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三日目
11 * 海上のロケットに乗って
しおりを挟む今朝も六時集合なら、あやうく白旗をあげるところだった。目覚ましを止めて寝返りを打つ。今日は八時集合、昨日よりだいぶ余裕がある。そんな安心感で再びまぶたを閉じるが、着々と準備を進めている母とひばりのプレッシャーに負け、心ならずも布団から這い出た。
三日目は、ココス島に行くことになっている。なんでも、そこではパラセーリングやバナナボート、ジェットスキーなどのマリンスポーツが楽しめるらしい。朝ごはんがわりに、マカダミアナッツのチョコレートをひとつつまみ、パジャマを脱いだ。
バスで一時間弱かけて港まで移動し、そこから舟に乗る。乗客には日本人が多い。つぐみもひばりも、せっせと日焼け止めを塗り直している。今日は日差しが強い。
ホテル近くの海も美しかったが、ココス島へ続く海はまた違った色をしていた。宝石のようなネオンブルー。パライバトルマリンの色だ。
ウミガメがいるかもしれない、と教えられて目を凝らしていると、つぐみが一匹のウミガメを見つけ指さした。舟はウミガメを追い越し突き進む。水は嘘みたいに澄んでいて、深さを感じさせなかった。
ココス島では、現金やカードでの決済ができない。食堂も売店も、使えるのはチケットのみで、全て島の中央にある窓口で購入しておかなければいけない。
到着したばかりの観光客を集めて島の簡単な説明が行われ、みなが真剣に話を聞くなか、父はじわりじわりと窓口の方へ近付き、「それではお楽しみください」と解散になった瞬間、ひらりと窓口前に立った。一番に予約を済ませ、チケットを買う。素早さがすごい。スピード購入の甲斐あって、パラセーリング→ジェットスキー二組→ジェットスキー二組→バナナボート、の順番で予約が取れた。時間帯も午前中に集中しており、スムーズに遊べそうだ。
この中で一番難易度の高そうなパラセーリングに挑戦するのは、母と羽斗だ。母は前回挑戦しそびれたことが気にかかっており、今回こそ挑戦することにしたのだという。還暦間近でもチャレンジ精神を忘れないのはすばらしいことだと思う。
パラセーリングの集合まで少し時間があったので、しばし海に入ることにした。どこまで行っても深くならない、遠浅の海だった。岩が多く、なまこや魚がたくさんいる。やどかりも、思い思いの個性的な貝に住んでいた。
わたしが日本で頭を抱えながら成績をつけていた瞬間にもこの島ではこんな景色が広がっていて、わたしが日本に帰ってからもずっとあおく輝き続けているのだ。そう思うと、すごく変な感じがする。なんだかよくわからないけれど、まあそれなら生きていけるなあと思った。
集合時間になって桟橋に向かった二人は、パラセーリングの準備を済ませると舟に乗り、あっという間に沖へ行ってしまった。あまりの遠さに、どれが母と羽斗なのかわからない。だけど少し怖がっていた母も、戻ってきたときには、怖くなかった、きもちよかったと語った。たしかに、こんなにきれいな海を鳥のように空から見られたら、さぞ気持ちいいだろう。
次のジェットスキーは、二人一組だった。つぐみは彼氏と乗るので、わたしはひばりと乗ることになる。運転どっちがしますか、と片言の日本語で聞かれ、勝手にひばりを指さした。わたしは防水ケースに入れたスマホで、写真撮影をする係だ。
インストラクターの後ろに、ある程度の距離を取りつつ着いていくことになっていたのだが、先導のジェットスキーが動き出し焦る。
え、ものすごく速い。
少しスピードをゆるめると、あっという間に離されてしまう。追いつこうとスピードをあげると、勢いよく水しぶきが上がり顔にかかる。風がごうごうと音を立てて流れる。船体は、ひっくり返りそうで返らない。
ひばりにしがみつきながら後方を見ると、つぐみと彼氏が遠くの方に見えた。あえて距離をあけてから、スピードを出して楽しんでいるようだ。
