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1.みんなバカばっか
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「今年こそ、いい先生にあたるといいわね」
そう言ってわたしたちを送り出したママは、顔は整っていて美人なのに、すっごく醜く見えた。
なんにもわかっていないのに全てわかっているつもりでいる、ママはバカだ。そう思いながらも顔には出さず、むしろ「いってきます」と笑って、菜月の手を取り歩き出した。
鳥がわたしたちの前を横切り、空高く舞い上がった。三月にあった退任式の日、皮肉かと思うほど咲き乱れていた桜は、もうほとんど花を残していない。
桜のない四月。今日からわたしは六年生になる。
クラス替えはないから、仲のいい友達と同じクラスになれるかな、とかいうドキドキやわくわくはない。まぁ、クラス替えがあったとしてもドキドキもわくわくもないけど。
ママが担任をやたらと気にしているのは、去年いろいろあったからだ。五年生で担任だった早崎が、そのまま六年生でも担任をすることは絶対にない。なぜなら、早崎はわたしたちが辞めさせたから。
「今年も、去年の田上先生だといいな。おりがみ上手で、いい先生、なんだよ」
妹の菜月は、誇らしげにわたしに言った。つないだ手を大きく振っているから、きっとご機嫌なんだろう。
いい先生、か。
わたしは曖昧に笑い返したあと、思い出したかのように昨日観たドッキリ番組の名前を出し、話題をすり替えた。菜月はうれしそうに、「おばけ、本物みたいでこわかったよねぇ」と思い出し笑いをする。
妹や弟なんてうるさくて嫌、と思う人も多いらしいけど、わたしは妹が好きだった。菜月といっしょにいるときが一番落ち着くかもしれない。菜月もわたしが大好きで、ケンカだってほとんどしない。そう言うと、だいたいびっくりされるのだけど。
菜月のいいところは、穏やかで優しいところだ。そして何より、わたしの話をちゃんと聞いて、知ろうとしてくれるところ。まだ二年生になったばかりの七歳だけど、ママみたいにわたしのことをわかったみたいな顔をしない。
「九九、今日からやるかな?」
「えー? 今日はやらないよ」
通学路を、菜月と笑いながら歩く。十分にも満たないこの時間が、わたしがわたしでいられる唯一の時間なんじゃないかと思う。
だけど、安らぎの時間はすぐに終わる。いつもの場所にはもう美玖たちが来ていて、わたしは意識しなくても表情を変えてしまう。
「おはよ」
わたしの姿を見つけると、美玖は片手をあげて合図をした。ショートカットで細身の美玖は、ぱっと見ただけだと男の子にも見える。
「ん」
わたしも片手をあげて返事のかわりにした。だけど、お互いの妹と弟にはちゃんとあいさつをする。
「瑠衣くんおはよう」
「おう沙月!」
美玖をそのまま小さくしたみたいにそっくりな瑠衣くんは、菜月の一つ上、新三年生だ。年は違うけれど、二人は仲がいい。というか、もういっしょにいるのが義務のようなものなんだけど。
うちの両親と美玖の家の両親は、四人で仲がいい。中学校の同級生だったらしい。わたしと美玖が同じ年に生まれてからもっと仲良くなって、いっしょに出かけたり互いの家に泊まったりするのはざらだった。
だから、美玖と瑠衣くんとは、仲良くするしかないという感じなのだった。たとえ、わたしとしては仲良くしたくなくても。
「菜月ちゃん、その髪型かわいい」
美玖にポニーテールを褒められた菜月は、わたしと繋いでいた手をパッと離し、うれしそうに髪に触れた。
「ママにやってもらったの」
「菜月ちゃんのママ、器用だもんね」
菜月はぴょんと跳ねて髪を揺らして見せると、「えへへ」と笑い、少し前を歩く瑠衣くんの横を歩き始めた。わたしと美玖の前で、馬のしっぽがぴょこぴょこ揺れる。
