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5話

優しさは昔と変らない。

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 メール送信のボタンを押して、一つ小さな溜息を吐く。すると頭一つ高い位置から、名を呼ばれた。

 振り向くと、大きな手で髪の毛をくしゃりと撫でられる。

「そんなに気が重くなる内容のメールだったのか?」
「え?」
「だって今、メール送信しながら溜息吐いただろう」

 等間隔に置かれた外灯の下、頭に心地好い重みを感じながら見上げると、柔らかな笑みがこちらに向けられていた。
 長い期間会っていなかったにも関わらず、予想外に盛り上がってしまった同窓会のおかげで、二人ともに普段より大分多くの酒を飲んだ。だからだろう、許されるなら永遠と見続けてしまうほど魅力的な男の頬がやや赤くなっている。吐き出す小さな呼吸も温度が高いのか、まるで煙草の煙を吐き出しているかのように真っ白だった。

 こんな風に静まり返った夜道で見つめ合うと、どうしても昔のような甘い展開を望んでしまう。見つめ合って、微笑んでから人目を盗んでキスをする。たったそれだけでも朝陽は狂いそうなぐらい歓喜してしまうのだが、今の隼士にそんな欲望を求めてはいけない。

「今のメール? 違うよ、これは光太さんから。また恋人さんのために、レシピを作って欲しいって」
「ああ、料理が下手な光太さんの恋人のか」
「うんそう。でもこれ、俺も好きでやってることだから、苦じゃないよ」
「じゃあ、他に悩んでることがあるなら言ってみろ。相談ぐらいには乗るぞ」
「え?」

 不意に悩みごとがあると指摘され、朝陽は目を丸くした。
 どうして落ちこんでいることを見破られてしまったのだろう。軽い溜息は吐いたかもしれないが、表情には表さなかったはずだ。

「何だよ、別に息吐いただけじゃん……」
「でも、俺の見当は外れてないだろう?」
「う……」

 妙な自信を見せられ、覚えず言葉を飲みこんでしまう。
 悲しいかな、それが肯定の意となってしまった。

「ほらな」
「何で分かったんだよ……」
「俺は朝陽のことになると、直感が働くんだ」
「直感?」

 意味が理解できなくて首を傾げる。すると朝陽の頭に掌を乗せていた隼士が指を小さく動かし、サラリと絡まる髪の毛で遊んだ。

「上手い例えになるかは分からないが……ほら、以前朝陽に『どうして姿を表さない恋人を探そうとするのか?』と聞かれた時、俺の本能がそう願ってるからと説明しただろう。それと同じだ」

 そういえば事故後、初めて隼士の部屋に食事を作りに行った時にそんな話をした。たった一つの指輪を残しただけで、何の痕跡も残さなかった相手でも頑なに見つけたいと望むのは、自らの意思が働かない場所がそれを求めるからだと言っていたのを思い出す。

「多分、記憶の奥底では朝陽のことを覚えてるんだろうな。だから僅かな表情の変化で、悩みがあるんだと直感できた」

 他にも時折、朝陽を見ていると覚えているはずがないのに懐かしい感覚を覚えたり、意味もないのに感情が高まったりすることがあると隼士は説明する。
 確かに言われて見れば、隼士は手を無意識に握り続けるなど、以前の行動を見せる時がある。覚えていなくても、本能が教えるのだと。言葉だけみれば奇異だが、見事に悩みを見抜いたということは実際に有り得ることなのかもしれない。

「それだけ朝陽が俺にとって大切な存在だったということだ。それを覚えていないのは、悔しいがな……」
「別にそんなことで悔しがらなくてもいいって。忘れてても大切な友達だって言ってくれるだけで、俺は十分なんだからさ」
「そう言ってくれると助かる。……さて、綺麗に纏まったところで話を戻すが、朝陽の悩みは何だ?」

 また元の質問に戻り、朝陽は胸の内だけでウウッと恨めしく唸る。どうやら逸らした話を、そのまま忘れてはくれなかったらしい。
 しかし、朝陽の中で滞っている靄の正体を話せと言われても無理な話である。「男に興味がないと隼士に言われて落ちこんでました」なんて、言えるはずがないのだから。

「まぁ……ん、ちょっと仕事のことでな。けど、そんなに大きなことでもないし、何となくだけど解決策も見つけてるから大丈夫だよ」

 悩むふりをしながら回避法を考え、思いついた嘘を言葉にする。

「本当に大丈夫なことなのか? もし俺に迷惑をかけるのが嫌だからと思っているなら、遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「そんなのしてないから、心配するなっての! ったく、心配性だなぁ」
「そうか……」
「え、何でそこでしょぼくれる? まさか、俺に悩みがあった方がよかったなんて、非情なこと言わねぇよな?」

 隼士が親友の苦しみを喜ぶような奴だと思わなかったと、目を細めて批難する。と、朝陽の冗談に目前の男は首を大きく振って否定した。

「そ、そんなことはないっ。いや……これで少しは朝陽の役に立てるかもと考えていたから、少し残念だっただけだ」
「俺の……役に立てる?」

 悩みを聞き出したかった理由を知った朝陽が、どうしてそんなことを考えたのかと首を傾げる。

「ああ。俺は朝陽に色々なことで助けて貰ってるのに、まだ何も返せてない。それが歯痒くてな……だから今回こそは、と意気込んでたんだが……」

 空回りに終わってしまったと、隼士は頭を垂らす。そんな子犬のような振る舞いの大型犬を見て、朝陽は何だか無性に愛おしい気持ちになった。
 今の二人の間に以前のような甘い時間はないかもしれないが、こうして心配し、役に立ちたいと考えてくれていることだけで心が温かくなる。

「さっきも言ったけど、そうやって考えてくれることだけで俺は十分嬉しいんだって。それにさ、そんなに急がなくても俺達はこれからも長く付き合っていくんだから、いつかは隼士に頼りたいって思う日が来るかもしれないじゃん。その日が来たら、よろしく頼むよ」

 だって自分達は唯一無二の親友同士なんだから。朝陽は笑いながら、隼士の背中を叩く。

「そうだな……分かった。じゃあ、もしこの先何かに困ったら、一番に相談してくれ。そしたら、俺が持ち得る全ての力を使って助けてやるから」
「おう、頼りにしてるよっ」

 ニカリと本当の友人同士のように笑い合うと、お互いの口元から白い息が零れた。
 さっきまで落ちこんでた気分が、いつの間にか晴れている。
それもこれも全部、隼士のおかげだ。
 きっと、自分はこれからも隼士が新たな未来に進む度、落ちこんでしまうだろう。でも、こうして親身になってくれる最高の友人のためにも、少しずつ慣れていかなくては。

 そして、いつか真の友人となれますように。
 心の内でそっと願いながら、隼士に帰ろうと笑顔を向けた。





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