要領のいいひばりは徐々にコツを掴み、数分後にはスピードを落とさずに曲がることができるようになっていた。船体を傾けながら、格好よく曲がることもできる。が、それは左方向へのみで、なぜか右へ行くのは怖いらしく、たびたびスピードをゆるめた。
インストラクターのジェットスキーで、水上には道が作られていた。その上を走るのは、さながらマリオカートのようだ。時折マリオ顔負けのショートカットを見せながら、(つまりコースアウトなのだけど、)たのしい悲鳴をあげて走った。
発着地点に戻り、ジェットスキーを降りると、今度は父と母と羽斗が乗る番だった。
残念ながら奇数なので、羽斗は一人で乗ることになる。ひとり、絶対怖いよ……とひばりが軽く脅すが、羽斗はけろりとしている。こういう神経は図太いやつなのだ。
三人のジェットスキーが遠ざかる様子を、海岸から見守った。離れたところから見るジェットスキーは、驚くほどスピード感がない。さっき自分たちが味わったあの速さも、陸から見るとさぞ平和に見えたことだろう。
豆粒になった三人は、船体を走らせ、もはやゴマ粒のように小さくなった。声も聞こえないほど遠い。だけどきっと、三人もたのしい悲鳴をあげているはずだ。
戻ってきた羽斗から、「一人だったから大声で歌ってた」という報告を受けた。ずるい、そんなの絶対に気持ちいい。頭の中の、いつかやりたいことリストに登録する。何の曲にするか考えておこう。吉田山田の日々がいいかもしれない。
三人が戻ってくると、すぐにバナナボートに案内された。父と母は乗らないので、陸に上がる。弟はジェットスキーから降り、そのままバナナボートに乗り換える形になった。
バナナボートは、バナナと言うよりも、つながった状態のパピコのような形だった。ついでにバナナ感のある色でもなく、ロケットやミサイルのようなカラーリングだ。
バナナボートに乗った他の客が「意外と落ちなかったね」と言っているのを聞いていたわたしたちは、
「ハードモード! ハードモード!」
「こわくしてください!」
「エクストリームモード!」
と好き勝手に注文をつけた。わかっているのかいないのか、先導のジェットスキーにまたがった男性は、白い歯を見せ親指を立てた。
ボートが動き出し、目の前の持ち手を両手でしっかり掴む。足首でもバランスが取れるよう、しゃがむようにして座った。これならハードモードでも振り落とされることはないだろう。
と意気込んでいたら、わたしの前に座っているひばりが片手でスマホを持ち、インカメラで動画を撮り始めた。わたしは面食らう。なんでこの状況で手を離せるんだ、すごい体幹だな、長友か。
ふとひばりの横に座るつぐみを見ると、彼女は彼女で、風呂上がりにテレビを観ているときぐらいにリラックスして座っている。見ているだけでひっくり返りそうだ。そうか、それくらいしないと、楽しめないのか……。
思い切って片手をそっと離してみるが怖い。一瞬両手を離してみるともっと怖い。子供の頃の「自転車の手離し乗り」を思い出す。そういえば、怖がって手を離せないわたしの横で、つぐみは軽々と手離し運転していた記憶がある。三つ子の魂百までとはこのことか。
後半、スピードにも慣れてきたひばりが調子に乗って両手を離したタイミングでボートが大きく揺れ、ひばりがひっくり返った。というか、大げさでなく、吹っ飛んだ。ボートの内側に転がったのでよかったが、外側だったら確実に海に落ちていた。冷や汗をかく。
バナナボートで海に落ちるのは普通のことなのだが、今回は落ちるわけにはいかなかった。このボートを引く男性は一切後ろを振り向かず、落ちてしまえば気付いてもらえない可能性が高そうなのだ。彼が振り向くのは、エイやウミガメを見つけてわたしたちに教えてくれるときだけだ。へいウミガメだぜ、と振り返って誰もいなかったらもはや怖い話だ。
水しぶきを顔に受けながら、この手を離してなるものか、と力を込める。五人がしがみつく海上のロケットは、大海原を駆け抜けた。
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