右手に残った菜月の手の感触が失われるのを感じながら、わたしはしぶしぶ沙月のとなりを歩く。美玖はわたしの感情をすべて読み取った上で、あえてこう言った。
「今年はおだやかにすごせるといいねー」
皮肉でしかないその言葉に、わたしはその横顔を睨みつける。美玖はわざとらしくそっぽを向くと、大きな声で菜月に話しかけた。
「ねえ菜月ちゃん、今年は誰先生がいいのー?」
聞かれた菜月は間髪入れず、「田上先生!」と答える。その横で瑠衣くんが、「俺は誰でもいい!」と得意気に言った。
「去年と同じ先生がいいんだね。楽しかったの?」
「うん、田上先生、お楽しみ会もやってくれるし好き!」
菜月は上機嫌で、手提げがぐるりと一周してしまうくらいの勢いで両手を振って歩いていた。美玖はそれを微笑ましそうに見ながら、
「わたしも去年と同じ、志賀先生がいいな」
と言った。志賀なんてハゲじゃん、どこがいいの。なんて思いながらも、菜月の前だから口にしない。
志賀の頭のことを考えていたら、目の前でパチンと手を叩かれ、驚いて足が止まった。手を叩いたのは瑠衣くんだった。
「おい、無視すんなって。沙月は誰がいいんだよ」
ずっとわたしに話しかけていたらしい。どの先生がいいか、って話の続きのようだ。正直、わたしは別に誰だっていい。でも一応、
「うーん、わたしも田上先生がいいな」
とか言っておく。それを聞いた菜月がうれしそうな顔をした。瑠衣くんは「ふーん」と納得いかないようにつぶやくと、続けて言った。
「五年のときの先生じゃねーんだな」
「早崎先生は退職しちゃったから、仕方ないよね」
美玖がフォローするように言う。わたしの頭の中には、退任式での早崎の顔が浮かぶ。睨んでくるかと思っていたけれど、死んだような目でずっとうつむいていた、あの早崎。
「若いのになんでやめたんだって、お母さん言ってたよな。結婚すんのかな」
ちょっとませている瑠衣くんは、そんなことを口にした。ワイドショーみたいな話題を馬鹿馬鹿しく思うわたしは、三人と微妙に距離をとりながら、学校に向かって歩く。
早く莉衣子に会いたかった。
そう言ってわたしたちを送り出したママは、顔は整っていて美人なのに、すっごく醜く見えた。
なんにもわかっていないのに全てわかっているつもりでいる、ママはバカだ。そう思いながらも顔には出さず、むしろ「いってきます」と笑って、菜月の手を取り歩き出した。
鳥がわたしたちの前を横切り、空高く舞い上がった。三月にあった退任式の日、皮肉かと思うほど咲き乱れていた桜は、もうほとんど花を残していない。
桜のない四月。今日からわたしは六年生になる。
クラス替えはないから、仲のいい友達と同じクラスになれるかな、とかいうドキドキやわくわくはない。まぁ、クラス替えがあったとしてもドキドキもわくわくもないけど。
ママが担任をやたらと気にしているのは、去年いろいろあったからだ。五年生で担任だった早崎が、そのまま六年生でも担任をすることは絶対にない。なぜなら、早崎はわたしたちが辞めさせたから。
「今年も、去年の田上先生だといいな。おりがみ上手で、いい先生、なんだよ」
妹の菜月は、誇らしげにわたしに言った。つないだ手を大きく振っているから、きっとご機嫌なんだろう。
いい先生、か。
わたしは曖昧に笑い返したあと、思い出したかのように昨日観たドッキリ番組の名前を出し、話題をすり替えた。菜月はうれしそうに、「おばけ、本物みたいでこわかったよねぇ」と思い出し笑いをする。
妹や弟なんてうるさくて嫌、と思う人も多いらしいけど、わたしは妹が好きだった。菜月といっしょにいるときが一番落ち着くかもしれない。菜月もわたしが大好きで、ケンカだってほとんどしない。そう言うと、だいたいびっくりされるのだけど。
菜月のいいところは、穏やかで優しいところだ。そして何より、わたしの話をちゃんと聞いて、知ろうとしてくれるところ。まだ二年生になったばかりの七歳だけど、ママみたいにわたしのことをわかったみたいな顔をしない。
