ネオンブルーと珊瑚砂

七草すずめ

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二日目

10 * ロマンチック・マラソン・ナイト

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 夕食の店は、アウトレットから徒歩で行ける距離にあった。全て英語のメニューだったが、なんとなくで想像しながら注文する。
「さー……もん……しか読めないけどとりあえずサーモンならおいしいよね」(おいしかったです)
「すぷりんぐ……ろーる? 直訳したら春巻きだけど、まさかそんな単純なはずがない……騙されてるのでは……」(春巻きでした)
 そうやって注文した前菜やサラダ、お肉は全ておいしく、みんなでシェアしながら食べた。しかし、ギターの生演奏の音が大きすぎたことと、お酒の選択肢にビールとワインしかなかったことが、父と母のお気に召さなかったようだ。弾き語りのカントリーロードは素敵だったが、確かに大音量だった。何しろ父の真後ろで演奏していたのである。ライブ会場でごはんを食べているようなものだ、会話も弾みづらい。
 食事中、わたしの正面に座っていたひばりが不意に「幽霊っていると思う?」と聞いてきた。わたしの大好物の話題だった。
 気付くとだいぶ食い気味に、でゅふふと言わんばかりの勢いで自分の幽霊論を話し始めていた。脳の話からブラックホールの撮影に成功した話に飛躍し、無駄に引用も交えつつ持論を展開する。それを聞くひばりの表情は覚えていない。思い出すのが怖い。
 脱線に脱線を繰り返したあげく、最終的には「魂はないが自分を作る原子は宇宙に帰るので死んだらお星様になるってのはほんとう」みたいなことを言っていたと思う。全て白ワインのせいだ。
 そんな話を、つぐみの彼氏はほどよい相づちを打ちつつ聞いてくれていた。その好青年ぶりに株がぶち上がる。もうはやく結婚して弟になれ。
 ごちそうさまをして、タクシーでホテルの前に到着した。が、ホテルには帰らず、徒歩で気になっていたジェラート屋さんに行く。お腹いっぱい食べておきながら、食後のデザートタイムは今日も当たり前のように存在する。
 色とりどりのジェラートは魅力的だった。かわいいクッキーが乗ってるもの、珍しいスイカ味のもの、かかったチョコソースが固まっているもの……。悩みながらも、ロシェ(金の包み紙で三つぐらいチョコが入ってるあれ)味のジェラートに決めた。あのチョコそのままの味がする。濃厚だった。
 幸せな口の中。ホテルに戻り、そのまま眠ればアイスの夢でも見られそうだけれど、このハードな一日がそんなにあっさりと終わるわけがない。夕食はビールとワインしかなかったし、せっかくだからみんなでラウンジに行こう、ということになった。
 二十一階にあるラウンジの大きな窓からは、プールや海、ホテルやショッピング街のきらきらを見下ろすことができた。ゆるやかに曲がりながら伸びる二車線の道路が、光の川のように流れている。そんなものを眺めながら、好きなようにお酒をつくって飲むことができるなんて、なんてすばらしい場所なのだろう。心なしか背筋が伸びる。優雅な歩き方をしたいと思う。
 が、「アイスカプチーノでも飲もうかしら」とコーヒーマシンに近づいたところ、薄暗さと反射でどれがカプチーノのボタンなのかよく見えず、手で覆いながら顔を近づけたらうっかりスイッチを押してしまった。ガーガーと機械が動き出し、カップもないその場所に何らかのコーヒーが抽出されはじめる。あわあわとパニックになり、そばにあったグラスでコーヒーを受け止めようとするわたしに、つぐみの彼氏が「割れちゃいますから」とマグカップを差し出してくれた。焦って手で受け止めかねなかったわたしは情けなくお礼を言う。
 わたしのあわあわを見ていたのか、ラウンジのお姉さんが声をかけてくれた。カプチーノ作ります、と片言で言ってくれたので、ありがたくお願いする。しかし、よく見るとホットで入れようとしているようだった。「アイスぷりーず」と伝えると、お姉さんはにこりと笑って氷を指さした。
 そうか、アイスプリーズでは「氷くれ」か……と英語の難しさを実感している間にホットのカプチーノが淹れられていく。わたしは行き場がなくなった「アイスぷりーず」の責任をとるために、とりあえず持っているグラスに氷を入れて水を入れた。
 しばらくはそれぞれのおしゃべりに興じながらお酒やナッツ、チーズを味わっていたのだが、せっかくだからみんなでゲームをしようということになり、ひとつのテーブルに集まった。おこなうのは、以前も旅行のときにやったゲーム、「ワードウルフ」だ。
 ワードウルフは、トークテーマが与えられ、それに沿って話をするゲームだ。ただし全員に同じテーマが出されるのではなく、一人だけには違うテーマが与えられる。それがウルフであり、ウルフを当てるのが目的だ。公平を期すため、テーマはスマホのアプリに出してもらう。
 実際にゲームをすると、たとえば「カフェ」というテーマでみんなが話をするなか、一人だけ「駅」について話をしているウルフがいる、みたいな状況が生まれる。
 ウルフを当てるためにはまず、「わたしは好き」「よく行くよね」「この中だとひばりがよく行ってそう」というように、汎用性があるところから話を始める。その中で「わたしは平日に毎日行く」など少しずれたことを言う人がいたら怪しむべきなのだが、話が合わないと思っても自分がウルフの可能性もあるので、うっかり喋りすぎないようにしなければならない。
「暴走族」がトークテーマのときは、羽斗が窮地に追いやられた。テーマのものについて、好きか嫌いかせーので言おうという流れになり、みんなが「嫌い」と声をそろえるなか、羽斗だけが「好き」と言ったのだ。
 理由を聞くと、
「男の憧れというか、ロマン?」
 などと言う。
「身近にっていうか、大学の友達にはいる?」
「いる……かな」
「え? いるの?」
 周りは半笑いで煽る。
「何人くらいでやるもの?」
「基本はひとりじゃない?」
「えっ? ひとり?(笑)」
 だんだんと、生じたずれが大きくなっていく。
「いや、そのー、基本はね? ひとりじゃないと言えばひとりじゃないかなー」
「じゃあその大学の友達はさ……何に乗ってる?」
「いや、何にも乗ってない」
「えええ? 乗ってないの?(笑)」
 ひとりぼっちの大学生が、身一つで暴走する様を思い浮かべ、全員が腹を抱えて笑う。
 まずいと思った羽斗はなんとか話を合わせようとするのだが、ここまでずれてしまうともう誤魔化しきれない。多数決で羽斗にウルフの疑いがかけられ、実際、彼がウルフだった。
 羽斗に出されたテーマは、「マラソンランナー」だった。マラソンのように駆け抜けた一日にふさわしいテーマと言えよう。
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