からかぜ

七草すずめ

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13.いざというときが来なかった

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 サークルの練習を休んでいたあいだ、桃葉は本当に体調を崩していたのかといえば、半分は嘘であり、半分は真実だった。
 朝起きると、頭が重くて体を起こせない。木曜の生物学はもちろん、一限に入っていた講義のほとんどで欠席が重なり、単位を落とすことが決定した。
 幸運だったのは、桃葉たち二年生の必修授業は全て午後――三限、四限――に組まれており、午前中の授業は選択科目しかないということだった。一限の授業を落としたところで、進級に影響はない。
 午後から学校に行き、最低限の授業を受けて、サークルは休み、家に帰る。グループのメンバーはもちろん、先輩や後輩たちも心配していたのだと、後に美波が言っていた。ごめんね、あのときはほんとうに、毎日頭痛がひどくて。桃葉は言い分ける。
 だけど、頭が痛いのは寝不足のせいだと、桃葉にはわかっていた。その原因も、解決法も、わかっていた。だからいざとなれば、普通の生活に戻ることは容易だったのだ。ただ、一ヶ月ほど「いざ」というときが来なかっただけで。
 雪子が桃葉の体調不良の本質を見抜いていたとは思えないが、とにかく彼女は桃葉に、何度もメッセージを送っていた。返事が一向に来なくても、くり返し、はやく四人で練習するよ、と。結果それがきっかけとなり、なんとか学祭に間に合わせることができたのだから、やはり雪子には頭があがらない。
 学祭は、大成功だったと言えよう。
 午後五時。桃葉たちのダンスサークルの持ち時間がはじまり、オープニングを飾ったのは、同学年の男子たちのロックダンスだった。それから、後輩のヒップホップ、新入生のアイドルダンスと続く。
 桃葉たちアンダンテの前は、赤髪の先輩たちのグループだった。三年生である先輩たちは、この学祭をもって引退する。卒論に就活と、忙しくなってしまう前の、最後のステージだ。ジャズダンスとヒップホップの、二曲を披露する。
 舞台袖で先輩たちの発表を見ながら、桃葉は思わず、泣き言をこぼしていた。三人で出た方がいいのかもしれない、と。
「先輩たちのあとに出るなんて、怖いよ。せめて、三人で出た方がいいんだと思う。失敗するなら、ちっとも練習できなかった、わたしだもの」
 泣いているみたいに響いたのは、喉が震えているからだった。喉だけじゃない、手も、足も、みっともないほどに震えている。
「大丈夫だよ、桃葉だってがんばって練習したじゃん」
 半袖シャツとスカートという衣装の桃葉の肩に、若菜はブランケットをかけた。美波は桃葉の両手を、ぎゅっと握った。
「いや、無理なら抜けてもいいよ」
 それは、雪子だった。大きな音で流れている楽曲は、もう終盤にさしかかっていた。ソーリー、とくり返し歌う声が、桃葉を追い詰める。桃葉は一度も、三人に本当の謝罪をできていない。
「桃葉が嫌だっていうなら出ることない。三人でだって、やろうと思えばできる」
 雪子はどこまでも冷たかった。そして桃葉には、それだけで、彼女の言いたいことがすべてわかった。桃葉は思う。わたしだって、この三人とだったから、ダンスが楽しいと思えた。
 最後の音があたりに響き、余韻を残して、楽曲が終わった。拍手と歓声、高い口笛が飛び交う。先輩たちが礼をして、両手を大きく振る。三十秒後には、桃葉たちアンダンテが、ステージ上で踊っている。
「ごめん。いろいろ、迷惑かけたよね」
 肩にかけられたブランケットを脱ぎ、これありがとう、と若菜に返す。その瞬間、桃葉の頭にあるのは、自分たち四人と、Call me babyと、ステージだけになった。
「雪子」
 切れ長で一重の、初めて見たときには冷たいと思った雪子の目に、挑戦的なまなざしを投げかける。
「わたし、雪子よりうまく踊る」
 先輩たちが、下手にはけた。桃葉は勢いよく舞台に飛び出す。雪子の笑い声が、左耳に届いた。
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