言わば所有印のようなものだ。
 だから今、朝陽は最高に幸せだ。なのに。

「朝陽っ、すまない!」

 我に戻った隼士が、荒い息のままに慌てた様子で朝陽の中から自身を抜き出す
すると、即座に事後の情緒の欠片もない謝罪を口にした。

「俺は……っ……何てことをしたんだ……いくら我を忘れたからって、こんな酷いことをするなんて……」

 背中から抱き締めてきたのは、顔を合わせづらいからだろうか。それとも、事後の男の顔なんて見るのは忍びないと思っているからだろうか。

「すまない、本当に悪かった。朝陽の気が済むまで、何度だって謝る。だから…………」

 隼士の声が、一瞬詰まる。

「隼……士?」
「頼む、俺を……嫌わないでくれ」
「え……?」

 これっぽっちも予想していなかった展開に、ぽっかりと口を開けてしまった。
 本来なら、ここは朝陽の方が酷く後悔し、落ち込まねばならない場面だ。自分を嫌わないでくれ、なんてまさに朝陽のためにある言葉だろう。だというのに、隼士の方が先に大きな身体を震わせるものだから、悔やむ機会を完全に逸してしまった。

「身勝手なことを言っているのは分かってる。だが、お願いだから……嫌いにならないでくれ。朝陽に突き放されたら俺は……」
「何……で隼士が謝るんだよ。そんな……必要ないじゃん……」

 とりあえず早急に隼士を落ち着かせねば。朝陽は胸の前に回された隼士の腕を、ポンポンと優しく叩く。

「悪いのは俺だよ……ごめんな、隼士。こんなところで最低なことしちまって……軽蔑、しただろ?」
「いや……驚きはしたが、軽蔑はしてない。朝陽は男として当たり前に気持ちよくなりたかっただけで、同じ男としてそれを責めるつもりはない」
「後ろ……弄ってたのに?」

 こんなこと、改めて口にしたくなかったが、戸惑いながらも聞いてみる。

「人の趣味趣向なんて千差万別だ。それこそ批難することでもない。批難されるべきだとしたら、朝陽の同意を得ずに組み敷いた俺の方だ……」

 自分の行為はどう見ても完全に強姦だと、声を落とす隼士の姿に、朝陽は酷い自己嫌悪を覚えた。
 自分の浅はかな行動のせいで、愛する人間を追いつめてしまっている。

「っ……やめろ、よ、……必要のないことで、これ以上自分を責めんなよ……同意がいるって言うなら今するし、忘れろって言うなら忘れるから……」

 隼士みたいに気の利いた言葉が言えたら、もっと安心させてやることができるのに、出てくるのは軽いものばかり。

「やだよ、こんな……俺のせいで……」

 あまりの情けなさに、涙が出てくる。

「…………なぁ……勝手なことだって分かってる……でも、もし……もし、隼士が俺のこと許してくれるっていうなら……お互い、今夜のことは忘れよ?」

 続けて出てきたのは、縋るような懇願だった。しかも驚くほど薄っぺらい。
 でも、朝陽にとっては精一杯だった。

「忘、れる……?」
「そう……俺達、ちょっと疲れてたんだよ。それで……お互い、衝動に負けちまった……それじゃ、ダメかな……?」

 男は基本、欲求に逆らえない生き物だ。例え強靱な精神の持ち主でも、心身共に疲労しているところへ誘惑を落とされたら揺らいでしまうことだってある。
そう、今夜の二人はただ疲労と場の空気に流されてしまっただけ。そういうことにしてしまおうと、朝陽は考えたのだ。

 勿論、これが都合のよすぎる提案だということは、痛いぐらいに分かっている。
 こんなに大それたことをしておいて全て忘れるだなんて、誰が聞いてもおかしいというはずだ。
 だが、二人さえ認めてしまえば成立する。
 お互い今の関係を壊したくないと思っているなら、無理ではない話だ。

「そうか、忘れる……のか……」
「隼士?」
「あ、いや……朝陽に嫌われないのなら……それでいい」

 何とか打開案が受け入れられた朝陽は、明日からまた元通りの関係に戻れることに、ひとまず安堵する。
 けれど落ち着いたところで、脇に置いた後悔が再びぶり返した。
 性欲に抗えなかったのは仕方ないことだと隼士には言ったが、正直な話、自分はあそこで流されるべきではなかった。唇を噛み切ってでも、理性を保つべきだった。

 そう思う理由は簡単だ。朝陽は隼士の記憶障害をきっかけに恋人の立場からは身を引いたものの、親友の立ち位置だけは一生手放したくないと思っている。

 しかし、その願いが今回の件のせいで叶わなくなってしまったら。友人関係すら続けられなくなるほどの事態に発展してしまったら。
 そんな未来を考えると、恐ろしくて堪らない。隼士と関係がなくなったら、確実に自分は生きる希望を失うだろう。

 どうか、今の関係だけは自分から奪わないで欲しい。誰に頼めばいいか分からない嘆願を内側で叫びながら、募る懸念に瞳を震わせた。





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