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一日目
2 * 迷子になった自意識
しおりを挟む雨期のグアムは、そこそこの雲に覆われていた。南国の木々や看板の英語が、ここが異国の地であることを主張してくる。初めての海外に浮かれて写真を撮っているわたしの横で、妹のひばりが「懐かしいー」と伸びをした。
そう、両親とひばりと羽斗にとっては、半年ぶりのグアム旅行なのだ。浮かれていたらおねえちゃんとしての面子が立たない。慌ててこなれた雰囲気を漂わせる。
はいはいグアムね、的な表情をキープしたまま、もう一人の妹で、同じく初グアムのつぐみを目で探した。どんな表情をしているだろうか。
つぐみは、彼氏とのおしゃべりに花を咲かせていた。そうだった、今回彼女は、彼氏同伴で家族旅行に参加しているのだ。小柄で華奢なつぐみと高身長で優しげな彼氏は、グアムの空の下、とても絵になる。ああなんか、本格的に姉として格好がつかないぞと思いながら、空港発、ホテル行きのバスに乗り込んだ。
車内でひばりと母と自撮り写真を撮ったら、わたしだけ顔がまんまるでびっくりした。むくみにむくんでいる。「アルバムに入れといてね」と言われるが、こんなもの入れられるはずがない。わたしは曖昧に笑った。
昨夜、調子づいて飲んだココナッツカクテルの影響だろうか。いや、ひばりも母も同じように酒を飲んだはずなのに、二人とも目をぱっちりとさせている。どうなっているんだ。周囲に気付かれないよう、頬とまぶたをこっそり揉む。
そんなことをしていたら耳に入ったのは、妹たちの会話だった。
「そういえば飛行機、軽食でたね」
「ね。あー……ってかんじの味だったけど」
「まあ機内食ってそんなもんだよね」
衝撃。同じように育ったはずなのに、顔も性格も、舌も全然違うのだ。
機内で出たクロワッサンサンドイッチ、おいしかったんですけど。
しかし姉としての尊厳は保たねばならぬ。こいつバカ舌だな、と思われたくはない。冷や汗をかきながらも、わたしは軽食をおいしく食べる過去の自分に背を向ける。
「わ、わかるー、中の甘いシロップが、なんか変だったよねえー……」
ごめんクロワッサン、本当は甘いシロップこそが美味しいと思ったのだ。姉としての名誉のために泥をかぶってくれ……。
会話はそのまま収束し、上手く妹たちの立場に擬態できたことに安堵した。が、そのうちに、そんなことを考えていること自体がばかばかしく思えてきた。なんだ、姉としての尊厳て。
そもそも、友達の多いつぐみに、サークルやゼミに精を出すひばり、髪をグレーに染めちゃった羽斗と、三人ともわたしとは全く違うタイプの人間なのだ。こちとら狭く深い人間関係が落ち着いて、おうち大好き、黒髪がうっとおしいすずめである。いくら姉弟でも住む次元が違う。張り合っても仕方あるまい。そう思ったら、肩の荷が下りた気がした。
とはいえ、わざわざ「いやクロワッサンサンドイッチ本当はおいしかったんだよね!」と突然言い出すのはおかしい。申し訳ないが、クロワッサンにはそのまま犠牲になってもらうことにした。サンドイッチと名の付くものが好きなわたしにとって、しなしなになったレタスすら愛おしかったことだけここに記して供養しよう。
動き始めたバスの中、インスタグラムを眺めるひばりの横で、わたしはツイッターを開いた。こちらの方が落ち着くのだ、背伸びは体によくない。
ふと窓の外に目をやると、雨上がりのグアムの空に、虹が架かっているのが見えた。よい旅になる予感しかしない。
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