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霞む現を泳ぐ夢(七)
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木から落ちた雨粒が頬に当たり、黙々と進めていた足を止める。振り返ると、建物が遥か遠くに見えていた。だいぶ奥まで来た。なのに庭の端はまだ遠い。そろそろ足に疲労が溜まってきた。
一体、この庭は、どこまで広がっているのだろう。
前にも後ろにも右にも左にも、果てしなく緑が広がっていた。緑しか見えなかった。急に背筋が寒くなる。葉菜が部屋に戻ろうと踵を返したそのとき、
「おねえさーん!」
しんとしていた空間に、大きな声が飛び込んできた。すごい速度で鳴り始めた心臓の音を自分で聴きながら、葉菜はおそるおそる辺りを見回す。声の主は、建物の方から走ってくる女の子だった。パンツスタイルでショートボブの、明里ではない方。
「えっと、わたしですか」
思わぬ震え声が出て、葉菜は顔を赤くする。女の子は笑顔のままぶんぶんと首を縦に振り、葉菜の正面で立ち止まった。息を切らすこともなく、その子はきらきらとした眼差しを葉菜に向けている。
「あのあの、おねえさん、写真家さんですか? えと、わたしも写真とかカメラかっこいいなって思ってて、でもお父さんもお母さんも買ってくれなくて、おねえさんのやつ、すごいカメラだなって思って、見せてほしくて、来ちゃいました」
そして「かっこいいカメラですね」とカメラを見つめると、ため息をついた。
「あの、撮らせてもらえないですか。あなたのこと」
カメラを褒められてうれしかったからなのか、それともその女の子があまりに幼く純粋に見えたからなのか。つい口走ってしまったことを、葉菜はすぐに後悔した。女の子はぽかんと口を開けている。初対面の人に写真を撮らせてくれなんて頼む人、どう考えたって怪しい。慌てて撤回しようとしたが、その女の子はその意味を理解し、満面の笑みを浮かべた。
「わーい! 撮ってくれるの、うれしい!」
喜びのあまり、彼女が飛び跳ねたその瞬間、水分を含んだ短い髪が、たった一瞬だけ、思い思いの方向に跳ねた。目に見えないほどちいさな水滴が、ふわりと舞い上がる。彼女の純真を体現したような仕草と、その恐ろしいほどの尊さ。葉菜はあわてて人差し指で切り取った。シャッターの音を聞き、女の子はきょとんとした。自分が生み出した一瞬の魅力に、これっぽっちも気付いていないみたいに。
実花と名乗ったその子は、明里と諒と宏太が走って様子を見に来るまで、瑞々しい動きで被写体をつとめ続けた。うれしいですと、何度も葉菜に言った。
一体、この庭は、どこまで広がっているのだろう。
前にも後ろにも右にも左にも、果てしなく緑が広がっていた。緑しか見えなかった。急に背筋が寒くなる。葉菜が部屋に戻ろうと踵を返したそのとき、
「おねえさーん!」
しんとしていた空間に、大きな声が飛び込んできた。すごい速度で鳴り始めた心臓の音を自分で聴きながら、葉菜はおそるおそる辺りを見回す。声の主は、建物の方から走ってくる女の子だった。パンツスタイルでショートボブの、明里ではない方。
「えっと、わたしですか」
思わぬ震え声が出て、葉菜は顔を赤くする。女の子は笑顔のままぶんぶんと首を縦に振り、葉菜の正面で立ち止まった。息を切らすこともなく、その子はきらきらとした眼差しを葉菜に向けている。
「あのあの、おねえさん、写真家さんですか? えと、わたしも写真とかカメラかっこいいなって思ってて、でもお父さんもお母さんも買ってくれなくて、おねえさんのやつ、すごいカメラだなって思って、見せてほしくて、来ちゃいました」
そして「かっこいいカメラですね」とカメラを見つめると、ため息をついた。
「あの、撮らせてもらえないですか。あなたのこと」
カメラを褒められてうれしかったからなのか、それともその女の子があまりに幼く純粋に見えたからなのか。つい口走ってしまったことを、葉菜はすぐに後悔した。女の子はぽかんと口を開けている。初対面の人に写真を撮らせてくれなんて頼む人、どう考えたって怪しい。慌てて撤回しようとしたが、その女の子はその意味を理解し、満面の笑みを浮かべた。
「わーい! 撮ってくれるの、うれしい!」
喜びのあまり、彼女が飛び跳ねたその瞬間、水分を含んだ短い髪が、たった一瞬だけ、思い思いの方向に跳ねた。目に見えないほどちいさな水滴が、ふわりと舞い上がる。彼女の純真を体現したような仕草と、その恐ろしいほどの尊さ。葉菜はあわてて人差し指で切り取った。シャッターの音を聞き、女の子はきょとんとした。自分が生み出した一瞬の魅力に、これっぽっちも気付いていないみたいに。
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