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15.ずっと節約してる
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十二月は、時間に余裕のある月だ。サークル全体の活動は、二月まで休みになっている。授業こそまだあるが、レポート提出や試験は年明けだし、学祭という一大イベントも終わってしまった。
店長は、まだ入院している。岩尾が気にかけてよく見舞に行っているという話は、木村からときどき来るラインのメッセージで知っていた。彼女は彼女で、なんとか娘を養うため、新しいバイトをはじめたらしい。
「今までで一番高給の仕事よ。小一時間、我慢を繰り返すだけのね」
珍しく電話をかけてきた木村が言ったそれは、たぶん桃葉に対する嫌味だった。学祭が終わったにもかかわらず、店の再開へ向けて手を貸そうとしない桃葉に対しての嫌味。
木村が風俗に落ちようが、桃葉には何の関係なかった。むしろ、少ない時間でたくさん稼げば娘といる時間も増えて、いいことづくめではないかとすら思った。それに、一人で娘を育てるということは、木村自身にも何か難があったのかもしれない。自分で産んだ子を、自分が責任を持って育てる。それは義務のように思えた。
そうして桃葉はといえば、バイト代が入らなくなった分、両親に仕送りの上乗せをお願いして、やりくりしていた。
「生活に困らないくらい送ってると思うんだけど……」
電話口で困り声を出した母に、桃葉はわかってないわね、と言った。わかってないわね、東京の大学に通うって、洋服代も、食事代も、田舎より何倍もかかるの。田舎の生活とは違うの。
スキニージーンズの、膝にあいた穴から皮膚を搔き、桃葉はパソコンを凝視している。最適のタイミングを見計らって、投げ銭をする。同時にコメントも流す。そうすれば、楓と会話することができる。一往復のそれを、会話と言っていいのかわからないけれど。
【最近、ずっと節約してる。楓くんにオヒネリ送るために!】
「えー、MOMOちゃんそんなことしてくれてるの? 俺めっちゃ幸せ者じゃん。愛するMOMOちゃんにもっと好きになってもらえるように、俺がんばるから」
【がんばらなくても大好きだよ! 楓くんってときどき少しなまるけど、どのへんの人なの?】
「あ、みさっきーさん、いつもありがとう! 今夜、俺が夢に出る魔法かけてあげるね」
桃葉にとって、一往復だろうがなんだろうがかまわなかった。今回は、二度も名前を呼んでもらえた。一万円はすごい。細かな投げ銭を何度もするべきか、大きな額をまとめてするべきか。迷っていた時期もあったが、大きな金額にするメリットの方が、やはり大きいのだ。
千円を投げたときなど、そういえば楓は、カメラを見てさえくれなかった。楓と目を合わせ、言葉を直接心に受け取るためには、ある程度の額が必要なのだと桃葉は思う。
部屋の中は、心なしか薄暗い。先日、増やしてもらった仕送りでもお金が足りなくなってしまい、間接照明を売ったのだった。東京に出て来てすぐ、雑貨屋で一目惚れして購入した、一万三千円の照明。筒型で、うすく白いスクリーン越しにこぼれるやさしいあかりがかわいくて、バイト代で買ったそれは、フリマアプリで二千五百円で売れた。
小物であふれていた桃葉の部屋は、少しずつ、きれいになっていった。壁にしつらえてあった棚の上に、もう鳥の置物も、造花もない。かわりに写真が二枚、裸のままで立てかけられている。一枚は、学祭の発表の直後、ダンスサークルのみんなで撮った写真。もう一枚は、桃葉が一万五千円の投げ銭を送り、楓がMOMOに対して誘惑するような眼差しを投げかけてくれたときの、スクリーンショットを印刷したものだった。
スマホが音を鳴らす。フリマアプリの通知だった。クローゼットのなかにしまわれた、一年生の学祭で使ったダンス衣装。五百円で出品していたそれが、今、売れた。
店長は、まだ入院している。岩尾が気にかけてよく見舞に行っているという話は、木村からときどき来るラインのメッセージで知っていた。彼女は彼女で、なんとか娘を養うため、新しいバイトをはじめたらしい。
「今までで一番高給の仕事よ。小一時間、我慢を繰り返すだけのね」
珍しく電話をかけてきた木村が言ったそれは、たぶん桃葉に対する嫌味だった。学祭が終わったにもかかわらず、店の再開へ向けて手を貸そうとしない桃葉に対しての嫌味。
木村が風俗に落ちようが、桃葉には何の関係なかった。むしろ、少ない時間でたくさん稼げば娘といる時間も増えて、いいことづくめではないかとすら思った。それに、一人で娘を育てるということは、木村自身にも何か難があったのかもしれない。自分で産んだ子を、自分が責任を持って育てる。それは義務のように思えた。
そうして桃葉はといえば、バイト代が入らなくなった分、両親に仕送りの上乗せをお願いして、やりくりしていた。
「生活に困らないくらい送ってると思うんだけど……」
電話口で困り声を出した母に、桃葉はわかってないわね、と言った。わかってないわね、東京の大学に通うって、洋服代も、食事代も、田舎より何倍もかかるの。田舎の生活とは違うの。
スキニージーンズの、膝にあいた穴から皮膚を搔き、桃葉はパソコンを凝視している。最適のタイミングを見計らって、投げ銭をする。同時にコメントも流す。そうすれば、楓と会話することができる。一往復のそれを、会話と言っていいのかわからないけれど。
【最近、ずっと節約してる。楓くんにオヒネリ送るために!】
「えー、MOMOちゃんそんなことしてくれてるの? 俺めっちゃ幸せ者じゃん。愛するMOMOちゃんにもっと好きになってもらえるように、俺がんばるから」
【がんばらなくても大好きだよ! 楓くんってときどき少しなまるけど、どのへんの人なの?】
「あ、みさっきーさん、いつもありがとう! 今夜、俺が夢に出る魔法かけてあげるね」
桃葉にとって、一往復だろうがなんだろうがかまわなかった。今回は、二度も名前を呼んでもらえた。一万円はすごい。細かな投げ銭を何度もするべきか、大きな額をまとめてするべきか。迷っていた時期もあったが、大きな金額にするメリットの方が、やはり大きいのだ。
千円を投げたときなど、そういえば楓は、カメラを見てさえくれなかった。楓と目を合わせ、言葉を直接心に受け取るためには、ある程度の額が必要なのだと桃葉は思う。
部屋の中は、心なしか薄暗い。先日、増やしてもらった仕送りでもお金が足りなくなってしまい、間接照明を売ったのだった。東京に出て来てすぐ、雑貨屋で一目惚れして購入した、一万三千円の照明。筒型で、うすく白いスクリーン越しにこぼれるやさしいあかりがかわいくて、バイト代で買ったそれは、フリマアプリで二千五百円で売れた。
小物であふれていた桃葉の部屋は、少しずつ、きれいになっていった。壁にしつらえてあった棚の上に、もう鳥の置物も、造花もない。かわりに写真が二枚、裸のままで立てかけられている。一枚は、学祭の発表の直後、ダンスサークルのみんなで撮った写真。もう一枚は、桃葉が一万五千円の投げ銭を送り、楓がMOMOに対して誘惑するような眼差しを投げかけてくれたときの、スクリーンショットを印刷したものだった。
スマホが音を鳴らす。フリマアプリの通知だった。クローゼットのなかにしまわれた、一年生の学祭で使ったダンス衣装。五百円で出品していたそれが、今、売れた。
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