「九九、今日からやるかな?」
「えー? 今日はやらないよ」
通学路を、菜月と笑いながら歩く。十分にも満たないこの時間が、わたしがわたしでいられる唯一の時間なんじゃないかと思う。
だけど、安らぎの時間はすぐに終わる。いつもの場所にはもう美玖たちが来ていて、わたしは意識しなくても表情を変えてしまう。
「おはよ」
わたしの姿を見つけると、美玖は片手をあげて合図をした。ショートカットで細身の美玖は、ぱっと見ただけだと男の子にも見える。
「ん」
わたしも片手をあげて返事のかわりにした。だけど、お互いの妹と弟にはちゃんとあいさつをする。
「瑠衣くんおはよう」
「おう沙月!」
美玖をそのまま小さくしたみたいにそっくりな瑠衣くんは、菜月の一つ上、新三年生だ。年は違うけれど、二人は仲がいい。というか、もういっしょにいるのが義務のようなものなんだけど。
うちの両親と美玖の家の両親は、四人で仲がいい。中学校の同級生だったらしい。わたしと美玖が同じ年に生まれてからもっと仲良くなって、いっしょに出かけたり互いの家に泊まったりするのはざらだった。
だから、美玖と瑠衣くんとは、仲良くするしかないという感じなのだった。たとえ、わたしとしては仲良くしたくなくても。
「菜月ちゃん、その髪型かわいい」
美玖にポニーテールを褒められた菜月は、わたしと繋いでいた手をパッと離し、うれしそうに髪に触れた。
「ママにやってもらったの」
「菜月ちゃんのママ、器用だもんね」
菜月はぴょんと跳ねて髪を揺らして見せると、「えへへ」と笑い、少し前を歩く瑠衣くんの横を歩き始めた。わたしと美玖の前で、馬のしっぽがぴょこぴょこ揺れる。
右手に残った菜月の手の感触が失われるのを感じながら、わたしはしぶしぶ沙月のとなりを歩く。美玖はわたしの感情をすべて読み取った上で、あえてこう言った。
「今年はおだやかにすごせるといいねー」
皮肉でしかないその言葉に、わたしはその横顔を睨みつける。美玖はわざとらしくそっぽを向くと、大きな声で菜月に話しかけた。
「ねえ菜月ちゃん、今年は誰先生がいいのー?」
聞かれた菜月は間髪入れず、「田上先生!」と答える。その横で瑠衣くんが、「俺は誰でもいい!」と得意気に言った。
「去年と同じ先生がいいんだね。楽しかったの?」
「うん、田上先生、お楽しみ会もやってくれるし好き!」
菜月は上機嫌で、手提げがぐるりと一周してしまうくらいの勢いで両手を振って歩いていた。美玖はそれを微笑ましそうに見ながら、
「わたしも去年と同じ、志賀先生がいいな」
と言った。志賀なんてハゲじゃん、どこがいいの。なんて思いながらも、菜月の前だから口にしない。
志賀の頭のことを考えていたら、目の前でパチンと手を叩かれ、驚いて足が止まった。手を叩いたのは瑠衣くんだった。
「おい、無視すんなって。沙月は誰がいいんだよ」
ずっとわたしに話しかけていたらしい。どの先生がいいか、って話の続きのようだ。正直、わたしは別に誰だっていい。でも一応、
「うーん、わたしも田上先生がいいな」
とか言っておく。それを聞いた菜月がうれしそうな顔をした。瑠衣くんは「ふーん」と納得いかないようにつぶやくと、続けて言った。
「五年のときの先生じゃねーんだな」
「早崎先生は退職しちゃったから、仕方ないよね」
美玖がフォローするように言う。わたしの頭の中には、退任式での早崎の顔が浮かぶ。睨んでくるかと思っていたけれど、死んだような目でずっとうつむいていた、あの早崎。
「若いのになんでやめたんだって、お母さん言ってたよな。結婚すんのかな」
ちょっとませている瑠衣くんは、そんなことを口にした。ワイドショーみたいな話題を馬鹿馬鹿しく思うわたしは、三人と微妙に距離をとりながら、学校に向かって歩く。
早く莉衣子に会いたかった。
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