薫くんにささぐ

七草すずめ

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巻き戻って赤ちゃんになったわたし

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 ついでに買ってきたポテトチップスが、厚切りでぎざぎざのやつだった。それだけで、と自分でも思うけど、それだけのことでわたしはもう生きるのが嫌になってしまった。涙がとまらない。嗚咽がとまらない。ちゃんと確認しなかった自分が悪い、ついでに薫くんが帰ってこないのも愛想を尽かされるようなことをした自分が悪い、わかっている。
 そう、すべてわたしが悪いんだと思えば楽なのだった。心に力がはいらなくて今にも膝から崩れ落ちそうになりながらシャワーを浴びて、髪もびっしょびしょのまま裸でベッドに入った。おなかがじくじくと痛む。もうすぐ生理がはじまるけれどもうどうでもいい、血まみれにでもなんでもなってしまえ。薄く切られたコンソメのポテトチップスが食べたかった、薫くんの首筋にキスしたかった。止まったと思った涙がまただらだらとあふれてくる。
 ふとんは全力でわたしを甘やかしてくれる、たったひとりの絶対に裏切らない味方だった。服を着ていないから、さらさらとした感触がいつも以上にやさしくて、おくるみに包まれたあかちゃんになったみたいな気持ちになる。
 このままずっと巻き戻して、おかあさんのおなかの中にまでもどってしまえればいい。あったかくてあんしんで、薫くんがいなくたって生きていけるわたし。
 わたしを巻き戻せば確実に赤ちゃんのわたしになるのに、赤ちゃんのわたしを早送りしても今のわたしに辿りつく可能性は限りなくゼロに近いというのはどんなホラー映画よりもこわいことだと思う。いつかの夏に川で流されたトラウマすら、薫くんに出会うための必要な何かだったのだ。
 もしもその夏からもう一度やりなおしと言われたら、どうしたらいいのだろう。同じように振る舞っているつもりでも誤差が出て、わたしは今より十キロぐらい太っちゃうかもしれないし、モデルになっているかもしれないし、薫くんに出会わないかもしれない。夢との境界で悶々と考えながら、こんな気持ちを小説にできればいいのにとぼんやり思う。だけどすぐに気がついた、わたしの陳腐な物語では人の心を動かすことなんてできないんだった。
 あなたのは、小説の形をした文字の羅列だよ。
 知らない誰かにささやかれた気がした、夢の世界では誰も彼も容赦ない。
 浮遊感の中、とりとめのないことが思いうかぶ。小学校はじめてのテストで自分の名前を書くのを忘れて提出し、真っ青になった。だけどその世界で、わたしは終了五分前に名前の書き忘れに気付き、あわてて名前をかくのだ。そして現実を構成するあれこれが変わる、きちんと名前の書かれたテストが一枚存在するだけで薫くんも紗奈ちゃんも消えてなくなった、わたしは小説なんか書かないし仕事もやめない。
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