ゆううつな海のはなし

七草すずめ

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セイレーンのうたとねこ(二)

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 ひとつき、ふたつきと過ぎても、ねこは一向にのろいのうたを覚えることができません。
「そんなに難しいうたなの?」
 まあね、と、きまりが悪そうに、ねこは目をそらします。実を言うとわたしは、ねこを疑っていました。だって、他のうたを歌っているのは見たことがあるけれど、のろいのうたを練習しているところは見たことがないのです。本当に難しくて歌えないのであれば、もっとたくさん練習するべきではないでしょうか。
 責められたねこは、観念したように話しはじめました。実はとっくに、のろいのうたをうたうことができるということ。だけど本当にのろいをかけてしまっていいのか悩んでいて、だまっていたということ。
 なあんだ、と思ったわたしは、それならはやく呪い殺そうよ、と言いました。ねこはうつむき、重たい足取りで、飼われていたときに住んでいたという家まで案内しはじめました。わたしはこののろいが成功した暁にはまず、あいつとあいつとあいつとあいつとあいつをのろってもらおう、ということばかり考えていました。
 ねこの様子は、歩いていくにつれおかしくなっていきました。道に立ててある看板を気にしています。ある家の前で動かなくなってしまったねこを見て、わたしは全てを察しました。そのおうちでは、お葬式がおこなわれていたのです。
「なあんだ、死んじゃったんだね」
 ねこはなにも答えません。ねえ、死んじゃったんだね。何度話しかけても反応がないので仕方なく家の中をのぞくと、遺影の中で老人が笑っていました。ふーん、かいぬしってよぼよぼのおじいちゃんだったのか。
 ようやく口を開いたねこは、つぶやきました。
「のろい、まにあわなかったなあ」
 そして、それはそれはきれいな声で、のろいのうたをうたいはじめました。母猫がビニール袋で連れて行かれた夜、かいぬしがうたっていたという歌。それは、モーツァルトのレクイエムでした。
 のろいを失ったねこに会うことは、二度とありませんでした。どこに行ったのかも知りません。だけど似たようなさび色のねこを見かけると、今でもつい「のろいのうた」を口ずさんでしまいます。
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