薫くんにささぐ

真野くんみたいなおかし

「まのくん、たすけて」
　真野くんの返事は五分以内にくる。
「すぐいく。どこ？」
「いえだよ」
　真野くんは仕事中であろうとすっとんできてくれる。小さい頃にみた戦隊もののヒーローみたいに。あけた窓からベランダに出て、十階の高さから地面をみおろした。バイクの音がちいさくきこえる気がする、オレンジのヘルメットはどこ、まのくん、はやく助けにきて。
　ピンポンのピンくらいでドアを勢いよくあけて真野くんの大きな体にしがみついたら、おどろいたようにだきしめてくれた。
「どうしたの？　落ち着いたって言ってたから、安心してたんだけど」
「だめだった、おかしくなりそうなの」
　後頭部をなでなでされて顔を胸のあたりにうずめると、真野くんちの洗剤の匂いに真野くんの匂いが混じったかおりがした。これを香水にするなら、名前はあんしんとかまろやかとか、そんなんだと思う。
「真野くんみたいなおかしって、なんだかわかる？」
　鼻の奥がつんとするのを感じながら、顔をうずめて聞くと、
「ん？　なんだろう、蒲焼きさん太郎とか？」
　と、真野くんはわたしを抱きしめたまま玄関に入り、ドアを閉めた。重みのある音、それから後ろ手で鍵をかける音、チェーンがかかる音。
「今日も薫さんはいないんだね」
「いたら呼べないよ」
　真野くんはちょっと抜けていて、だけど本当は賢いのも知っているから、どこまでが本当でどこからが計算なのかがわからない。ぽんぽん、とわたしの頭を軽くなでて、おなかすいた、おやつある？　と笑った。